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Yahoo!JAPANトップ「みんなのアンテナ」に掲載されたのがきっかけで、日々多くの方々にお越しいただいているので建築探訪記事を書かないわけにはいかないでしょう(苦笑) ここしばらくは激務な日々を送っているので更新がままなりませんが、長い目でお付き合いください^^; 今回は、先日書店で手にした CASA BRUTUS「ニッポンのモダニズム建築100 」の表紙も飾っていた建築「東京カテドラル聖マリア大聖堂」を訪れた際の写真から探訪記事をまとめます。 (内部は撮影禁止でしたので写真は外観のみ) 設計は丹下健三氏。 「東京カテドラル聖マリア大聖堂」は氏の代表作の一つと呼べますが、この他にも代表作と呼べる建築は多数あり、正直なところどれが一番の代表作かと言われても中々決めかねます。 一般の方にも比較的認知度が高く馴染みのある建築として上げても「東京都庁」「代々木体育館」「広島平和記念資料館」「フジテレビ本社ビル」などなど。。 「東京カテドラル聖マリア大聖堂」の建築的特徴は、なんといってもそのフォルム。 構造はHPシェル(双曲放物面)構造で、それは例えて言うならば貝殻や卵の殻のような構造形態。同様のシェル構造にはオーストラリアの「シドニー・オペラハウス」がその一つです。 このHPシェル合計8枚が曲面を成しながら互いに空に向かってもたれ合うように美しい曲線美を描き、上空から(googleマップ)は大聖堂が一つの十字架形を形づくっています。 東京カテドラル全景 大聖堂の左に見えるのは鐘塔。 訪れた日はちょうどバザーの日で多くの方でにぎわっていました。 初めて東京カテドラル聖マリア大聖堂を目の前にした印象としては、想像していたより建物ボリュームが小ぶりに感じました。 来るまではもっと大きいようなイメージを持っていました。 しかしそれが聖堂内に入ってみると印象が一変。 HPシェルで形づくられた内部空間はかなり大きく、天に向かって深く伸びる内部空間には強い精神性を感じました。 内部は撮影禁止でしたので、内部の静寂感やあの包み込まれるような安堵感が伝えられないのが残念でなりません(苦笑) 少しでもその雰囲気を・・ということで、東京カテドラルの公式webサイト上で写真とクイックタイムVRを使った360°のパノラマ映像を見る事ができますので紹介しておきます。 大聖堂の外装はステンレススチールで覆われており、天気のいい日には太陽を浴びてまばゆいばかりの輝きを放ちます。 現在は大変奇麗な状態となっていますが、大聖堂は2007年1月〜9月にかけて一度大改修工事が行われています。 改修内容は外壁はがれや痛み、トップライトの改修が主でした。 教会から発表されている改修の理由を抜粋すると、 「この建物の斬新なデザインと建築当時の技術とのギャップのため、初期の段階から雨漏りと、ステンレス外装への浸水問題がありました。(中略)ステンレス板の組み方の関係で、雨水が侵入することは避けられず、年月の経過によってステンレスを支えている下地の鉄骨や鉄のボルトが錆び、台風の時にステンレスの一部がはがれるという事態が近年目立ってきました。(以下続く)」 (詳細は公式webからご覧いただけます) 多くの献金のもと本体工事だけで8億円もの資金を投じた大改修が終わったからこそ、今のこの美しい姿があるのです。 8枚の鉄筋コンクリートのシェルで形づくられた大聖堂の十字架の端部4面は、シェル同士が合わさったスリットを使いアルミサッシによる窓と扉があしらわれています。 採光用の窓はシェルのスリットに沿って垂直に伸び、そのまま水平に連続しトップライトとなっています。 聖堂内部から上部を見上げるとスリットからゆるやかに注ぐ光が十字の形を成して、天空に光の十字架を描きます。 (そのトップライトが雨漏りの原因でもあったのですが(汗)) 外壁のディテール 【写真左上下:HPシェル部のステンレス外装と床の取り合い】 大聖堂の外装のほぼ全てを占める曲面シェルは角波状に組まれたステンレス板で覆われています。 遠目には分かりませんが、ステンレス板の表面はエンボス加工がされています。 角波状のパターンもこの巨大な曲面の面積とバランスを保つようにかなり大きく深い陰影のパターンになっています。 近くでは大きく見える角波の陰影も、建築のスケール全体としてみるとうまくバランスが取れています。 【写真右上下:大聖堂入口のボーダー部の外装と床の取り合い】 大聖堂の十字架端部の4面のボーダー部分に限りエンボス加工のないステンレス板が使われています。 ここ東京カテドラルを訪れた時間がちょうどミサの時間でしたので、内部の見学も兼ねて参加させていただきました。 とは言うものの、私はキリスト教ではないのでミサの作法など知るすべも無かったので後ろの方でひっそりと建築空間の空気を堪能していましたが・・・^^; 東京カテドラルを建築を目的として訪れる方も是非ミサの時間と合せて見学する事をおすすめします。 教会建築が教会建築として機能している時に身を置いてこそ、100%の東京カテドラルを感じられると思います。 その他の画像
