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創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―
著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦
執筆時期:1999〜2000年

《終章 ヤハゥエとインド》
 
 <ヤハウェはインドのインドラに似ている>

 これはマックス・ウェーバーの見解である。

 その著書 Des antike Judentum(1920年)で
 述べたもので、
 岩波文庫「古代ユダヤ教」に従い、
 その意味するところを追ってみる。
 
 それは
 
 「第1章 イスラエル誓約同志共同態と
      ヤハウェ」 の
 「10 連合戦争神の受容とその特徴」で
 述べられている。

 本書の第10章「倭人章」狗奴国おいて
 「キヌ」の名称に関係して、
 大神神社の「赤幣」を取り上げ、
 「赤」はユダヤ教の過越祭の元祖である

 『旧約聖書』
 「出エジプト記」
 第12章に説かれている小羊を犠牲にして、

 「その血を採り、
  小羊を食する家の入口の
  二つの柱と鴨居に
  それを塗らなければならない」
 
 とあるのに
 係わりがあるとの見解を述べた。

 つまり、
 大神神社に
 メソポタミアの影響があるとする
 見解の一つの事例である。

 また、
 その祭神の祖像がインドラ神であると
 繰り返し解いてきたが、
 
 マックス・ウェーバーの解説は
 本書の見解を支援するものである。

 ヤハウェとインドラ神とが
 似ている理由は
 先ず次のように説明する。

 というのは、
 インドラと同じくヤハウェは、
 少なくともイスラエルにとっては、
 先ず第一に、そしてなかんずく、
 戦争であるからである。

 ある古い報告(出エジプト記15の3)は、
 ヤハウェを「戦士」
 (イーシュ ハンミルハーマー)
 と呼んでいる。

 ヤハウェは血を、
 敵や服従しない者の血を犠牲の血を、
 切望する。
 
 インドラ神は
 アーリア人がインド亜大陸へ
 侵入し始めた頃の武勇神であり、
 剣持神である。

 ヤハウェはモーセに率いられた民を
 エジプトから出国させるため、
 大いなる戦いを展開させた。

 そのことを

 「主はいくさびと、その名は主」と

 モーセとイスラエルの人々は
 歌ったのである。

 そして以下のように説く。

 ヤハウェが
 インドラと同様に戦争神に適したのは、
 ヤハウェがインドラと同じく
 もともと一つの大自然災害の神

 (ein Gott der groben Naturkatastrophen)

 であったがためである。

 地震

  (「サムエル記」上14の15、
   「イザヤ書」13の13、29の6)、

 火山現象

  (「創世記」19の24、
    「出エジプト記」19の11〜)

 また、
 天上の火、南及び南東からの砂漠の風
 
  (「ゼカリヤ書」9の14)、

 雷雨はヤハゥエ出現の随伴現象であり、
 稲妻はインドラにおいての如く
 予言者や詩篇においても、
 ヤハゥエの矢である(「詩編」18の14)。

 ここに挙げられた自然災害を述べた

 『旧約聖書』の各部分を

 全部掲載して吟味する余裕はないが、

 最後の

 「雷雨はヤハゥエ出現の随伴現象であり、
  稲妻はインドラにおいての如く
  予言者や詩篇においても、
  ヤハゥエの矢である」

 との見解は

 本書の

 第11章 
  日本に祀られたインドの神々、

 第12章 
  大国主神と大物主神で展開してきた

 インドラ神の映像が参考になるところである。

 「アタルヴァ・ヴェータ7の52には、
  インドラの矢を落ちしむることなかれ」

 との話題がある。

 同神の武器は
  vajura(金剛杵) といい、
 稲妻であった。

 大神神社の「赤幣」の形は
 稲妻を象ったものであることを

 第13章の「狗奴国」で述べた。

 一方、
 ヤハウェ神の雷神性については

 「鷲宮神社と板倉の雷電神社」

 に詳しい。

 『旧約聖書』
 「詩篇」第18篇(10-14)を転載する。

 18:10

  主はケルブに乗って飛び、
  風の翼をもってかけり、

 18:11

  やみをおおいとして、
  自分のまわりに置き、
  水を含んだ暗い濃き雲を
  その幕屋とされました。

 18:12
 
  そのみ前の輝きから濃き雲を破って、
  ひょうと燃える炭とが降ってきました。

 18:13

  主はまた天に雷をとどろかせ、
  いと高き者がみ声を出されると、
  ひょうと燃える炭とが降ってきました。

 18:14

  主は矢を放って彼らを散らし、
  いなずまをひらめかして
  彼らを打ち敗られました。

 この詩篇には、

 「聖歌隊の指揮者によってうたわせた
  主のしもべダビデの歌、
  すなわち主が
  もろもろのあだの手とサウルの手から
  救い出された日に
  ダビデはこの歌の言葉を
  主に向かっていった」

