懐かしむブログ

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♪青春が終る日♪

青春が終る日



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つい先日、南沙織さんの「筒美京平を歌う」を購入しました♪

「キャンディーズ」、「山口百恵」に続き、

自分にとって3つめのソニー「ブルースペックCD」製品になりました

筒美京平さんの作曲された曲のみで構成されている為、

南沙織さんの全ヒット曲収録とはいきませんが、いい歌が多数収録されています。

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初CD化の曲も7曲収録されててイイ感じです

こちらのCDも「山口百恵」版のように、「ブルースペックCD効果」がよく出てるような気がします

どう考えても、「キャンディーズ」版が1番効果が薄いような気がしてなりません・・・・



その「筒美京平を歌う」より、

あまりメジャーな曲じゃ無いと思われる「青春が終る日」を掲載してみました



YouTube投稿者様へ
掲載させてもらってます、ありがとうございます


70年代の雰囲気満点の中々いい曲です♪






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Wikiより
南 沙織(みなみ さおり、1954年7月2日 - )は、日本の元アイドル歌手。
本名は内間(現:篠山)明美。
デビュー時は母親の郷里、鹿児島県(奄美大島)生まれとされたが、実際は生まれも育ちも沖縄県。
また長年、フィリピン人とのハーフであるとされてきたが、正しくは実母と実父は琉球人で実母の再婚相手がフィリピン人ということである。
洗礼を受けたクリスチャンで、その時授かった名前「シンシア(Cynthia 月の女神、蟹座の守護神の意)」を愛称としている。

1971年の春、本土復帰前の沖縄から母親と二人で初来日。
CBS・ソニー社長との顔合わせを経て、デビューに向けたプロジェクトが開始された。

そして「詩心を大いに刺激した」という南のために書かれた詞の中から、「17才」がデビュー曲として採用され(タイトルは酒井政利による)、6月1日に「ソニーのシンシア」のキャッチフレーズを持って歌手デビュー。約54万枚の大ヒットとなった。
尚芸名については有馬の進言により、レコード会社内アンケートで決まりかけていた名前が変更され、七夕の織姫に因んだ「沙織」とされた。

1971年暮れの第13回日本レコード大賞で新人賞を受賞。
さらに、デビューしたその年にNHK『第22回NHK紅白歌合戦』に初出場するなど順調な音楽活動のみならず、長い黒髪と日焼けした健康的な肌で同世代の若者に絶大な人気を博した。
ブロマイドも爆発的に売れ、1971年、1972年の年間売上実績では第1位を獲得している。
また、同時期にデビューした小柳ルミ子・天地真理らと共に "三人娘" と括られることもあり、当時のアイドルの代表格であった。

1979年、引退後に交際がスタートしたという写真家の篠山紀信と結婚。その後3児の母となる。

♪九月の雨♪

九月の雨


自分は九月と言えば、やっぱりこの歌

太田裕美さんの唄う「九月の雨」を思い出します。

セプテンバーレイン〜♪

とても悲しい歌なんですが「九月の歌の代表」のひとつではないでしょうか


意外な事に太田裕美さんのシングル曲としては最後のベスト10入りの曲だそうです・・・


九月の雨 / 太田裕美(1977年9月1日リリース)
作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:筒美京平 最高位第7位。

YouTube投稿者様へ、使用させてもらってますm(__)m


この歌は1977年の紅白歌合戦でも唄われました
↓1977年紅白
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当初は「キャンディーズ」の一員としてデビューする予定だったらしいですね、

ポジションは「スー」ちゃんのところ。

特にスーちゃん派の人達からすれば、とんでもない話になるかと思いますけど

もしそのままデビューしていたら「ラン・ヒロ・ミキ」とでも言ってたんでしょうか・・・・

そして、逆にスーちゃんは「田中好子」としてソロ歌手としてデビューしてた?

太田裕美さんもスーちゃんも同じ「ハイトーン」な歌声で共通してますね♪




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Wikiより
太田 裕美(おおた ひろみ、1955年1月20日 - )は歌手。
本名は福岡 弘美(ふくおか ひろみ)。東京都荒川区生まれ、埼玉県春日部市育ち。血液型はA型。

歌手であるが、ハイトーンの独特な声質や、ルックスの良さ(可愛さ)からアイドル視される事もしばしばあった。
事実、当初はキャンディーズの一員としてデビューする予定だったが、田中好子と交代している(松下治夫「芸能王国渡辺プロの真実」)。
歌謡曲を歌う庶民的なアイドル歌手と、1970年代に台頭してきたフォーク系歌手との中間的なイメージがあり、独特な位置づけの人気歌手になった。

1974年11月1日に『雨だれ/白い季節』でデビュー。デビュー初期はフォーク調で、ピアノによる弾き語りの曲が多かった。

1975年12月に3作目のアルバム『心が風邪をひいた日』からシングルカットされた『木綿のハンカチーフ』が大ヒット、翌1976年のオリコンチャート4位を記録(1位は子門真人『およげ!たいやきくん』)、スター歌手の仲間入りを果たした。
なお、NHK紅白歌合戦には初登場の1976年から1980年まで、5年連続で通算5回の出場経験がある。

この後の曲調はポップスが中心となり、その後も1976年から1977年にかけて『赤いハイヒール』『最後の一葉』『しあわせ未満』『九月の雨』などをリリースしてヒットさせる。
しかしその一方で多忙をきわめ、喉を痛めるなどの苦労もあった。

既存のアイドル歌手にはない清潔さと品を感じさせる一方で、フォーク系歌手にありがちな暗く孤高なイメージも皆無なため、大学生などに絶大な人気を誇り、渡辺プロ公式ファンクラブができるより早く、東京大学で太田裕美ファンクラブが結成された。
いわゆる「学園祭の女王」という称号を得た最初の歌手とも言われている。



関係無い事ですが
(77年の9月と言えば)
1977年9月8日はじめて気象衛星「ひまわり」から地球の写真が送られてきたそうです
日本は台風の影響で雲に覆われています!(週刊昭和・昭和52年より)
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いい時代だった頃の地球♪

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