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18歳の時から、お茶の稽古を始めて、途中 子育てなどのために、ブランクはあましたが、40年ほど続いたが・・・・・
先生が、職業病で、正座が出来なくなり廃業。
それ以来 お茶の世界から遠ざかっていますが、お茶が好きです。
お茶の世界が、森羅万象 文学 科学 天文学 哲学 伝統美術工芸 食文化 建築学 などすべが凝縮された空間だと思っている。
お茶の世界に浸っていて、少しずつ 大人になって来られたような気がしている。
そのように思っているのは、自分だけで、全然 大人になり切れて居ないと失笑されるかもしれない。
日頃 バタバタと駆けずり回っていても、茶室に入ると、別世界。
その格差に、私にとって 茶室は、駆け込み寺の様な存在だった。
出光にも、朝夕庵という茶室があって、名の通った御道具で今回も、室礼されているが
床の間の花活けに、花のないのが寂しい。
あれでは あの空間が死んでいる。
茶は遣唐使から帰国した最澄が最初に持ち帰ったが一般には広まらず、栄西禅師が宋から持ち込んだものが、今の抹茶の形になり、一般にも広まったが最初は薬用。
栄西禅師が、お茶の種をまき、広め手から、800有余年。
茶道文化が花開く。
薬用だったのですから、お茶の先生方が健康で長生きなのもうなずけるかな。
お茶をやっているときは、いつも 清遊 という言葉が頭にあった。
大人のままごとのような。
今回の展示品の数々を拝見して歩いていても、思うことは、贅沢なままごとだなと。
作品の一つ一つがとても温かく、爽やか。
良い気分に浸ってきました。
丸の内 界隈がとてもお洒落な街並みに変わったなと、感じた今日でした。
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拙宅にも“淀看の間”と称する茶室がありますが、(京都のさるお寺の茶室を写したものらしい)祖母が存命の時はよく茶会を催していました。香を焚き、一輪挿しに花を飾り、軸を掛け、炉を清め打ち水をして朝早くから人を招く準備をしていたのを思い出します。
その祖母が亡くなってからは跡を継ぐものもなく寂れて物置状態になってしまいました。せっかくの数奇屋が泣いていますが、これも時代の流れ、昭和は遠くなりました。
2010/5/4(火) 午前 9:41 [ WINMOUNT ]
WINMOUNTさんありがとうございます。ルイ14世の様な人でも、最後は茶室の様な住まいだったそうです。茶室を寝室か書斎代りにお使いになったら、いかがでしょう。
2010/5/6(木) 午前 7:34 [ みつ ]