 と前書きがあるので、

 ダビデ王がサウルとの戦いに勝利して後、
 主ヤハゥエは濃き雲(積雲)の幕屋にいて、
 稲妻である「矢」を放って
 敵(彼ら)を打ち破ったいっている。

 「民数記」第10章には、

 10:33

  こうして彼らは主の山を去って、
  三日の行程を進んだ。

  主の契約の箱は、
  その三日の行程の間、
  彼らに先立って行き、
  彼らのために休む所を尋ねもとめた。

  10:34

  彼らが宿営を出て、道に進むとき、
  昼は主の雲が彼らの上にあった。

 「民数記」第12章には、

  「主は雲の柱のうちにあって」とか

  「主は彼らに向かい怒りを発して去られた」
  
  「雲が幕屋の上を離れ去った時〜」

 との記述もある。

 本書の第5章

  『旧約聖書』「創世記」の
 ヤハウェとモーセで述べた通り、

 ヤハウェは「出エジプト記」で
 海を開けたように水に対して
 絶大な威力を保持している。

 それも風によって海を開いた。

 「主は夜もすがら
  強い東風をもって海を退かせ、
  海を陸地とされ、水は別れた。

  イスラエルの人々は
  海の中の乾いた地を行ったが、
  水は彼らの右と左に垣となった」

 そのことから
 ヤハウェの祖像はシュメルの神
 エンキ神(セム語エア神)であるとの
 推論も立てた。

 ヘブライ語の YeYa(ea)は、
 ヤハゥエ神をそう呼ぶことを除けるために
 用いられている同神の別称である。

 ヤハゥエは水を自由自在に操れる神である。

 第16章 
 イスラエル人の日本定着とヘブライの信仰

 ではヤハウェ(伊和)神が、
 波(洪水)、雲などに
 その名称を託して
 祀られている様子を如実に紹介した。

 一方インドラ神は竜神にして
 雨降りを掌る稲妻の神である。

 三輪山の「三和」は 
 megha の音写で「雲」の意味であった。

 また出雲の「イヅモ」は 
 isumat で
 「矢持、矢を備えた」の意味であるとの
 見解を述べ、
 大神神社の摂社狭井神社の「サイ」、
 卒川神社の「イサ」は
 「弓矢」に係わる用語に由来することも
 本書の第12章で述べた。

 マックス・ウェーバーは
 この両神の特徴の共一性を
 見事に見抜いたのである。

  従って恐るべき運命的なる
 これらの全ての
 自然現象を神の支配に属する
 領域であったのである。

 つまり、
 ヤハウェはインドラとルドラとの特徴を
 一身に兼ね備えていた。

 ヤハゥエは、
 かの軍事的及び自然神話的
 野蛮性の特徴とならんで、
 古い伝承において既に雨の主としての
 より友好的な特徴を示している。

 ※「申命記」11の14

  主はあなたがたの地に雨を、
  秋の雨、春の雨ともに、
  時にしたがって降らせ、
  穀物と、ぶどう酒と、油を取り入れさせ、

  (略)

  砂漠に境を接する草原地帯に
  特に固有であったような強烈な雷雨は
  ヤハウェの仕業であった。

  この雨は、
  最初からヤハウェを各個人に、

  また、
  この雨と経済的に利害関係を持った者に、
  結び付けたのであり、
  ヤハウェは慈悲深き自然の神であり、
  天の神せあるという、
  後に益々前面に押し出されくる特徴を
  ヤハウェの表象に
  濃厚に帯びさせたのであった。

 ヤハウェは
 「ノアの箱舟」にみられるような
 大洪水も起こしたが、
 ヤハウェへの真摯な従属者には
 利益をもたらすのである。

 インドラ神も稲荷神社にみられるように
 豊かな実りと繁栄をもたらす神である。

 「出エジプト記」
 第20章の「十戒」を告知する中で

 次のようにいう。

 20:5

  それにひれ伏してはならない。
  それに仕えてはならない。
  あなたの神、主であるわたしは、
  ねたむ神であるから、
  わたしを憎むものは、
  父の罪を子に報いて、三四代に及ぼし、

 20:6

  わたしを愛し、
  わたしの戒めを守るものには、
  恵みを施して、千代に至るであろう。

 その恵みについて

 「申命記」第11章14・15は述べる。

 11:14

  主はあなたがたの地に雨を、秋の雨、
  春の雨ともに、時にしたがって降らせ、
  穀物と、ぶどう酒と、油を取り入れさせ、

 11:15

  また家畜のために野に草を
  生えさせられるであろう。
  あなたは飽きるほど
  食べることができるであろう。

 北メソポタミアの石器時代に
 大麦、小麦の採れた地帯は
 雨の降る地域であった。

 「砂漠に接する草原地帯」
 であるそこが
 文明発祥の地で、
 古代人は天水農耕を考え出した。

 その大麦、小麦を食料として
 羊や山羊、また牛、馬が
 そこに生きることができた。

 人は穀物を利用し、
 それらの動物を追っていたが、
 また飼育することも学んだのである。

 そして、
 それらの野獣が豊富に獲れること、
 家畜化した
 それらの動物が増えることを祈願したり、
 牡牛の力強さや繁殖力に
 人々の繁栄と安定を祝ったのであった。

