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全国を放浪しながら仏像を彫った円空と木喰の対決もありました。
明治生まれの地方出身の男性から、「子供のころの川遊びでは円空さんを浮き輪がわりに使っていた。御寺にゴロゴロしていて、明日また遊ぶために元に戻しておいた。鉈のあとが捕まるのに丁度良かったんだ」という話を聞いてキモを潰したことがあった。
廃仏毀釈の後遺症がまだ著しかったのだろうか?
まだ円空さんが評価されない時代だったのだろうか?
円空さんは10万体を目標に北海道まで渡って作り、現存するのは三千体。
子供達の遊び道具になって消失してしまったり、廃仏運動の最中に薪にされたのもあると思う。
私は何故か仏像が好きです。
信仰心は薄いのですが、眺めているのが好きです。
単に木材ではない、魂の宿った、木片に語りかけ彫った作者とも通信しています。
木喰仏は全部が笑顔。
怖い御不動さんでさえも笑顔。
地獄の入口でやって来た者の衣服を剥ぎ取るという御婆さん仏もしなびたお乳を垂らして、笑っている。
余談ですが、タラチネの語源ってここにある?
木喰仏の笑顔は強力な伝染性があって、観る側もついつい笑顔に誘い込まれてしまう。
次は池大雅と与謝蕪村の対決。
同じ題材で楽しく競作しているのを見比べる。
和音を奏でるように、同じ魂が相寄るのだな〜とその恩恵に今私は浴していると・・・。
丸山応挙と芦雪もありました。
襖絵の虎の対決。
実物を見たこともなくて、輸入されていたトラの毛皮と猫を参考にして描いたそうだ。
毛波など凄くて、ちょっと変・・と思いつつも、同じ平面上居るという感覚と迫力に押されるのですが、手を伸ばしてからかって見たくもなる。
浮世絵では歌麿と写楽。
これって作品を発表している期間が違い過ぎて対決にならないと思っていたのに、こうして並べられると面白く見られた。
写楽の今にも瞬きしそうな表情、しゃべりだしそうな口元、動きだしそうな指先、謎の多い人物の解明が待たれる。
富岡鉄斎と横山大観。
富士山対決。
鉄斎は鳥の目で富士山の全容と噴火口をを描いている。
実際に登って経験してから描いたそうです。
大観の富士山は余分なものが浄化されている。
非常に精神性を感じる富士山。
こんなこと言ったら生意気でしょうね。
何にも知らない還暦過ぎのおばさんが。
でも、言い訳ではありませんが、自分の今の感じ方や考え方や思いを記録として残しておきたいという願いがあります。
自分の絵はあくまで遊びで楽しみですから、気楽で良いですね〜
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くらべてみればみえてくる、この展覧会のポスターは楽描60の町の美術館にもあります、観たいです。
地方都市の入館者数ではとても採算は合わないので大都会でしか出来ない展覧会、チョット悔しい。
>絵はあくまで遊びで楽しみ
巨匠たちの本質もここにあると思いませんか。
2008/8/8(金) 午後 2:17
明日、東京を経由して水戸へ向かいます。
少し東京に寄り道したくなりました。
2008/8/9(土) 午前 11:30
楽描60さんありがとうございます。辛さや苦しさが絵に出ていたら、観る側もつまらない。楽しくなくてはね。
2008/8/10(日) 午前 0:19 [ みつ ]
OJISANありがとうございます。どうぞ途中 寄り道してご覧になってください。
2008/8/10(日) 午前 0:20 [ みつ ]
こんばんは。
関連記事から来ました。
円空の仏像は個性がありますね。ポチ
2013/7/9(火) 午後 6:51