|
40年前の今日、私は睡眠不足の状態で、谷川天神平スキー場で春スキーを楽しんでいて、ザラメ雪に足を取られて捻挫しました。今でも、その捻挫で伸びきった部分が原因で転んでしまうことがあります。気持ちは、また春スキーを行いたいのですが、捻挫の部分が気になったりして、体もついていきません。
「骨折より捻挫は後まで後遺症が残る」ということは本当でした。
当時はスキーのバッジテストで1級をとって、さらに準指導員もとりたいと思っていましたが、
それは単に夢に終わってしまいました。何でも無謀なことをしていた当時が懐かしいです。
「睡眠不足でスキーはするな!」と散々言われていましたが、捻挫をして初めて納得したのです。
無謀な人間は、痛い目に遭わないと納得しませんね。
|
思い出
[ リスト | 詳細 ]
|
2月の上旬の入試日に、本務校の高い校舎の上から富士山を眺めていました。
35年間もの間ほとんどの大学教員がそうであるように、様々な形で毎年のように
大学入試関連の仕事に携わってきたこともあって、この間の大学入試を中心とした思い出を
雪が輝く富士山を見ながら振り返っていました。以下、昔、勤めていた大学の思い出です。
入試の採点が終わると必ず流氷を見に、夜行列車と青函連絡船で北海道に渡ったこと。
一日に一つの問題だけ集中して数千枚の答案を処理したこと。
採点が終わらなくて大学近くの旅館に泊まったとき、夜中に暖房が切れて、
寒くて何度も風呂を往復したこと。
夢の中で入試問題にある「各」と「名」の違いに気付いて、当日に間に合わせて印刷し直したこと。
優秀な数学者同士の入試問題に対する意見の違いから起こる激論が面白かったこと。
第2次ベビーブーム世代の入試では、どこの大学も非常に優秀な高校生を多数落とし、
それが未だに残念なこと。
推薦入試のの面接で「芳沢先生に習いたくて受けに来ました」と冗談めいて言われ、あせったこと。
・・・・・
そして現在の本務校では、先日、雪の富士山を見ながら次のようなことを考えていました。
数学嫌いは数学好きにします。数学教員を目指したい者には全力で応援します。
4月になったら様々な夢をもった新入生にお会いできることを心から楽しみにしています。
|
|
私は数学の啓蒙活動で様々な話題を扱っています。もちろん、そのうちの一つにじゃんけんもあります。
ところが、毎月のようにテレビ局から、”じゃんけん博士”としての出演依頼がきます。
遠く、韓国や台湾からも電話が大学にかかってきて、困っています。
子ども達に対する私の出前授業を紹介するような、いろいろな数学の題材を含むテレビ番組ならば、
喜んで無料で出演するのですが、”じゃんけん博士”としての出演は基本的にお断りしています。
過去にNHK教育テレビ「すいえんさー」にAKB48と一緒に出演し、その後は昨年、
AKB48じゃんけん大会で、公式ガイドブック上に残した私の予想期待値が的中したので、
テレビ朝日の朝の情報番組に出演したことがあります。それ以外はお断りさせてもらっています。
実は先日、9月に放映予定の日本テレビ「なるほどハイスクール」に、
やはり”じゃんけん博士”としての出演依頼がきました。私は出演料を無しにして、ただし、
他のあみだくじ等の数学的な話題を交えることができるならば、
主にじゃんけんの話題で出演してもよい、という返事をしましたが、無理な話でした。
今や日本を代表するアイドルグループAKB48の中でも、
とくに人気ある方々と一緒に番組に出ることは楽しみでしたが、一方で数学(教育)の芳沢から、
”じゃんけん博士”の芳沢にイメージチェンジすることを心配したのです。
後日、AKB48の大ファンの男子学生にその話をしたところ、
「先生はだから、いま一つのところでダメなんだよ。俺だったら夢心地で出演したのに!」
と言われてしまいました。それを聞いていた別の男子学生は、
「先日、NHKテレビ番組で数学書ブームをやっていたけど、
先生の画期的な『新体系・高校数学の教科書』も映っていたけど、メインは他の人の本だったし」
と言われてしまいました。
7月9付けのNEWSポストセブンにじゃんけんのことで話しましたが、
それは、ネット上の情報でじゃんけんを話すことが初めてだったからお引き受けした次第です。
そのとき、「もうこれ以上は、じゃんけんだけでは取材を全部お断りします」
と言った自分を思い出します。テレビがつくるイメージを気にし過ぎたかも知れません。
|

- >
- エンターテインメント
- >
- テレビ
- >
- バラエティ番組
|
3月の東日本大震災で、日本は未だ悲しみに包まれています。
私も城西大学数学科に勤務していた頃お世話になった、
陸前高田出身の菅野恒雄先生(東京工業大学名誉教授)
もお亡くなりになりました(本日の読売新聞にも名前が記載)。
昔の郵便を見ていたところ、菅野先生が私に対するある推薦書を書いていただき、
その説明文が出てきました。そこには次のようなコメントがありました。
小生は数学教室の同僚としてみた芳沢さんを
1.数学科内の授業
2.数学科外の授業
3.数学科の講義以外の雑用
4.人柄
の四項目に分け、実例、経験を具体的にあげ、最大級に褒めました。
しかし、本当のことなので、書くのに苦労がありませんでした。
お役に立つことを強く願っています。
菅野恒雄
私が今日頑張って数学教育活動を続けているのも、
菅野先生のあたたかい励ましがあったからです(他にも多数の思い出あり)。
日頃から高校数学と大学数学のギャップを指摘されておられた菅野先生のお考えも取り入れて、
私は3月末に講談社サイエンティフィックから「教科書以前の大学数学常識」という書を出しました。
1章 集合と写像、 2章 論理、 3章 演算の世界、 4章 極限の世界
からなるもので、先生に一冊送る予定でした。
先生からは私が謹呈させていただいたすべての著書に、
墨と筆を使って丁寧な感想を送っていただいていました。
菅野先生のご冥福をお祈りするとともに、先生の励ましを無にしないよう、前を見てしっかり生きていくことを心に誓います。
|





