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いま、ラグビーはシーズンのクライマックスを迎えています。
そこで必ず思い出すことがあります。
私が慶応大学の一般教養に勤めていたとき、慶応普通部(中学校)時代の友人の上田昭夫君が監督だった慶応大学ラグビー部は勝ち進んでいました。
私の授業に2人のラガーマン若林、太田がいました。
彼らは最後の試験の答案の隅に、「同志社を破って日本一を目指します」と書きました。
そして、トヨトと戦った日本一の決勝戦で彼らのトライで慶応大学は日本一に輝きました。
奇跡に近い思い出を作ってくれた彼らには、いまもって感謝しています。
不思議な縁で、私は今年の前期も、同志社大学数理システム学科の半期の授業を担当し、
東京から通います。
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思い出
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2010年の思い出ベスト7を書きます。
1.前後の繋がりと、しっかりした証明と、生きた題材をモットーにして執筆した「新体系・高校数学の教科書(上・下)」(講談社ブルーバックス)が出版され、朝日新聞朝刊(5月4日)、読売新聞夕刊(5月27日)、中日新聞朝刊(4月25日)、河北新報朝刊(10月1日)、週刊東洋経済の佐藤優さんの記事(4月10日、17日)などで取り上げられ、社会人や大学生の学び直し教科書としても話題になったこと。
2.かつて、AKB48の4人の方と一緒にNHKテレビ「すイエんさー」に出演してじゃんけんの有利不利について話したことがきっかけとなって、私は8月末日出版の「AKB48じゃんけん選抜公式ガイドブック」に1ページの執筆を依頼されました。事前に発表されたトーナメント戦の形から、人気投票で決めた総選挙ベスト16人がじゃんけん選抜16人に何人入るかという期待値を計算し、結果の4.25人を誌上に残しました。9月21日に日本武道館で行われたじゃんけん大会での結果は4人で、どんぴしゃりの当たりでした。ちなみに、4人になる確率は32768分の8602で、この計算は大学理系の入試問題としてもやや難しい問題かもしれません。本当は、ブログの書庫の数学欄にその説明をするといいのかも知れませんが、そこまで手が回りません。お許しください。
3.あこがれの、ビートたけしと月刊誌「新潮45」2011年1月号で対談しました。この対談記事は、教育関係者の間では話題になっているようですが、私はたけしさんと会えたこと、それだけで大満足でした。
4.現在、大学生は就活で大変苦労しています。私は、桜美林大学生が適性検査SPIで困らないように、正規の授業とは別に算数の発想のボランティア授業を、後期の毎週木曜日の夜に行いました。私もボランティアならば学生も単位認定一切ナシです。それにも関わらず、最後まで受講してくれた学生の感想文は、思わず目に涙するほどのものばかりで、努力した甲斐が本当に報われた思いがしました。
5.私はこの10年間、新聞や雑誌で、小学校の算数の掛け算指導について、2桁同士で完全に理解するのは難しく、3桁同士の掛け算を行わないと仕組みは理解し難いことを精力的に訴えてきました。当初はバカにされていましたが、文部科学省が行った調査等がきっかけとなって、私の主張が認められ、次期学習指導要領から3桁×2桁等が加わることになったことです。昔は当然のように学んでいたことの復活で、著書「3の発想」(新潮選書)などで、ドミノ倒し、ボックスティッシュ、3連リング(指輪)、などを用いて、その深い理由を説いたことも良かったと思います。
6.3月に行われた川崎市での小学生と中学生対象の出前授業、および川崎市の教員研修会で、私が数学科時代に教えた教員3人と再会できたこと。このような教員研修会での再会が、とても励みになる今日この頃です。
7.冬・夏の北海道の旅。今年は流氷がほとんど来なかったことが残念でした。昔、流氷の氷のオンザロックを、北浜の海岸から遠く知床を見ながら一杯やった頃を思い出します。利尻島への現在のフェリーは学生時代の船と違ってほとんど揺れないので、船の揺れでひっくり返らないように必死で体を支えた昔を懐かしく思います。
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