本日は晴天なり

「はあ………」天井にある木目を見つめながら、ため息をついた。木目を見続けていると、人の顔に見えてくる。あっちの顔も、こっちの顔も、まるで、今のこの俺の状況を嘲笑っているかのような顔だ。
「…クソっ!!」
分かっているんだ。パチンコなんかやらなきゃいいことも、つぎ込んじゃいけないことも、こんなことに、金や時間を費やしている場合じゃないことも。とっくに、分かっている。それなのに、抜け出せない自分への不甲斐なさのせいなのか、地元のために何かしたい気持ちがありながら、どうにもできないでいることへのもどかしさのせいなのか、俺は、今、無性にイライラしている。たぶん、一番の原因は、パチンコに熱くなってしまったがために、急激に寂しくなってしまった財布の中身だろうけれど。

今日はものすごい晴天で、窓からは雲ひとつ見えない。空までも、「こんなところで何やってんだよ」と説教してくるみたいで、思わず窓から目を逸らし、大の字に寝転がっていた体勢から、本格的に寝てやろうと、体を横に倒した。足もとでぐしゃぐしゃになっている毛布を、足でもぞもぞさせながら体の方へ持って来る。

目を閉じ、ああだこうだと考えつつも、少しずつうとうとし始め、ああ、そろそろ寝そうだ、と気持ちよくなっていたとき、下から怒鳴り声が聞こえてきた。

「こぉら、圭介!!!てめえ、少しは手伝え!居候じゃねえんだぞ!!!」
親父の声だ。畜生、もう少しで夢の世界で楽しいひと時を過ごせるはずだったのに。…そうだ、無視しよう。もう一度、目を瞑り、できるだけ何も考えないようにして、眠ることへ全神経を集中させていた。のもつかの間。

ダン!

ダン!!

ダン!!!

親父が階段を上がってくる音が聞こえる。やっぱり来たか。来ないかもしれないなんて淡い期待も、シャボン玉のように儚く消えてしまった。どでかい足音が部屋の前までやってきたのだ。

ばたんっ!!!部屋のドアが勢いよく開けられる。
「圭介ぇっ!!!」ドアを開けた音よりデカイ怒鳴り声をあげる親父。寝たふりをし続けようと一瞬考えたけれど、しぶしぶ体をあげることにした。
「うるせえよ!聞こえてるっつの!」
「だったら返事しろ、このガキ!!おめえ、何こんな時間に寝てんだこら!」
「マジうるせえ!俺の勝手だろうが。家に金出してんだから文句ねえだろ!」
「はあ!?金だしゃなんでも好きにするってか!ふざけんなよ?家にいさせてやるんだから、手伝いくらいしろ!」
「俺いなくても親父やれっぺ!俺疲れてんの!ほっとけよ!」
「パチンコしかしてねえくせに、寝言寝て語れ!」
「…くっそ!自分の金だ、好きに使ったっていいべや!他にやりたいことも、行きたいこともねえんだから、しょうがねえべ!」

そこで、親父の口撃が止まった。

「じゃあ、なにか。おめえのやりたいことっつうのは、パチンコなのか」
「…そうだよ。他にねえんだっつの」

沈黙が流れた。時間にして、5秒もなかったと思うが、今の俺には、長く長く、この沈黙が永遠に続くようにさえ感じた。

「…んだば、勝手にしろ」

ドアを閉めずに、部屋を出ていく親父。怒りを纏っているような、悲しみを纏っているような、虚しさを纏っているような、なんとも言えない背中だった。

「ドアくらい閉めてけっつの」ズキズキする胸の痛みをごまかすように、独り言をつぶやいて、のっそり腰をあげる。

ドアを閉め、やり場のない気持ちをうまく処理することもできず、ただ立ち尽くす。西日が射してきて、布団の辺りを照らしている。部屋を見渡すようなカタチで、ぼうっとしていると、こたつの上に置いてあった、携帯の着信音が鳴った。

春だからね

今日もまた、パソコンとにらめっこしながら、電話対応に追われていた。市民と職員と半々くらいの割合でかかってくる電話。市民からの電話は、復興計画についての要望や、計画の内容について深く知りたいという人からの電話がほとんどだ。しかし、ごく稀に、大ダメージを与えてくる電話がかかってくる。特に、春は。

さっきとってしまった話がまさに、そんな電話だった。

お前らは、税金泥棒だ。
お前たちなんて死んでしまえ。
お前の名前はなんて言うんだ、今からそっちへ行ってぶっとばしてやる。

春になると増える彼らからの電話。こっちが話そうとしても全く聞いてくれない。一方的に話して、返事をしないと怒鳴ってくる。電話を切ると、余計ヒートアップしてしまうから、彼らの気が収まるまで、話を聞かなければならない。

