西の街から....

現在、パソコンが不調で、フラッシュなどの設置してある重いサイトは訪問を見送らせて頂いています。

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 何年かぶりで、シャンティイ城を見学に来ました。日曜日はあいにく雨でしたが見学を終えて帰るころには、少しばかりでしたが太陽が顔を出しました。また、私たちのバスの隣には日本の「フランスの優雅な7日間」ツアーの団体バスが止っていました。このシャンティイ城は古い部分と新しい部分とがあります。新しい部分は現在は美術館となっていてルーヴルに次ぐほどの素晴らしいコレクションを所有しています。美術館はそのうち載せる事にしまして、今回は、古い部分になるプチ・ジャトーです。歴史は途中からです。

大コンデ公 Le Grand Cinde

 かつてアンリ4世に追跡された若夫婦、シャルロット・ド・モンモラシーとその夫ブルボン・コンテ家のアンリ2世とは、1646年にシャンティイを相続し、この城は1830年まで同家の所有となりました。アンリと同じく、シャルル・ド・ブルボンの子孫であるコンデ家の公子たちは、血族の王族でした。推定相続人はアンギア公と呼ばれていました。大コンデ公はシャルロットとアンリ2世(アンリ・ド・ブルボン・コンデ)の息子である。彼は軍務に対して同じほどの熱情と才能を傾けてお城の美家に没頭しました。

コンデ家の終わり

 大コンデ公は1686年、フォンテーヌブローで没しました。このときルイ14世は、「私は、わが王国で最も偉大な人物を失った」と語りました。埋葬に先立って葬儀の際に、ポシュエの行った追悼演説はとても有名でした。

 大コンデ公の曹孫ルイ・アンリ・ド・ブルボンは豪奢このもの芸術家で、シャンティイ城に生き生きした輝きをもたらしました。彼がジャン・オベールに造らせたGrandes Ecuries は18世紀の傑作です。また陶器工場も作らせましたが、これは1870年に失われてしまいました。

 アンギアン城は1769年にルイ・ジョセフ・ド・コンデは造営しました。その初代住人は彼の孫に当たり、生まれたばかりのアンギアン公でした。赤ん坊の父は16歳、祖父は36歳でした。成長した若い公子は、その後、1804年に悲劇的な死を遂げました。バド侯爵領からフランス警察によって連れ去られ、ナポレオン・ボナパルトの命令で、ヴェンセンヌの森で銃殺されたのでした。

アンギアン公がナポレオンの命令で銃殺されたところ :
URL: http://blogs.yahoo.co.jp/m_miyoko94/8668265.html

 大革命中にグラン・シャトーの常会が破壊され、一階だけになってしまいましたがプチ・シャトーの法は破壊を免れました。ルイ・ジョセフが追放先から戻った時、かれは78歳でした。彼は息子と共にシャンティイ城に帰還しましたが、2人の悲劇は大きかったです。彼らが愛していた城は破壊し、庭園は分断されてしまいました。1818年、ルイ・ジョセフが亡くなり、息子のブルボン公が引き継ぎました。1830年の革命で従兄のルイ・フィイリップが王位につくためブルボン公は不安になり、イギリス亡命を考えました。しかし、数日後、サン・ルーにある彼の城で自殺をしてしまった彼の遺体を見つけました。コンデ公の家系はこうして終わりをむかえたのでした。

公子の住居 Appartements des Peinces

 大コンデ公とその子孫の住居棟は、18世紀前半の優雅な摂政時代様式、および貝殻を模したロカイユ様式の木彫り細工で装飾されていますが、これらは主として、18世紀にブルボン公が施工させたものです。

★ ミシュランのガイドを参考にしました。
 

閉じる コメント(16)

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これは素敵な建物です。一部破壊されたということは後に補修されてこのような姿に変わったのでしょうかね。現存するならぜひこの目でみてみたいです。内部もまた素敵です。美術館のような感じですね。

2006/12/4(月) 午後 11:55 [ izu*i*791 ] 返信する

izumiさん、この城は古い部分と新しい部分とがあります。画像に写っている部分は古い部分です。新しい部分は現在、美術館になっています。コレクションもすばらしい物がたくさんあります。新しい部分を写す時は庭園のほうに回ると良いのですが、今回は時間がありませんでした。近いうちに個人的に行って来たいと思っています。

2006/12/5(火) 午前 2:50 Miyoko 返信する

お城ーっ!いやホントにこういうお城って子どもの頃から憧れてました! こんな建物がたくさんある街・・・あー夢みたい^^こんなものばっかり見ていたら目が肥えるでしょうねー!

