ダビデのように

ドイツ在住のカトリック信者、主婦です。

すべての民の御母

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この祈りの重要性

この頃、益々「すべての民の御母」の祈りの重要性を痛感しています。
なぜそう思うのか、を書く前に、すべての民の御母とわたしとの出会いをかいつまんでお話ししたいと思います。興味のある方は是非おつきあいください。

前にも「証し」として少しすべての民の御母のことに触れていますが、わたしがすべての民の御母と出会ったのは、大回心の後、始めてメジュゴリエへ巡礼したときのことです。

メジュゴリエに関する本はまだドイツに引っ越す前に読んだことはあったのですが、そのころ,聖母のご出現に関して大変懐疑的になっていたわたしは、メジュゴリエのご出現を信じることができませんでした。(聖母出現に関して慎重になったのには事情がありますが、とても長く、複雑なのでここでは触れません。)

でも、回心後にもう一度同じ本を読んでみると、「これは本当のご出現に違いない。ここへ行きたい!」という強い思いが湧いて来ました。

そんな思いを抱きながら過ごしていたある日のことです。隣りの町の修道院のごミサにあずかった後、車に乗り込もうとすると、車のフロントグラスのワイパーに紙切れが挟まっているのに気づきました。
「あらら、駐車違反のチケットかしら」と思って開いてみると、バスで行くメジュゴリエ巡礼の案内でした。

わたしはすぐに主人に頼んで申し込みの電話をしてもらいました(まだドイツ語がおぼつかなくて、電話が大の苦手だったのです)が、あいにくすでにバスは満席とのことでした。
でも、わたしには「きっと行ける」という確信がありました。だって、マリア様が呼んでくださったのですから。
そして、数日後に一席キャンセルが出たという連絡を受けたのです。こうして、ドイツ人の中に混じってのはじめての巡礼を体験しました。

この巡礼は1997年秋のことだったと思います。始めてのメジュゴリエは驚きに満ちたものでした。そのころ、聖霊がなんなのか分からなかったのですが、確かに聖霊の現存をわたしの霊と身体と魂は感じていました。

巡礼中のある日、有名な神父様の講話があるというので、わたし達の巡礼団も聞きに行きました。当時のわたしにはほとんど話の内容は理解できませんでしたが、その神父様がオランダのご出現の聖母について話しているのは分かりました。
その神父様は手にカトリックの雑誌「教会、こんにち」を持ち、説明していました。

講話が終わってから、わたしはその記事を見せていただくために前に行きました。
知らない神父様に話しかけるなんて、ドイツ語がよく話せないわたしにとって、勇気ある行為だったんですよ。

でも、遠目にもその雑誌には秋田の聖母と同じ形のマリア様のご絵が載っているのが分かったし、なんと、そのマリア様には色が着いていたのですから!!!
これは確かめないわけには行かなかったのです。

わたしがその時思ったのは、「いったい誰が勝手にわたしたちの秋田の聖母に色を塗ったのよ!!!」、、でした。

わたしは、その雑誌の発行元をメモし、家に戻ってからすぐに注文しました。

はじめてドイツ語の読み物を手にしたわたしは、辞書を片手に単語を引き引き自分のために翻訳をはじめました。単語の意味がわかっても文法がわからないので、文意が理解できずに悪戦苦闘。たった二ページを読むのに何日もかかりました。なにしろこれがわたしの始めての翻訳体験です。

それは「すべての民の御母.婦人」のご出現とメッセージに関する記事で、秋田の聖母はその婦人のご絵をもとに彫られたということを知りました。(あら、マリア様に勝手に色を塗ったんじゃなかったのね、すみませーーーん、、とその時の心の声)

そういえば、以前読んだ秋田の聖母の本に、アムステルダムのご出現のことを書いてあったような、、、、、とても心もとない記憶がちょっぴり呼び覚まされました。

翌年、1998年聖霊降臨の日、わたしはアムステルダムの「すべての民の御母を囲んで」の第二回国際祈りの日に参加しました。

なぜ、その頃はまだ情報網のなかったわたしが、アムステルダムまで行けるようになったかというと、いつものように土曜日の朝のごミサにあずかって例の修道院を出ると、ひとりの女性がツカツカとわたしの方にやって来てこう言ったのです。

「ね、5月にアムステルダムですべての民の御母の祈りの日があるって知ってる? バスにまだ空きがあるから申し込んだら?」と言って、申込先の電話番号を差し出しました。

「え? いえ、でも、5月はメジュゴリエへ行きたいから……」

「メジュゴリエへはいつでも行けるよ。でも、祈りの日は年に一度しかないのよ。それに、これはとても大事な祈りの日なの」

わたしは、「とても大事な祈りの日なの」と聞いた瞬間、マリア様が招待してくださっている、と思いました。
なぜそう思ったのかは自分でもよくわかりませんが、それまで話していたその女性の中からマリア様が話しかけてくださったような気がしたのです。

その女性のおかげで、わたしはバスに座席を確保することができて、すべての民の御母の祈りの日に参加することができました。

前年の聖霊降臨の日にわたしは秋田の聖母に、聖グリニョン・ド・モンフォールのやり方で自分を奉献していました。
そして、その年は、おなじ聖母、すべての民の御母に奉献の更新をすることができたのです。