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建築探訪
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ニュースサイトを見ていると、京都の東本願寺 御影堂の屋根修理が完了し、ふき納め式が執り行われた事が報じられていました。 御影堂は今から約360年前の寛永13年(1636年)に建立され、その後幾度かの大修復を経ていますが、中でも屋根の修復は約110年ぶりだそうです。 これで約17万枚という途方もない数の吹き替えが完了したことなります。 (撮影:上田潤) ・京都・東本願寺御影堂の屋根修理、17万枚ふき納め式(asahi.com) ・本願寺御影堂平成大修復/屋根瓦の葺き上げ完了!屋根工事終了式を挙行(本願寺web site) 東本願寺の御影堂と言えば、平成10年から始まった「平成大修復」が続いており、ここ何年かは近くを通っても御影堂全体が大きな仮設建屋に覆われてその姿を見る事が出来な状態が続いていました。 このニュースを聞いた私は、ふと自分が1年前京都出張中、電車時間の待ち時間に東本願寺に行ったときの事を思い出しました。 私が行った時も御影堂の中を見る事はできませんでしたが、敷地内で今回葺き終わった屋根の修復と瓦について修復前後のモックアップや瓦の現物展示がされていました。 丁度その時に撮った写真がiPhotoの中にあったのを思い出したので記事としてアップします。 平成大修復については、この記事の末尾の参考リンクの東本願寺のweb siteから、修復日記やライブカメラ等も交え見る事が出来ます。 また、記事末尾のYahoo!フォトリンク先ではこの記事に掲載した写真でもう少しサイズの大きい画像をアップしていますので、写真中の文字も読めると思います。 【写真右上:御影堂外観パネル】 本来ならばこのような雄大な御影堂が見えたはず・・・ 【写真下段:御影堂外観パネル】 屋根部分についての修復工事の様子が説明パネルとして分かりやすくまとめてあります。 事前調査の結果、建立から360年の年月が経つ御影堂の小屋組部分では雨水による腐朽、屋根荷重による小屋梁のたわみ、部材の亀裂などが確認されました。 また屋根瓦の損傷も激しく、割れや欠け、長い年月による凍害、瓦組織の柔らかい部分では虫喰いなども見られます。 屋根全体の約70%弱の範囲が損傷していたそうです。 御影堂の前には、実際に御影堂の屋根から引き上げられてきた瓦が展示されていました。 損傷の様子が分かりやすいよう、特に酷そうなのものが展示され(汗)見ていて痛々しいです。 元来、屋根材の中で瓦というものは特に耐久性の高い材料なのですが、流石に100年以上も風雨や日光、凍結融解にさらされていたわけですから損傷が激しいです。 とはいえ、その経過年月からすれば私には十分頑張ってくれた勇士達に見えます。 【写真左上:瓦の展示)】 御影堂から回収された瓦が、瓦の種類や損傷の種別毎に展示されています。 【写真右上:瓦製作説明パネル】 「御影堂の新瓦ができるまで」として、原料となる土の調達から焼きまでと分かりやすく説明されています。 【写真中左:瓦】 この中で右下に小さく可愛い平瓦が見えますが、これが一般の住宅用の平瓦です。(ちっさ!いや、他が大きいのです(汗)) これで御影堂の屋根に葺かれている瓦がいかに大きいかがよくわかると思います。 目の前で実際に御影堂の瓦を見ると相当大きいです。 【写真中右:白華現象】 虫が食べたように瓦の表面がはがれ落ちています。 これは酸性雨の影響でこのように破損したのだと推察されています。 【写真左下:凍害】 瓦がはがれたように欠け落ちています。 これは凍害によるもので、瓦の内部に水分が浸透し、冬に瓦内部で水分が凍結し氷になることで膨張し(体積が増える)中から瓦が爆裂するように破損したものです。 