彼らの話す内容は、めちゃくちゃだが、完全に否定できない部分もある。職員のほとんどは、真面目に働いているが、一部、そうでない人もいる。なんでこんなやつが、職員として税金から給料をもらっているのだろうと思うこともよくある。それに、自分自身、給料に見合った仕事をしているかと言われれば、胸を張って「はい」とは言えない。

彼らの中には、話を聴いているうちに気持ちが落ち着くのか、「あんたも大変だろうが頑張れよ」なんて言ってくれる人もいるが、だいたいの人が、捨て台詞を吐いて電話を切る。長時間対応して、結局それだと、すごく後味が悪いし、テンションが一気に急降下してしまう。さっきの電話も、もちろん後者だった。

「はあ……」

嫌な気分のまま、パソコンに向かう。が、いつまでも引きずるわけにはいかない、というか、この時期は引きずっている余裕がない。年度末の処理の他に、そろそろ人事異動の内示がでる頃だから、異動になっても良い様に、ある程度の準備もしておかなければならない。なんとなく、みんながぱたぱたしている。

昼休み。穂が作ってくれた弁当を一気に食べ終え、一服をしに行く。外の隠れた喫煙所で一服しながら、携帯をチェックすると、佐藤からの着信があった。

珍しいな、なんだろう?と、電話をかけてみると、佐藤は、すぐ電話に出た。

「おう!忙しいとこ悪い!」
「いや、大丈夫。佐藤から電話なんて珍しいな。なんかあった?」
「そうなんだよ!あのさ、圭介って、今漁師の仕事休みだよな?いつまでだっけ?」
「ああ、こないだ会った時に休みだって言ってたな。たしか、4月いっぱい休みだったはずだけど」
「そうか!バッチリだ!」
「何が?」
「実は、俺のいる学校で、用務員さんが急に辞めちまって、後任が5月からでないと来れないんだとさ。それで、4月まで働いてくれる人を探してて、圭介いいかも!って思ったわけ」
「なるほどね。あいつパチンコしかしてないから、丁度いいかもな。てか、そんなこと直接圭介に聞けばいいんじゃね?」
「そうしたかったんだけど、あいつから番号変更メール来てたの、俺、消しちゃったみたいで、連絡先分かんなくてさ」
「あらら。んじゃ、圭介の携帯番号、メールすっから、聞いてみれば?」
「頼む!いや〜、助かった!じゃ、電話切るわ!」

……テンション高かったな、佐藤。忙しすぎて、おかしくなってたのかな。なんて考えながらメールを打つ。短時間の電話でも、佐藤の声が聞けて、ほんの少し、元気になれた。

ほとんど連絡はとらないけれど、なんとなく繋がっていた俺たち。その中心は三上で、三上が死んだことで、俺たちの糸みたいなもんは、切れてしまったかもしれないなんて思っていた。

だから、電話が来たことが、少し嬉しかった。まだ、大丈夫かな。まだ、繋がっているかな。そんな気がして。

佐藤にメールを打ち終えて、煙草の火を消して、深呼吸をして、俺はまた、職場に戻った。


風が少しずつ、温かくなっている。もうすぐ、春が来るんだ。


応援歌

自宅に戻ると、穂は食器洗いをしていた。
「おかえり〜」
「ただいま。はあ〜〜〜〜〜、疲れた」
「お疲れ。ご飯先に食べる?」
「いや、とりあえず風呂入ってくる」

ゆっくり湯船に浸かる気にならず、シャワーで済ますことにした。熱めのシャワーで、体を温める。目を瞑り、顔めがけてシャワーを勢いよく当てる。

髪と顔を洗った後、体を洗う。学生の頃は、一応運動もしていたから、それなりに引き締まっていた体も、いつの間にか、脇腹あたりに贅肉がついてしまった。食べる量は、学生の頃よりも減ったが、卒業を期に、運動をしなくなってしまったのがやはりまずかったのだろう。意識しなくても体型を維持できたあの頃と比べ、今では、意識しないと体型は崩れ続けていくばかりだ。

29歳って言ったら、高校生の頃の俺にしたら完璧におっさんだ。へこへこして、夏にはスーツ汗でびしょびしょで、疲れ切った顔をしているおっさん達を、「かっこわりい」と思っていた。