2006/12/5(火) 午後 4:22 hirococo 返信する

素晴らしいお城ですね。写真を見ているだけで、感動してしまいます。ヨーロッパに長期滞在できたら、今まで見たこともないような美しい所がたくさん見られるんでしょうね。まだまだ先でしょうけど、いつかフランスはもちろん、ゆっくりヨーロッパに滞在したいなぁ。って、そういえばイギリスに留学していたんだ。でも、余裕がなくて、観光までは手が回りませんでした。

2006/12/5(火) 午後 11:27 [ ten*yo*u3*dai ] 返信する

hirococoさん、シャンティイのお城はやはり豪華ですね。画像は小宮殿の方です。今回、図書室を見せていただけなかったのですが、以前、行った時は見せてくれたのです。大きな図書室で古い本が沢山ありました。チョットパリの郊外ですが、フランスに来た時にでもヴェルサイユもいいですが、このお城も行ってみてください。

2006/12/6(水) 午前 2:51 Miyoko 返信する

tensyokuさん、イギリスもエジンバラは凄く綺麗な所だったって、皆が言いますよ。ロンドンは行ったことがあるのですが余り好きな、街ではありませんでした。何時の日か、フランス長期滞在のときは、見たかったもの全てを見てくださいね。その時は充分に時間を取ってくださいね。美しいところが沢山ありますので。

2006/12/6(水) 午前 2:56 Miyoko 返信する

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こんな城からルイ16世やマリーアントネットの時代、フランス革命、ブルボン王朝の末路・・。 沢山の歴史をもう一度検索してみたい気になります。 ギロチンの露として消えて行った王妃の最後の言葉「あら、ごめんなさい・・ね」 が、何となく心に残る・・。

2006/12/6(水) 午前 10:51 hit*r*ikujp 返信する

懐かしい〜私も7年前にここに来ましたよ。所蔵されている美術品も素晴らしいし、図書室も立派なものでした。7月に行ったのでお庭を散歩するのが気持ちよかったです。

2006/12/6(水) 午後 0:43 [ - ] 返信する

hitoriikujpさん、フランスの歴史は開いて見るとけっこう面白いですね。ここの記事の中に出てくる「アンギアン公」の事です。悲劇的な死と書いていますが実はヴェンセンヌ城で銃殺刑です。ヴァンセンヌ城の記事は以前、書いたのですが「アンギアン公」の事を改めて書こうと思っています。そうするとシャンティイ城と歴史が続きます。 URL: http://blogs.yahoo.co.jp/m_miyoko94/3360403.html

2006/12/7(木) 午前 2:54 Miyoko 返信する

nuagesさん、このお城は綺麗なお城だったでしょう。今回は雨で、そのうえに時間もないので庭園を散歩する事ができませんでした。何年か前に故人で来たときは庭園を散歩しました。少し暑いかもしれないけれど、日も長くてとてもいい季節に行かれたのですね。

2006/12/7(木) 午前 2:59 Miyoko 返信する

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沢山ありすぎて頭の中がゴチャゴチヤになります・・ね。 これならフランスに興味がわいて、物語が作られる要素は十分です。 それを今ではマンガの世界から覗く人が多いのもこの国の今を表しているのかなあ〜なんておもいます。

2006/12/7(木) 午前 10:24 hit*r*ikujp 返信する

hitoriikujpさん、マンガの世界と言いますと「ベルバラ」ですか。私も映画も見たし。宝塚も見ました。あのフランス革命の頃は歴史的にも誰もが興味をもの所だと思っています。最も綺麗なものと、汚いものの入り混じった世界です。フランスの歴史は知らなくてもフランス革命はとギロチンは誰もが知っています。知り合いもこれを読んで興味を持ってフランスの歴史を読んでいるそうです。ナポレオンを読んでいると夜が明けたと書いてありました。

2006/12/8(金) 午前 5:59 Miyoko 返信する

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素晴らしいですね。城の中の内装や家具類も豪華です!ロワールへ行くとこういう城がたくさんあるんでしょうね。行ってみたいです!

2006/12/11(月) 午前 2:52 [ stranger_215 ] 返信する

strangerさん、この時代は貴族がこぞってお城を建てた時代ですすから。ロワールに行くとお城がたくさんありますね。部屋は同じような時代なので何となくワンパターンって気がしませんか。そのお城もそれなりに物語があります。その方が興味があります。

2006/12/11(月) 午前 4:15 Miyoko 返信する

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シャンティイ城は2回訪問する事ができました。1度目は冬の晴れた日、パリから電車で行き、競馬場のそばを通りたどりつきました。美術館を鑑賞した後、庭園や林の中を散策しましたが、木々が前年の大嵐でなぎ倒されていたのを思い出します。2度目は城の内部だけでしたが、ガイドさんの解説を聞きながら、ラファエロの小さな絵画などを鑑賞したものです。

2007/1/30(火) 午後 10:47 [ jetmk ] 返信する

jetmkさん、私も最初に訪問した時は冬の寒い時でお客さんもまばらで、そのためガイドの人たちが時間を持て余していました。以後、何回かこのお城に行きました。今回はバスです。時間はけっこうあったのですが、ここだけに時間をかけすぎて、次に行く事になっている修道院は真っ暗の中での見学でした。ラファエロの小さな絵は「三美身」ではありませんか。このお城の絵画のコレクションもいいものが多いですね。

2007/1/31(水) 午前 4:45 Miyoko 返信する

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