ニューエイジ@真秀呂場

知恵袋にも色々と書いています。IDはch339578です。

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キリスト教では、他の人を裁くな、赦せということが言われているようです。

赦すとは、どのようなことでしょうか?

誰かが何か自分にとって不愉快なことをして、その相手に対して怒りを感じた。

でも自分の怒りを抑えて、その相手のしたことを我慢するということではないでしょうか?

感情というものは、人が生きていくために必要なエネルギーです。

そのエネルギーに従って何らかの行動をすることで、エネルギーは開放されるのです。

抑えるべきものではありません。抑えたように見えても五感を超えて相手に伝わってしまいます。

怒りは怒りを生じさせます。

では、どうしたら良いか?

赦せるような怒りであれば、元々生じさせないようにすることが出来ます。

あらゆる物事は、因果律により生じます。原因があって結果があるのです。

誰かが何か自分にとって不愉快なことをした。

しかし、その行為には、そのようにしたなんらかの原因があるのです。その原因は何か?

このように、相手の行為を理解しようと努めると、不思議と怒りの感情は生じ難くなるものです。

自分自身から生じる感情を理に適ったものにしましょう。

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釈迦が説いた仏法は、ハッキリ言いますが間違っています。

どこがどのように間違っていて、どのような問題が生じているかを見ていきましょう。

縁起の法では、「苦」に焦点を当て過ぎています。
「苦」を取り除くために、「欲」を取り除け、
「欲」を取り除くために、一切を厭い離れよ。

このように説いていますが、これでは、普通の社会生活が出来なくなります。
人として普通に生き、子孫を繁栄させていくことが出来なくなります。
大乗仏教が出来たのも、ここに原因がありそうです。
 

「苦」とは、何らかのバランスが崩れていることを本人に知らせるサインです。

「苦」は、気付きのきっかけ、学びのきっかけとなるものです。

「欲」が必ずしも「苦」の原因となっているのではありません。
バランスを欠いた「欲」が「苦」の原因となっているのです。

一切を厭い離れることは不要です。学びの機会を無くしてしまいます。

人は学ぶことを目的に、この世に生を受けています。

一切を厭い離れることは、人としての目的を放棄することです。

「苦」を感じられることも、学びの機会が得られることと

感謝できるようでありたいものです。

「苦」が感じられるのは、天地開闢の神の計らいです。

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