 そこに
 祝祭、ハフリ(祝)は誕れた。

 ユダヤ教徒(ヘブライ人)は
 「供犠の人々」である。

 インド亜大陸へ渡った
 ヤータヴァ族やアーリア人も
 祝祭を行う人々であった。

 本書は
 ヘブライ人の祖族を
 「アルパチア」の地方、
 北メソポタミアのハブールに求めた。
 一方アーリア人の祖地を
 そのハブール地方東方の外れに求めた

 (本書第8章の「アーリア人の侵入」)。

 「祝祭」の系譜を考慮すれば、
 ユダヤ教とバラモン教の宗教的根底に
 同一なものがあって当然であり、
 その神の威力に共通なものがあって
 当り前である。

 本書はヤハウェを主とする
 天神教(モーセの宗教)
 一神教的性格を
 インドのヒンドゥー教の支配的
 最高の一となった
 シヴァ神崇拉に似ていると
 第7章で述べた。

 サンスクリット語の 
 deva ti deva 
 (最高神、諸神の神、
  一切の諸神の上に卓越している神)が

 スバル(カルト)人の後裔である
 グルジア語で解釈すると 

 deve da deve 

 「あって、そして、ある」

 であり、
 それは、

 「出エジプト記」第3章14で

 対してその神名を

 3:14

  神はモーセに言われた、

  「わたしは、有って有る者」。

  また言われた、

  「イスラエルの人々にこう言いなさい、

   『「わたしは有る」というかたが、
     わたしをあなたがたのところへ
     つかわされました』と

 いった節句に連なるものである。

 シヴァ神はインダス文明時代からの神が
 ルドウ神に習合したものといわれる。

 マックス・ウェーバーは

 「インドラとルドウとの特徴を
  一身に兼ね備えていた」と

 前記の引用に述べている。

 ルドウ神はリグ・ヴェーダなど
 初期の聖典においては暴風神であったが、
 その当時は余り重要な神ではなかった。

 だが、
 次第にその神格を高め、
 ヒンドゥー教において
 シヴァ神へと昇華したのである。

 アーリア人の
 当初の支配的神インドラ神こそ
 雷雨によって暴風をもたらす神であった。

 マルト神郡(風の神々)は彼の配下であった。

 彼は 
 devo か deva (最高神)であった。

 インドラ神の場合、
 devādhideva と表記される。

 deva-ādhi-deva の圧縮した

 「神々の上の神」の語義で

 「最高神、諸神の神、
  一切の諸神の上に卓越している神」

 を表わしている。

 後に、
 といっても紀元前のことであるが、

 インドラ神は

 「東方の守護神」

 と見なされるようになったが、 
 同神への信奉はヤーダヴァ族など
 インド貿易商人によって東進し、
 日本列島に至り、
 そこで盛大に奉祝されているのである。

 日本までの途次、
 インドシナ半島
 ベトナムの現ダナン市近くに
 チャンパ(林邑)が栄えた時
 インドプラという都市が造られた。

 インドラ神の足跡である。

 本書の第11章 
 日本に祀られたインドの神々
 で紹介したように、
 インドラ神はその名を捨てて
 現在も日本を守護しているのである。

 また、
 イスラエル人のヤハウェ神信仰は、
 アッシリアにより捕囚された
 十支族の一つ
 ガド族により日本にもたらされ、

 安来市を聖地として
 各地にその足跡を保っている。

 月氏といわれていた頃、

 和族から学んだ
 養蚕・絹加工の業(技)を武器に

 中央アジアで活躍し、
 後に海上に出て海洋交易商人となり、
 東アジアに拠点を築いたが、
 日本の繁栄の基礎作りにも功があった。

 人々は
 その絹を「富・宝」と大事にし、

 ヤハウェ神信仰を
 各地に定着させたのである。

 ヤハウェ神は、

 日本においても

 「雲の神」「雷神、水神」

 としても 崇められた。

 さらに
 「証し、誓い」の神として顕国玉神となり、
 大国主神(大己貴命)に習合し、
 日本の神となっている。

 ヤハウェ神もその名を潜ませて、
 現在も日本の守護に当たっているのである。

 日本神道は
 世界の宗教から
 孤立した特異なものではない。

 それどころか、
 人類の創世紀において
 想念された宗教的文化を
 典型的に維持している
 古代世界に主流をなしていたものである。

 日本国土の生産中心が
 稲作であった理由により、
 祝祭の供犠する主なものが

 動物から
 稲・米に替わったなどの変化はあるが、
 その本質は変わっていない。

 神社の日常的な祭事は
 神饌を供犠することにある。

『参考』

高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
(アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

イメージ 1


牛頭を象った神社建築の棟飾部
イメージ 2

イメージ 3

本生図と踊子像のある石柱
イメージ 4


※Tell Arpachiyah (Iraq)

※ハラフ期の土器について

※ハブール川

 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
 Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, 
 アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur

ARPACHIYAH 1976

※高床式神殿

※牛頭を象った神社建築の棟飾部

※神社のルーツ

※鳥居のルーツ

 M.K記(責)
 連絡先:090-2485-7908
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