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今はむかし その昔
耶馬渓の山国川には耶馬渓鉄道が走っていました。今はサイクリング道路となって活用されています。
その又むかしの江戸期のころ 耶馬渓へ「頼山陽」が訪れています。
写真は中津市耶馬渓町柿坂の手前の山国川にて
耶馬渓鉄道とは、大分県中津市の中津駅から大分県下毛郡山国町(現中津市)の守実温泉駅に至る、大分交通が運営していた鉄道路線である。地元では「耶鉄」と称される。
1913年に耶馬渓鉄道として開業。のちに大分交通の路線となった。山国川に沿って延びるこの鉄道は、沿線に青の洞門、羅漢寺、守実温泉などの観光地を控えていた。1970年代に入り、沿線の過疎化による利用者の減少と道路整備が進んだこと、さらに国鉄中津駅の高架化(1977年完成)に伴う費用の応分の負担を要求されたことから、バス転換の方針が打ち出され、1975年に全線が廃止された。
頼山陽(らい・さんよう,1780〜1832)は,江戸時代後期の日本を代表する漢学者で,歴史・文学・美術などのさまざまな分野で活躍しました。
歴史の分野では,没後に出版された『日本外史』がベストセラーとなり,幕末から明治初期の人々に大きな影響を与えました。文学の分野では,数多くの詩文を作り,川中島の合戦を題材にした「鞭声粛々」の詩や,天草洋の風景を詠んだ「天草洋に泊す(雲か山か)」の詩などは幅広く愛誦されています。また,美術の分野では,能書家として著名で,絵画についても「耶馬溪図巻」などの優れた水墨画をのこしています。
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昔の鉄道後がサイクリングロードになっているのは、いいかも。
昔の車窓風景を辿れますね。
2010/1/31(日) 午前 10:32
耶馬溪鉄道 知りませんでした
山国川 今も綺麗な水ですね
良い所ですね
2010/1/31(日) 午前 11:03
大分県出身の僕も耶馬渓鉄道の存在を知りませんでした。とても、景色がいいところですよね☆
2010/1/31(日) 午後 9:26
山国川沿いのサイクリング道路が、鉄道の跡だったとは・・・
また耶馬溪鉄道が通っていた事も初めて知りました。
今度通る時は鉄道があったんだ・・・と思いながら通りたいと思います
ありがとうのポチ☆
2010/2/1(月) 午前 0:21
サイクリングロードで残してあるんですね、こちらも海岸沿いに唐津から呼子までJRを作っていたのですが中止になりこんな鉄橋や線路は綺麗に無くなりました。
2010/2/1(月) 午後 3:34
すごいすてきな鉄橋ですね、この上を自転車で走れるなんて楽しいですね
2010/2/1(月) 午後 11:18