【写真右下:凍害(拡大)】 吸水性の高い材料の場合、水分の凍結融解による凍害被害は見る事ができますが、瓦でここまでひどいものはそうはお目にかかれません。 御影堂の損傷は屋根の小屋組にも及んでおり、屋根の重量によって小屋組が大きくたわみ、損傷していました。 今回の大修復では、小屋組の補修と同時に屋根自体の軽量化もおこなわれています。 屋根を軽くする事で、屋根から下の部材に掛かる負担を減らすと同時に地震時に受ける力も小さくすることができるので耐震的にも有効な手だてです。 【写真左上:御影堂屋根瓦葺模型(原寸大)】 この写真では見えませんが、模型の中央から左右で御影堂の屋根の修復前・修復後の構造が再現されています。 【写真右上:唐草瓦(本願寺印)】 ”本願寺オリジナル”とでも言いましょうか、軒先部分につく唐草瓦です。 全ての唐草に本願寺の名が入っています。 この唐草、東本願寺周辺を歩いて他の瓦を注意深く見てみると全てに名入りがされています。発見とともにあっぱれ、贅沢(笑) 【写真中段:土葺工法(今までの葺き方)】 御影堂に限らず、昔の瓦は全てこの方法で葺かれています。 瓦の下に土を敷いて、その上に瓦を敷き並べ固定しています。瓦+土ですから当然屋根の重量は重くなります。 【写真下段:空葺工法(新たに採用された葺き方)】 瓦の下の土を無くし、瓦を直接屋根下地に固定する方法です。 こうすることで大幅に屋根荷重を減らす事ができました。 まぁ人間で言うところの内蔵脂肪の吸引ですな。メタボ治療(笑) 長く続いた修復工事も来年の平成21年3月で完了の予定です。 来年の春には晴れ晴れとした姿を私たちに見せてくれるでしょう。 その頃には改めて私も見に行きたいです。楽しい京都旅行も兼ねて・・・ その他の画像
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1月に行った建築探訪旅行(「国内建築探訪+α旅行報告|ダイジェスト版」参照)で最初に訪れた場所。 建築関係者、もしくは建築に興味のある方ならば知らない人はいないと言っても過言ではない、あまりにも有名な建築「住吉の長屋」です。 安藤忠雄氏が今から30年以上前に設計した氏の初期の代表作。 日本建築学会の1979年第31回作品賞を受賞しています。 正直、住吉の長屋についてはあまりにも語り尽くされ、私自身ここで書く事はありません(苦笑) この建築は氏の原点でもあり、住宅建築として最も賞賛を浴びたと同時に、最も非難を浴びた建築でもあります。 【写真左上:ファサード】 間口2間の敷地一杯に建ち、一切の装飾を排除した極めてプリミティブな表情。 悪化する都市の住宅環境から高い自立的環境を作りたかったと話す氏の意図が、このコンクリートの壁で覆われた長屋のファサードからもよくわかる。 【写真右上:玄関入口】 通りに面し立ちふさがる打ち放しコンクリートの奥に長屋が広がる。 どこか外界との接触を拒絶するかのような感覚すら覚えます。 【写真左下:玄関ポーチ】 グレーのコンクリートにグランドラインを与えるポーチの黒系タイル。玄昌石でしょうか? このW800の入口を通った玄関の先にはすぐリビングがあるといいます。 【写真右下:メーター類】 無味閑散としたファサードから唯一見えるのがメーター類。 正面左手脇の壁にそれはあります。 まあ、流石にこれだけは手が届かないと色んな方が困ります(笑) 個人邸宅の為中を伺う事は出来ず、この地を訪れたとしても周辺から建物を見る事しか出来ません。 図面等は多くの書籍にも掲載されていますし、ネット上では、ここ(略図面)やこの辺(詳細)で長屋の姿を垣間見る事が出来ます。 間口2間×奥行7間のこのプランを読めば、住吉の長屋がいかに異端であったかがよく判ります。 建物を3分割し中央に中庭を配置することで、伝統的長屋(ここでは”住吉の長屋”と区別する為にこう呼ぶことにする)で見られる中庭、通り庭としての機能を持たせる。 また、この中庭が物議を醸したわけですが、全ての室は中庭を通じて連続している。つまり、雨の日は傘を差して、また寒い冬場は寒さに耐えて室から室へと移動しなくてはならないのです。 これを個人住宅でやってのけた安藤氏は・・・若気の至り?(苦笑) 伝統的長屋が持つ中庭の意味は、その制限された容積の中でやもすれば暗く、狭く、そして不衛生な住環境となる事を解消し、通風や採光、そして衛生を確保する事に存在の意義がある。 コンクリートの壁で囲まれ、意図的に外界と決別した中で時間や季節の変化を外にいる以上に感じることができる。