この祈りの日に、祈りの日の主催者であるパウロ神父様の宣教会「マリアの家族」の日本人シスターと知り合いになりました。
そしてふたりですべての民の御母の祈りのカードを訳すことになり、その後メッセージも訳す事になり、パウロ神父様が来日した際には同行させていただくことになりました。


あれから、もう16年も経ってしまいました。
残念ながら、今でも「すべての民の御母の信心」は日本では普及していません。
せっかく秋田まですべての民の御母が来てくださったのに、とても残念です。

すべての民の御母が日本の秋田まで来てくださったのには、大きな意味があるのではないでしょうか?

「日本は回心します」とすべての民の御母はおっしゃっています。
それが実現するために、わたしたちは何をすべきなのでしょうか?

それを考えながら、次の記事を書きたいと思います。

が、しかし、、、またわたしは明日火曜日(日本時間ではもう今日ですね)から家を空けなければなりません。戻りましたらまた続きを書かせていただきますので、どうぞご一緒に考えながらお待ちください。皆さんのご意見も聞かせていただけると大変嬉しいです。どうぞ、よろしくお願いします。



祈りの日の写真

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イランの司教様が参加され、イエズスが話された言葉で証しをしてくださいました。


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ご聖体礼拝です。





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マイスナー枢機卿さま、プント司教さま、イランの司教さま、他55〜56人の司祭方のごミサ。聖歌隊はマリアの家族のシスター、ブラザー、神学生方。たとえば、こんな歌。





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聖母への奉献



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      参加者も一緒に聖母への奉献の祈りを祈ります。


    世界に平和がありますように!


10月4日、聖フランシスコの記念日にデュッセルドルフで「すべての民の御母」を囲んで、祈りの日が催されました。

ドイツ、スイス、オーストリア、南チロル、オランダなどからたくさんのバスがこの祈りの日に向かいます。

近所の町からも巡礼バスが仕立てられ、ウチの町からは7名が参加しました。

祈りの日の様子については、あとで記事にできれば、、、、と思っています。(できるかなあ?)

今日は、小さなエピソードをお話したいと思います。

ウチの町から祈りの日に参加申し込みしたのは最初は6名でした。
9月28日、主日のごミサの後、友人のブリジットと外で立ち話をしました。
話題はもちろん祈りの日のこと。わたしは当然彼女も一緒に行くだろうと思っていたのに、今回は都合がつかないとのことでした。

その時、ブリジットは彼女の見た夢の話をしてくれました。
「今朝ね、起き際にヨゼフィーネの歌が聴こえてきて、すごく嬉しい気分に満たされて目が覚めたのよ。聖なるかな、を歌っていたわ」。
「へえ、どの曲? 歌ってみて」とわたしは言ったのですが、ブリジットは歌が苦手。
「うーーん、歌えないけど、心の中では聴こえてる!」

さて、後日、ブリジットのご主人が急にイタリアへ行く事になり、彼女に時間ができたので急遽デュッセルドルフ行きを決めました。

デュッセルドルフに向かう途中、わたしたちのバスはマリア様の巡礼地に立ち寄り、そこのチャペルでごミサにあずかりました。
そのとき、わたしはシューベルトミサを歌うように頼まれていました。(事前に依頼があったので、わたしは何日もギターと歌を練習しました。)

ごミサが終わったあと、ブリジットが、「夢の中で歌っていたのは、
この『聖なるかな』だったわ!



本当に今日、ヨゼフィーネが歌った通りに夢の中でも歌ってたのよ」
と言いました。
ただし、ギター一本の演奏ですので、上の動画のように荘厳には歌えませんでしたけどね。

わたしは、これを聞いたとき、ブリジットは今回マリア様に祈りの日に来るように呼ばれていたんだなあ、と思いました。

彼女はプロテスタントから数年前に(ミオとメジュゴリエを通して)カトリックに改宗したのですが、「マリア様との関係が今ひとつなのよねえ」とずっと言っていたのです。

今回、彼女は「マリア様がお母さんだということを心で知るお恵みをいただけた」と言っていました。神と神の御母、すべての民の御母に感謝!

そうです、すべての民の御母は、宗教、宗派、国籍、肌の色、貧富、学歴、年齢などなどに関わらず、みんなにとってのお母さんなのです。
そして、そのお母さんのもとに、すべての民族が集まることをマリア様は望まれているのです。

わたしは1999年にはじめて祈りの日に参加して以来、2回を除いてずっと参加し続けています。
すべての民の御母の祈りとご絵がどれほど重要であるか、何度も聞き、体験して来ています。

でも、今年、改めて、今こそ世界中の人がこの祈りを祈らなければならないと痛感しました。

そして、年に一度、あらゆる民族がすべての民の御母を囲んで主イエスに祈る事は、わたしが考えていた以上に、今後の世界情勢にとって非常に大切なことなのだと確信しました。



過去の祈りの日のヴィデオはこちらでごらんになれます。


















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