俺もそう思われてるな。こんなになっちまったもんな。そう思いながら、脇腹についた贅肉をつまんだ。

風呂からあがり、髪を乾かして部屋に戻ると、穂がちょうど夕飯をテーブルに置いているところだった。

「サンキュ。腹減った〜」
「ほんとお疲れ。でも、不味かったらごめんね」
温かいご飯と、味噌汁があればそれでいい。この温度が、俺の心や体を溶かしてくれる気がする。

湯気の立った味噌汁をすすり、NHKのニュースを見る。一票の格差、TPP、原発、領土問題。様々な課題の中を、俺たちは生きている。その課題一つ一つに関心を抱き、自分の意見を持っていなければならないのだろうが、俺は基本、ただなんとなくニュースを見る。俺が、夕飯を食べながら、今やっているニュースについて、「そんなんじゃダメだ!」なんて文句を垂れたところで、本当になんの意味もなさないからだ。

なるようにしかならない。俺は、自分ができることをするしかない。ただ、それだけ。

天気予報が流れ、アナウンサーが簡単に挨拶をして、ニュースは終わった。それじゃあ、バラエティでも観ようかとリモコンをとろうとしたその時、聞き覚えのあるイントロが流れ、俺の手を止めた。

THEイナズマ戦隊の「応援歌」だった。

特徴のあるイントロ、叫ぶような掛け声の中始まる曲。俺は、胸が張り裂けそうになった。

三上が教えてくれた曲。三上が死んでから、聞くことができなかった。高校時代の思い出が溢れ出そうで、頑張っていないことを責められている気がして、今の俺には、あまりに眩しすぎて。

部活帰り、みんなでカラオケに寄ったあの頃。三上は、必ずこの歌を歌った。両手にマイクを握り締め、体を後ろに反りながら、顔を真っ赤にして歌っていた。その姿が面白くて、俺たちは大笑いしながら三上の歌を聴いていた。


オイ!!オマエ!!頑張れや!!
俺がそばで見ててやるから!!
オイ!!オマエ!!頑張れや!!
俺がそばで見ててやるから!!


おいおい、そばで見られても困るって。
俺、全然頑張ってないって。
そんなに熱く歌われたって、申し訳なくて聴いていられないって。

俺は涙が零れないように、目を見開いて斜め上を見た。声を出したら溢れてしまうから、強く強く、奥歯を噛みしめた。

隣に座っていた穂は、ティッシュを取りに黙って席を立った。


オイ!!オマエ!!頑張れや!!
俺がそばで見ててやるから!!
オイ!!オマエ!!頑張れや!!
俺がそばで見ててやるから!!



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彼女の発言の後は挙手する人もなく、説明会はなんとか幕を閉じた。

ぞろぞろと会場を後にする。仮の自宅へ帰っていく。会場で話し込む人もいたため、邪魔にならない程度に片づけを始めた。

だいたいの人が帰った後、市長が席を立った。
「お疲れ様でした」と部課長が頭を下げる。「お疲れさん」と右手をあげ、出口に向かって歩いていく。近くにいた係長も「お疲れ様でした」と片づける手を止めて言っていたが、俺はただ、軽く会釈程度に頭を下げた。お疲れ様なんて言いたくなかった。言わなかったところで、なんの意味もないことは分かっていたけれど。そんな俺のちっぽけなくだらない抵抗なんて、全く気付くこともなく、むしろ俺の存在すら無視するかのように、俺の前を素通りして、市長は会場を出て行った。

しばらくして、話し込んでいた人たちも帰ったので、来場者側の片づけを始めた。会議室を会場にしていたため、あっという間に片づけを終えることができた。

「よし、これでいいな」最後のパイプ椅子を片付けて、補佐が俺と係長に言った。

「なんとか、終わったな〜」
「思ったよりヒートアップしなかったな」
「もう、諦めているんじゃないでしょうか?」
「期待されなくなっちまったら、おしまいだな」
「どうしたもんか……」
部課長が、資料を片手に話をしている。説明会がとりあえず終わったことで、若干リラックスしているものの、内容は、決して明るいものではなかった。

「お、片づけ終わったな。んで、帰るか。お疲れさん」部長の一言で、俺たちも解散した。

資料やら機材を抱えながら、自室へ向かう。どの部署も、明かりが点いて、職員がパソコンとにらめっこしたり、打ち合わせしたりしている。俺たちは、節電のために照明を消している、薄暗い廊下を歩く。

部課長と別れ、係長と二人、部屋へ向かう。
「……市長は、なんのために、市長になったんでしょうか」係長に聞いてみる。
「なんでだろうなあ。市民の幸せのためって言ってっから、そうなんじゃないか?」
「……市民の幸せ、ですか」
「ま、市長の言う市民っつうのが、誰なのかは知らんが」
「……今日来た人たちや、俺たちは入ってるんですかね」
「さあな〜。今度、市長に聞いてみろ?」

部屋に戻ると、平野さんはもう帰っていた。隣の係は、まだ帰る気配もなかったけれど、俺も係長も、どっと疲れてしまったということで、昨日に引き続き、今日も帰ることにした。

