まえがき
数学教育活動を始めて20年近くになるが、その間、著書・雑誌・新聞等で身近にある数学や論述の重要性などを訴えてきた一方で、全国の教員研修会での講演と出前授業を合わせて年間10〜20回ぐらいお引き受けしてきた。どれも感動的な思い出が残るが、平成20年度に静岡県の磐田南高校SSH(スーパーサイエンスハイスクール)記念講演会は「私でよかったのだろうか」という気持ちがあった。それは平成15年度から江崎玲於奈、白川英樹、松井孝典、長谷川真理子、松沢哲郎という理科関係の偉い先生方ばかりだったからである。
実は平成24年度にも同じようなことが起こった。茨城県の清真学園高校SSH科学講演会に招かれたとき、「福岡伸一先生にも来ていただいたことがあります」と言われ、歴史的な名著『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)が頭に浮かんだのである。「どうしようか」と迷った瞬間に、「自分だったら『無限と有限のあいだ』があるかな」と思ったのである。
振り返って、小学6年生のときに友人からユークリッドの論法による素数が無限個存在する証明を教えてもらったときの大感激が、自分の数学(教育)人生に大きく影響している。様々な組合せ構造を考えるとき、「それは無限個あるか有限個しかないなのか」という疑問をいつも抱いた。その過程で「おお、この対象は有限個で決定できる」と心が躍った瞬間に整数のペル方程式が現れて、がっかりしたことも何回かあった。オイラーの36人士官の問題が起源となるラテン方陣の完全直交系の問題を解決できないか、という夢に飛び込んでみたこともある。
高校生の頃、カントールの対角線論法を知り、ユークリッドの論法を知って以来の大感激を味わった。学生時代に微分積分学の基礎となるε‐δ論法を学んだとき、「これは有限の世界の言葉で無限の世界の言葉を厳密に述べている」と畏敬の念をもったこともある。「円の面積や球の体積の導入で積分を用いる方法には、循環論法になっている部分があるのではないか」という疑問を出されたとき、そうでない証明を慌てて必死に書いたこともある。無限次4重可移置換群の奇妙な定理の証明を思いついた直後の食事で、手が震えて茶碗を落として割ってしまった。
そのような背景もあって、清真学園高校SSH科学講演会をお引き受けすると同時に本書編集担当の水野寛さんに連絡を入れ、前著『人はなぜ数学が嫌いになるのか』に続く数学教育関係の企画を下ろしていただき、本書『無限と有限のあいだ』の執筆を決定したのである。
本書では上で述べた事項を中心に語るのであるが、数学書では予備知識を明示することが大切で、本書では戦後の中学数学と高校数学全般を仮定したい。すなわち、拙著『新体系・高校数学の教科書(上・下)』と『新体系・中学数学の教科書(上・下)』(ともに講談社ブルーバックス)を一通り仮定して、それらにない内容は定義からしっかり述べることにする。
読み方であるが、1章→2章→3章→4章の順でもよく、3章→1章→2章→4章の順でもよいように説明を工夫した。また証明を全部理解しながら読むことは時間的に難しいと思われる読者は、とくに理解したい定理の証明を除き、定義と例と定理の結果を中心に読み進めていくことで、本書としての面白さは十分に実感できるように述べたつもりである。もっとも4章では、奇妙な定理の結果の意味を知る上では、2行2列の行列の知識から組み立てた2次射影一般線形群に関係する部分も、飛ばして構わない内容である。
本書を通して、無限と有限のあいだにあるロマンに触れていただければ幸いである。
章と節の題
第1章 整数における無限と有限
素数と双子素数/ピタゴラスの数/整数の1次不定方程式/ペル方程式/Zmの導入
第2章 離散数学における無限と有限
正多面体とグラフ/あみだくじから導入する置換群/頂点可移グラフと距離可移グラフ/離散数学最大の未解決問題
第3章 解析基礎における無限と有限
個数としての無限と状態の変化としての無限/有理数の集合と実数の集合/無限小数と級数/循環論法を回避する円の面積
第4章 無限置換群の世界
置換群の基礎的事項/無限次4重可移置換群の奇妙な定理