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朝強烈な雨音で目覚めた。今日は神島に行く日である。しかし天気予報によれば晴れてくるという。ので決行。 自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺でこの世を去という壮絶な最後を遂げた三島由紀夫の小説「潮騒」の舞台となった「神島」へ行ってきた。 一般的に言ったら全く何にも無い島。観光施設があるわけでなく、道は細く整備されて居るわけでは無いし草は映え放題。これが道かと心配になるようなところ。 でも見方を変えればまさに自然の状態を楽しみには絶好の島であった。 見方によるのであろうが。 小さな船で島に着いた。伊良湖をッ出向したときにはほとんど景色などを見ることが出来なかったが島に着く頃にはすっかり晴れ渡っていた。 さて最初に迎えてくれたのはさめの切り身を干物にしている女性。 雨具をしっかり用意してきたメンバーは余分な荷物派持ちたくないと昼食の場所に預けてさあ出発。 聞いた道を歩いてみたのであるがこれが道かというような狭いくねくね道。 そしてすぐにたどり着いたのが八代神社へ続く階段。 これがきつかった。登れども登れども終わりが無いかとみなあえぎあえぎ登っていったところ、古びた社が立っていた。周りを囲む石も苔むしいかにも崩れそう。 その後まだ登り、灯台や監的哨を見て回る。 監的哨はこの小説の重要なシーンをとったところである。 ここから見下ろした晴れた海の景色は素晴らしかった。
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真っ黒に日焼けした島民の中では、見慣れない色白の三島由紀夫の姿は目を引き、「組合長のとこには親戚の病人が療養に来てゐるさうだ」などの噂が立ち始めていた。
ある日に三島が組合のあたりを歩いていると、1人の老爺が近づき三島の〈頭の先から爪先まで仔細に観察〉した後、「これ、どこの子やいの」と側にいる人に訊いていた。
しかし次第に島民たちと顔なじみになり、島の〈素朴な人情〉に触れる生活を送った。
一回目の渡島のをはりには、多くの人が埠頭へ送りに出、二回目の渡島のときには、島でゆきあふ人と、自然に挨拶を交はすほどになりました。
発電機が故障すると、島にはラムプの灯しかなくなり、私は生れてはじめて、ラムプの灯下の生活に親しみました。
すると夜の闇の中の波音は、大きく立ちはだかり、人間の生活そのものが、いかに小さく、つつましいかが思はれます。われわれ都会人とて、電灯の明りのおかげで、夜の恐怖を忘れてゐますが、人間生活の小ささ、はかなさは、実に都会とて同じことでせう。
— 三島由紀夫「神島の思ひ出」
2019/1/6(日) 午前 8:59 [ 歴史を学び未来の平和を繁栄を祈る ]