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自分は九月と言えば、やっぱりこの歌 太田裕美さんの唄う「九月の雨」を思い出します。 セプテンバーレイン〜♪ とても悲しい歌なんですが「九月の歌の代表」のひとつではないでしょうか 意外な事に太田裕美さんのシングル曲としては最後のベスト10入りの曲だそうです・・・ 九月の雨 / 太田裕美(1977年9月1日リリース) 作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:筒美京平 最高位第7位。 YouTube投稿者様へ、使用させてもらってますm(__)m この歌は1977年の紅白歌合戦でも唄われました ↓1977年紅白 当初は「キャンディーズ」の一員としてデビューする予定だったらしいですね、 ポジションは「スー」ちゃんのところ。 特にスーちゃん派の人達からすれば、とんでもない話になるかと思いますけど もしそのままデビューしていたら「ラン・ヒロ・ミキ」とでも言ってたんでしょうか・・・・ そして、逆にスーちゃんは「田中好子」としてソロ歌手としてデビューしてた? 太田裕美さんもスーちゃんも同じ「ハイトーン」な歌声で共通してますね♪ Wikiより 太田 裕美(おおた ひろみ、1955年1月20日 - )は歌手。 本名は福岡 弘美(ふくおか ひろみ)。東京都荒川区生まれ、埼玉県春日部市育ち。血液型はA型。 歌手であるが、ハイトーンの独特な声質や、ルックスの良さ(可愛さ)からアイドル視される事もしばしばあった。 事実、当初はキャンディーズの一員としてデビューする予定だったが、田中好子と交代している(松下治夫「芸能王国渡辺プロの真実」)。 歌謡曲を歌う庶民的なアイドル歌手と、1970年代に台頭してきたフォーク系歌手との中間的なイメージがあり、独特な位置づけの人気歌手になった。 1974年11月1日に『雨だれ/白い季節』でデビュー。デビュー初期はフォーク調で、ピアノによる弾き語りの曲が多かった。 1975年12月に3作目のアルバム『心が風邪をひいた日』からシングルカットされた『木綿のハンカチーフ』が大ヒット、翌1976年のオリコンチャート4位を記録(1位は子門真人『およげ!たいやきくん』)、スター歌手の仲間入りを果たした。 なお、NHK紅白歌合戦には初登場の1976年から1980年まで、5年連続で通算5回の出場経験がある。 この後の曲調はポップスが中心となり、その後も1976年から1977年にかけて『赤いハイヒール』『最後の一葉』『しあわせ未満』『九月の雨』などをリリースしてヒットさせる。 しかしその一方で多忙をきわめ、喉を痛めるなどの苦労もあった。 既存のアイドル歌手にはない清潔さと品を感じさせる一方で、フォーク系歌手にありがちな暗く孤高なイメージも皆無なため、大学生などに絶大な人気を誇り、渡辺プロ公式ファンクラブができるより早く、東京大学で太田裕美ファンクラブが結成された。 いわゆる「学園祭の女王」という称号を得た最初の歌手とも言われている。 関係無い事ですが
(77年の9月と言えば) 1977年9月8日はじめて気象衛星「ひまわり」から地球の写真が送られてきたそうです 日本は台風の影響で雲に覆われています!(週刊昭和・昭和52年より) いい時代だった頃の地球♪ |

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