この不便さを歓迎するかのような計画が”悪化した住環境から解放されたい。自律したい。”ということに対しての安藤氏からの答えなのかもしれない。 (「より悪化するじゃん」という突っ込みはここでは御法度です(汗)) 住吉の長屋周辺 【写真左:通りから長屋を見る】 場所は詳しくは書けませんが、大通りから何本か入った込み入った路地の通りに住吉の長屋はあります。 最初に長屋を見つけた時の印象は「実にひっそりと佇んでる」「(建物)ボリュームは小さい」でした。 両サイドの建物は建築当時から大きく変わってしまいましたが長屋は30年以上経つ今も何も変わっていない。 住吉の長屋だけが時間が止まっているよう。 建物正面については定期的なメンテナンスがなされているようで、コンクリートの表情も非常につややかで奇麗な状態が維持されていました。 【写真右:裏手から長屋を見る】 裏に回って唯一見える長屋の後ろ姿。 分かる人にしか分かりませんが、公開されている図面ではこの長屋は完全な矩形のはずなのですが、実際には建物奥のボイラー室の部分とその2階部分が削られています。 個人住宅とはいえ、流石に有名な建築だけあって住所非公開の中私の他にも見学者が・・・しかも外国の方。 ここ住吉の長屋は住所が非公開なので事前に得られる範囲で下調べをしてから行きました。 結局はピンポイントで場所を特定する事は出来なかったので大凡の場所を特定して現地入り。名建築の匂いを感じ取ったか(笑)割りとすんなり見つける事ができました。 予定では多少迷うことも想定し、この後のスケジュールに少し余裕を持たせていたのですがそれも取り越し苦労。 そのかわり、余った時間を利用して近くの住吉大社も合せて探訪してきました(笑) その他の画像
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ブランドビルの代謝が日本一と言ってもいい銀座に、11月にオープンした「アルマーニ/銀座タワー」。 晴海通り沿い、そして地下鉄東京メトロ日比谷線 銀座駅から地下で直結するという好立地。 数軒隣にはメゾン・エルメス、隣にはディオール銀座と建築的にも名高いブランドビルが立ち並ぶ中での出店となる。 ■ アルマーニ/銀座タワー(銀座・不二越ビル)■設計・施工:鹿島建設株式会社 ファサード・内装デザイン:Giorgio Armani、Doriana & Massimiliano Fuksas ■構造:地上CFT造、地下SRC造・一部S造 ■竣工:2008年9月(開業:同年11月) ■所在地:東京都中央区銀座5丁目5-4 まず目を引くのが「竹」のファサード。 アルマーニがドリアーナ&マッシミリアーノ・フクサスに竹をモチーフに設計を依頼したところからこのビルが生まれた。 「繊細でしかも耐久性のある性質を持つ竹は、この国を表現する素材としてまさにぴったりです」 (アルマーニ談) 六本木の東京ミッドタウンもマスターアーキテクトを手掛けたSOMがコンセプトを「和」として随所に竹が用いていたが、このアルマーニ/銀座タワーといい、外国がイメージする日本の伝統素材は「竹」が代表的なものなのだろうか・・・ 全体は黒と金が基調となり、マットな黒の上に地上から金の竹が伸びたような姿となっている。 外装の竹の葉にはLEDが組み込まれ、光の色や強さをコントロールできるようになっている。 ここアルマーニに限った事ではないが、銀座という街全体は建築の見せ方としては夜がふさわしいと思う。 |
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時遊館で少し遅いモーニングを食べた後、豊田市内の建築探訪でまず最初に向った先がここ。 立地的に郊外の田園地帯にある事、そして何よりも目に付く特徴的な外観も相まって、遠目からもかなりの存在感を放っています。 私の第一印象を隠さず申し上げると・・ずばり「タラバガニ」です(笑) 近くで見るとスタジアムとしてのスケールの大きさに圧巻されますが、少し車で移動し離れ、特に曲線的な建物ラインとツノ状に突き出た4本のマストがしっかり見える位置からスタジアムを望むと、それはまさに巨大ズワイ(汗)←言い過ぎデス 豊田スタジアムは市制50周年記念事業の一部として建築され、会場からもアプローチできる豊田大橋などを含め一貫して黒川さんが設計している。 余談だが、想像するだけでも膨大な事業費を掛けて開発された豊田スタジアム及びその周辺。 