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「鳥居龍蔵の学問上の業績は偉大である。人類学は元より考古学・民族学等多くの隣接の学問の分野において、多彩な活動をなした」その業績のひとつは「未開拓の大陸の考古学や人類学・民族学の方面に、自ら足を踏み入れ、自らその閉ざされていた扉を開いたことであろう」。 鳥居龍蔵は、「考古学を全国的に普及し、この学問を啓蒙させたが、ここに彼のひとつの業績をみとめてよい。人類学者鳥居龍蔵の名声には噴噴たるものがあった。そして、地方の調査や講演にもしばしば招待された。彼はそのつど平明に、かつ雄大に学問をとき、聴衆を魅了させ学問を普及させた。」 鳥居は最新の技術を積極的に取り入れた研究者でもあった。1896年(明治29年)の台湾調査で初めて写真機を使用している。1904年(明治37年)の沖縄調査では鑞管蓄音機を導入して民謡などを録音している(徳島、鳥居記念館)。 鳥居は在野の研究者であり、「民」の立場を貫いた学者であった。学歴はなく、そのためか「官学」である東京帝国大学との対立は根深いものであった。
[ 歴史&環境&公徳心ツアー ]
2018/9/29(土) 午後 5:26
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小川菜摘
シルク
浅香あき恵
「鳥居龍蔵の学問上の業績は偉大である。人類学は元より考古学・民族学等多くの隣接の学問の分野において、多彩な活動をなした」その業績のひとつは「未開拓の大陸の考古学や人類学・民族学の方面に、自ら足を踏み入れ、自らその閉ざされていた扉を開いたことであろう」。
鳥居龍蔵は、「考古学を全国的に普及し、この学問を啓蒙させたが、ここに彼のひとつの業績をみとめてよい。人類学者鳥居龍蔵の名声には噴噴たるものがあった。そして、地方の調査や講演にもしばしば招待された。彼はそのつど平明に、かつ雄大に学問をとき、聴衆を魅了させ学問を普及させた。」
鳥居は最新の技術を積極的に取り入れた研究者でもあった。1896年(明治29年)の台湾調査で初めて写真機を使用している。1904年(明治37年)の沖縄調査では鑞管蓄音機を導入して民謡などを録音している(徳島、鳥居記念館)。
鳥居は在野の研究者であり、「民」の立場を貫いた学者であった。学歴はなく、そのためか「官学」である東京帝国大学との対立は根深いものであった。
[ 歴史&環境&公徳心ツアー ]
2018/9/29(土) 午後 5:26