芳沢光雄ほのぼの日記

自然・動物・鉄道・お酒が好きな数学人

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  平昌オリンピックの女子カーリングで銅メダルが決まった瞬間、私は運良くパソコンで見て大感激しました。
 昨日の地元常呂町にあるカーリング場での報告会で、吉田知那美選手が「正直この町、何にもないよね」と会場を笑わせたことが印象的でした。それは、昔の旅を思い出したからです。
 学生時代から鉄道の旅で北海道を何度もまわりました。40年ぐらい前の2月頃、網走からサロマ湖を通る湧網線の旅をして、常呂駅で途中下車しました。駅近くの商店で買い物をしているとき、店員が私に「この町は何もないですが・・・」と言われました。そのとき私は「素晴らしいオホーツクの海やサロマ湖もあるし、美しい冬景色に感激します」と返事をしたことを思い出します。お土産を買って自宅に送ってもらったとき、買ったもの以外にもプレゼント品もいろいろ入っていて、その嬉しさは今でも忘れられません。
 30年ぐらい前に湧網線は廃止されましたが、今から8年前の2月にサロマ湖にあるリゾートホテルに泊まる旅をして、牡蠣をたくさん食べたことも思い出します。
 カーリング女子の銅メダルは、日本のすべての過疎地に勇気と感動を与えたものではないか、と思うほど嬉しかったです。

583系ラストラン

1960年代後半から電車寝台特急(昼は座席の特急)として運行した583系電車が4月8日にラストランとなり、寂しい気持ちに包まれました。私は1970年代に東北線の寝台特急「はくつる号」と「ゆうづる号」、そして東北線の昼間特急「はつかり号」で、合計50回ぐらいは乗ったと思います。ピーク時の「はくつる号」の切符は、売り出してから数秒で完売していたことを思い出します。昼の「はつかり号」は4人掛けのボックスシートで、見知らぬ旅人といろいろな話をしたことが楽しい思い出として残っています。アルバイトの家庭教師として得た代金はの多くは、北海道までの旅の費用に充てていました。「はくつる号」で上野を22時ごろ出発し、青森に7時ごろ着いて、連絡船で函館には11時過ぎに着いて、それから稚内行き急行「宗谷」で稚内には23時ごろ着いたことを思い出します。583系電車は、夜の寝台と昼の座席と両方を兼ねたところが魅力だったと思います。寝台は、進行方向と平行だったので寝心地が良かったと思います。また、昼間特急のときは食堂車でご飯を食べた思い出もあります。今では、大事にとってある鉄道模型の583系を見るだけになりましたが、その都度昔を思い出します。

北斗星ラストラン

私は子どもの頃から鉄道ファンでした。寝台特急のフルートレインは、東海道の「あさかぜ」、「富士」、東北の「はくつる」、「ゆうづる」、そして13日ラストラン(定期運行)となった北海道の「北斗星」など、合計で100回ぐらいは乗りました。とくにこの時期は、北へ向かうブルートレインに乗ると早朝の雪の反射が美しく、それがたまらない魅力でした。青函連絡船が廃止になったときと同様な寂しさに包まれた一日となりました。今月19日には、昔の教え子が教諭として頑張っている函館工業高校に出前授業に行くので、せいぜい函館山の夜景と大沼公園の雪景色を満喫したいものです。

京都は近い?

今日は京都府私立中学高等学校教育研究大会での講演で、知恩院の直ぐ近くにある華頂女子中学高等学校まで行ってきました。往復の新幹線ではずっと昼寝していたこともありますが、ときどき出掛ける京都の街ということもあって、感覚的には東京から横浜に出掛けた感じです。人間は、ときどき出掛ける場所は、実際の距離よりもずっと近くに感じるのではないかと思いました。もっとも11月の旅行シーズン前だったので、京都駅から知恩院までタクシーで約15分で行けたこともありますが。
財団法人日本ホテル教育センターが主催する第3回学生観光論文コンテストで、
私の3年ゼミ卒業生の尾羽伸紘君が最優秀賞である「観光庁長官賞」を受賞し、真っ先に連絡をもらいました(本日、財団のHPで正式なプレス発表)。
私も彼も鉄道マニアという点で趣味が一致していましたが、このような素晴らしい賞を受賞できて、これ以上の嬉しい気持ちはありません。
タイトルは「鉄道ネットワークを生かした、地方地域の発展に導くための『鉄道観光モデル』の提案」で、観光で地方を活性化させるための鉄道のあり方について、様々な提案をまとめた論文です。
尾羽君は、「数学の授業やゼミで鍛えられた論理的な文章を書く力が、この論文を書く上で大いに発揮されたと実感しています。このような形で今までの勉強の成果を残すことができて非常に嬉しいです」という泣ける文も寄せてくれました。いずれ、観光経済新聞にも論文は掲載されるそうです。
実は、センター入試の監督日以来、私は毎日38℃以上の発熱で参っていましたが、この知らせで「彼に負けないように頑張ろう!」と元気になってきました。

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