大きな後押しとなったのが2002ワールドカップ。豊田スタジアムはWカップの愛知会場候補という側面があった訳が、日韓共同開催となった経緯から国内の開催会場が限定された結果、豊田スタジアムは残念ながら落選してしまったのだ。 この点についてはいくら日本有数の経済安定地域の豊田市と言えども経済収支面では大きな損失であっただろう。 一見するとRC造のようにも見えるが、上部構造は鉄骨造。 躯体を鉄骨造とすることで軽量化を図り、その外皮を工場生産によるプレキャストコンクリートで仕上げている。 外皮はプレキャストコンクリート独特のコンクリートながらも滑らかな質感が印象として残る。 【写真左上:スタジアム正面入口】 目の前に立つと建物どうのこうのよりも、まずはデカイ(笑) 高さが38m(屋根最高部57m)もあるボリュームを目の前にすると自分のスケール感が一瞬狂います。 カメラを構えてもこの立ち位置でギリギリフレームイン。広角24mmでよかったと思える瞬間です。 【写真右上:スタジアムの屋根とマスト】 いくら軽い鉄骨造とはいえ、この大きなスタジアムの屋根を無柱で作るには少し工夫が必要です。 スタジアムの屋根は鉄骨トラスで組まれておりかつ、さらにそれをスタジアム四隅に建てられたマスト(支柱)とそれを繋ぐケーブルよって吊り上げれている。 屋外スタジアムであればこの程度で十分だが、このスタジアムは全天候型で可動式の屋根が載る。その屋根も同時に支えるだけのポテンシャルが求められるために構造的に更にもう一工夫。 パリのポンピドゥーセンターなども大スパンを支える為に同様の構造システムを採用しているが、この豊田スタジアムでも吊り上げた鉄骨トラスの端部をそのまま建物外部にまで伸ばし、引張材となるケーブルでトラスと地面(基礎)とを繋ぎ反力を得ることで構造を成立させている。 (中々文章では表現し難いので参考となるディテールとしてこの写真を参照) 私的に建築としての豊田スタジアムの一番の見所は、この力強い構造デザインをまとめた構造設計者と、それを意匠的にうまく処理した黒川さんのバランス感覚だと思っている。 【写真左下、右下:スタジアム内部と屋根】 この日は特別な公式戦も無く静かな場内であったが、スタジアムのフィールドではどこかのサッカーOB戦が行われていた。 屋根はエアーマットによる折りたたみ式の開閉屋根となっており、雨天など必要な際には軽量で丈夫な屋根を掛け、晴天時の試合や天然芝管理面での日照確保の際には折りたたんで収納することで省スペース化にも寄与している。 スタジアムを包むトラス群 【写真左:スタジアム外部から臨む】 スタジアム外周部はこのような巨大な立体トラスが建物を包む。 中々スケール感が伝わりませんがトラス一本当たりが相当太く、見た目にもかなりの安心感があります。 【写真右上下:トラスの端部ディテール】 少しメカニカルにまとめられた端部ディテール。 素っ気なくまとめることは幾らでもできますが、ここの他にも随所で見られるメカニカルさに黒川さんの存在を感じます。 地面に接続されたトラスは、子供達の格好の遊具となるでしょう。 その他、場内で気になったものなど 【写真左上:外皮のプレキャストコンクリート】 安藤さんなどに代表される規律のある力強いコンクリートもいいですが、こうしたプレキャストコンクリートの均一でプレーンな質感も悪くはありません。 【写真右上:スタジアム模型】 ショーケース腰だったので写り込みがあって見にくいですがスタジアムの全景が模型で確認できます。 模型で改めてスタジアムを俯瞰すると、隣接する矢作川、スタジム外周、スタジアムのフィールドとかなり起伏に跳んでいることが分ります。 【写真左下、右下:場内案内カウンター】 スタジアム入口を入った正面に位置します。 受付カウンターの処理の仕方、屋内なので庇の機能的には絶対不要なのに付いている庇(笑)のディテール。どこから見ても黒川さんです^^; スタジアムからは川沿いに歩くと一貫事業として建設された豊田大橋に続きます。 それはまた次回に・・・ 参考リンク■豊田スタジアム■黒川紀章(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』) ■豊田市スタジアム(黒川紀章建築都市設計事務所) ■膜構造によるサッカースタジアム 豊田スタジアム(太陽工業) ■JSCA賞第13回作品賞((社)日本建築構造技術者協会) その他の画像
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