「明日から頑張っぺし」
「はい、お疲れ様でした」
庁舎を出ると、そこは暗闇に包まれている。係長とは帰る方向が違うので、係長は十字路を真っすぐに、俺は右に曲がって別れた。

この時間になると、暗くて先が見えないから、いつにも増して、震災前の景色を思いだすのに苦労する。

パソコンで、「被災地」と検索すると、「心霊」のワードがでてくる。俺が今、歩いているこの道だって、霊感の強い人なら普通に見えてしまうのかもしれないが、霊感なんて全くないから、毎日気にもせず帰っている。でももし、そこにいるとしたら、3月10日までは当たり前に生きていた、知り合いかもしれない。「久しぶり!」なんて、声をかけてくれているのかもしれない。それなのに、俺は、素通りしてしまう。「おい、無視すんなよ!」なんて言って、俺の頭をパシっと叩いているかもしれない。でも、俺は気付けない。

見ることができたら。
触れることができたら。
話をすることができたら。

「いや〜、久しぶり」って笑って返事して
両手でがっちり握手して
言っておきたいことがあるなら、誰かに伝えようか?って聞いてみて、
そろそろ天国に行った方がいいよと話してみよう。

そんなことを考えながら、夜道を一人、駐車場へ向かう。

窓から明かりが漏れていて、夕飯の匂いなんかもして、酔っ払いの横を通り過ぎた道。

今は、外灯と自販機の明かりしかない、人も車も通らない道。


毎日毎日、この道を歩く。
そんなことを考えながら。



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それから、挙手した残り二人の発言があったが、どちらも、復興住宅の一日でも早い完成を望むものだった。

今回の説明会の対象地域には、漁師が多く暮らしていた。代々、漁業で生計を立て、その土地で生まれ、その土地で育ってきた。大きな屋敷に住んでいた人もいるだろう。立派な船と、倉庫と、道具と施設を管理し、誇りを持って生活していたことだろう。近所に住む人は、生まれたときからの知り合いで、家族同然の付き合いをし、笑いあい、手を取り合い、あえて「絆」という言葉を使うまでもなく、深く強い絆で結ばれていたことだろう。

それが、3月11日のあの日。受け継いできた土地も、家も、誇りも、生きがいも、絆も、海に奪われてしまった。何もなくなってしまったのだ。それでも、生きる選択をした彼等は、知らない土地で、知らない人たちに囲まれ、窓の小さい四畳半の仮設住宅で、気を遣いながら、日々暮らしているのだ。

何もかも変ってしまった生活。ストレスを感じないはずがない。彼らはまだ、仮設住宅に住んでいる。仮の生活しかできていないのだ。「復興住宅に入れたら、本当の生活が始められる」その思いで、今を生きている。それなのに、この内容。不満でないはずがない。

「――ほかに、ご意見ご質問ございませんか?」補佐が確認する。少しの沈黙。そして、スッと静かに手が挙がった。50代と思われる綺麗な女性だった。

「内容については、だいたい分かりました。でも、どうしても、市長本人の口から、お話を聴きたいのです。市長の言葉で、この計画についての意見をおっしゃっていただけませんか?」
市長が、この説明会で口を開いたのは、最初の挨拶だけだった。あとの説明も、意見に対する回答も、すべて職員が行い、市長は、ただ座っていた。そこへ、彼女の一言。司会をしていた補佐と目配せをし、市長は立ちあがった。

「え〜、当局から説明がありましたように、復興住宅の完成時期については、大変申し訳なく思っております。ただ、職員も、本当に、頑張ってくれています」

……は?頑張ってくれています、だって?思わず市長の顔を見上げた。隣にいた係長は、声を出さず苦笑いしていた。職員は駒でしかないんだろ?意見を聞く気もないくせに。自分の意見に反対するやつは、どんなに優秀でも異動させるくせに。

「――今後も、全力で取り組んで参りますので、住民の皆さんと手を取り合い、よりよい町をつくっていけるよう、ご理解ご協力をよろしくお願いいたします」と言って話を閉じた。

とても素晴らしい回答だ。涙がでそうになる程に。
女性は、また立ちあがり、静かに言った。


「信じています」


胸が、チクリとした。彼女たちが、どれだけ切に願っても、計画が前倒しになることは、まずないだろう。住民参加なんて言ったって、結局、決められた内容に賛成してもらえればそれでいいのだ。反対があったって、余程のアクションを起こさない限り、計画は覆らない。市長の耳には、一部の人の声しか届かない。彼にとって、市民とは、その一部の人のことを言うのだから。


信じてもらっているのに。


憤りや、虚しさや、悲しさが、次々に胸を刺していく。


席に着いた彼女から、マイクを受け取る。
俺は、彼女の目をみることができなかった。



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