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2010年1月2日
新年早々ナンですが、日本最大の任侠組織で年賀状の文面に「謹賀新年」という言葉を使ってはならぬ、とのお達しが出たという記事を読みました(サンケイ/2009/12/31)。
「明けましておめでとう」も駄目らしい。「おめでとう」がひっかかる。
理由はその組織の大親分様が自由のきかない「官営ホテル」に今宿泊されているからということです。
これにはいたく想像力を刺激されてしまいましたねー。
定型化、類型化し過ぎた年賀状の表現に変化をもたらす試みが、あの伝統と格式を重んじる世界から出て来るとは。
仮の話、そのお達しが自分にも課せられたらどういう文面にしたらいいのだろう。
「本年もよろしく」だけでは締まらないでしょう。
英語にする手もあるけど「A Happy〜」の言葉がお達しにひっかかる。
大親分様が「官営ホテル」に居なさるのにハッピーとはワレ何考えとんじゃい。
「押忍!(おす)」、はいつも使っていて新たまった感じが出ないから書くなら「新年、押忍」か。
「夢」、「飛躍」、「希望」なんかだと厳格な序列を乱して自分が上の地位を狙ってるみたいですよね。
賀状をもらった格上の若頭あたりが疑心暗鬼になりませんか。
「あの野郎世話してやったのにおれの地位を奪う夢を抱いているのか」と。
「飛躍」を墨書して他のグループの親分に出したら「うちのシマを荒らす野望をもってるな。おいエリア担当、商圏の見回りを強化しろ、それからマーケティング担当のお前、お客さんの面倒見をこまめにな、みかじめ料は当分15%引きにしとけ」。
あの世界で不信感を持たれたらコンクリートと東京湾がセットで付いてくる一大事でしょう。
うーん困ったな。
でも今年は年賀状パス!なんてしたら「あいつ、賀状一つも寄越さねー、いつからそんな偉くなったんだ。調べてこい」と子分2人を新幹線で寄越しそうだし。
あれこれ頭をひねって「魂」とか「永遠」、「忠義」、「誠」あたりに落ち着くのか。
それとも「先般はドンペリ・ピンク70本と金のエンブレムのベンツそれにロレックス・デイデイト3本をありがとう。お気使いなさらないで」だけで済ますか。いやー、やはり「謹賀新年」がないと起承転結を欠くなー。
その世界の方々のご苦労、推察いたします。
ここで僕が言いたいのは、ご同情申し上げることではありません。
一般でも新年の挨拶が定型化してしまって文面を工夫することが少なくなっているのでは?ということなんです。
教育の現場でもコピペ(コピー&ペースト)がはやっていますね。
自分で考える力、いわゆる自頭力が育たないということで、教官がそれを見破るソフトまで開発されました。
定型の言葉も一種のコピペだから脳みそに汗をかくことが少ない。
もし、日本で年賀状に「謹賀新年」、「明けましておめでとう」を使ってはいけないことになったら、みんな随分知恵を絞るんじゃないですか。
そして個性あふれる年賀状が全国を飛び交うことでしょう。
「謹賀新年」禁止令。国語教育の観点から前向きに考えさせられる記事でした。
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