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無言のまま2人とも口も交わさずに、馬だけを走らせ、木々を抜け視界が広がると、目の前に
大海原が広がり、海岸線沿いに季節の草花が咲き、続く道なりを進むと休憩ポイントに到着した。
俺が先に降りて、チェギョンをを馬から下ろそうと手を伸ばすと、彼女は少し身構えた。
馬から下りるとすぐに、1人何も言わずにどこかへ行こうとした彼女に
「どこに行く?」
「あっちの方で1人景色を見たいの。」
「そうか…。
でもあんまり遠くへは…。」
「うん、わかってる…。」
そう言うと休憩する参加者の合間を抜けて、人波に消えるように行ってしまった。
『何も言えなかった、あんな顔のままで行かせてしまって
ダメだな、俺は…』
俺が1人彼女への後悔とも言えぬ思いに、佇んでいると
「シン…。」
聞き覚えのあるその声に誰とは聞かずともわかるだけに、何も言わずに背中で気配を感じていた。
「あの…。」
「……。」
一切身じろぎしない俺の様子から、ヒョリンは言葉を慎重に選びながら、静かに話し出した。
「さっき…、彼女と何かあった?」
何かあった事はヒョリンも感じていたが、敢えて聞く彼女に、理不尽にも苛立ちを感じたシンは
『そんな事を聞いて、どうするつもりなんだ…
これ以上チェギョンに誤解をさせるような事はやめてくれ…』
そんな思いも込めてぶっきらぼうに彼女へ言った。
「いや、別に…」
今までのシンからの態度とは違う事に彼女は戸惑う様子で
「そう…。」
と力なく呟くと、独り言のように勝手に話し出した。
「私達どうしてこんな風になってしまったのかな?
以前なら話さなくてもあなたの事がわかったのに、今はあなたが遠くに感じるの…
もし、私が夢を諦めてあなたの傍にいたらなら、きっと違っていたわよね
きっと…。」
ヒョリンの言い分を黙って聞いていると苛立ちを感じつつ、あくまでも冷静にと対応するシンは
「何が言いたい?」
「ただ、あなたのそばにいたいの」
「それは…。」
ヒョリンの思いを改めて知った事で、シンは決着を付けようと言葉を続けようとしたが、
「分かってる、分かってるの…。
そんな事を言っても何にもならない事だと…
でも、失って初めてわかったのよ、あなたがどんなに私の中で大きな存在だったかを…。」
「分かっていて、いまさら何なんだ。
君が僕のプロポーズを断った時点で僕らはただの友人になったはずだ。」
「……。」
シンの一言が今の現実を突き付けるように、ショックを隠しきれないヒョリン。
彼女の様子さえ気にも留めずに、今までのヒョリンとの関係を思い出すシンは
「いや、最初から僕たちには何も無く、ただ気の合う友人関係だけだったのかもしれない…。」
「シン。」
シンの言葉にハッとして、縋るように見つめたヒョリンに、諭すように話しかけるシン。
「それに君には僕よりも夢が大事じゃなかったのか?
君が断ったおかげで、チェギョンが慣れないながらも彼女なりに皇太子妃として努力している。
今になって君が後悔したところで、何も変わらないんだ。」
「そんな風に言わないで、シン。
私はあなたのそばにいられるなら、プリマの夢だって捨ててもいい。
あなたの正妃でなくてもいいから、お願い…シン。」
ヒョリンの切実な思いを聞いても、シンのチェギョンへの思いは変わることなく、逆に
チェギョンを守ることしか考えられないシンは
「今後、また君が今と同じように諦めきれないと言うなら、もう友達にもなれないな…。」
「そんなに好き?彼女の事。」
ヒョリンの言葉にどう返事していいのか、困惑するシンは何も言えず
「……。」
「チェギョンとは政略結婚でなんとも思ってないんでしょ?
どうなの?」
ヒョリンはシンの様子を見て、彼女の信じがたい思いが更にシンへ追及する様に問いかけた。
「それを聞いたところで君には関係のない事だ。
そもそも、僕とチェギョンは全国民が認める正式な夫婦だ。
いくら周りから政略結婚と言われようともね…。」
シンは以前にチェギョンが言った”政略結婚”と言う言葉を思い出し、寂しく切なそうに言った。
その様子を見逃さなかったヒョリンは
『シン、あなた本当にチェギョンの事を?』
「話はそれだけか?」
「え?」
「君と2人きりでいる事を周囲に変に誤解されたくない。」
「シン…。」
彼女が何を言おうとも何も変わらない俺たちの関係に、気がついて欲しい思いと
ただ、チェギョンに変な誤解を招くような事は出来ない思いが先立って彼女の思いなど気にも留めなかった。
「今後、こんな話で僕を呼び止める事は止めくれないか?」
「こんな話?」
ヒョリンはシンの突き放したような言い方に、言いようも無い絶望感と行き場の無い思いで
今にも倒れそうな体を辛うじて、踏んばるようにそれでもシンだけを見つめていた。
「ああ、それに僕の諱を言えるのは、本来近しい家族だけだ。
だから気安く僕の名前を呼び捨てで言わないでくれるかな?
ミン・ヒョリンさん。」
シンからの決別とも取れる言いように動揺し、寂しく酷くショックを受けているヒョリンに構わずに
シンはその場から立ち去ろうとすると、ちょうど2人がいる場所の死角になる場所からある人物の視線を感じ
その方向に進んで行った。
そこにはすべてを聞いていたであろう、インが冷たい表情でシンを睨むように見た。
「あそこまで言う必要があるのか?」
「……。」
「俺はお前がヒョリンを幸せに出来ると思って、彼女をお前に委ねて見守ってきたんだ。
それが何だ?
お前は自分の都合だけでヒョリンの事なんて何も考えず、挙句にはあんな事を言って最低だな!」
インの感情的に言い放つ言葉とは対照的に、段々冷静さが増すシンは
「言いたい事はそれだけか?」
「何?」
「僕はこの国の皇太子だ。
簡単に、僕の妻を決める訳にはいかないし、僕に選択権などない。
皇族である僕にとって宮は絶対で、今更どうしろと言うんだ?」
シンがいつもする冷静で、無表情とも取れる皇太子としての態度に、インは内から震えるように
怒りがこみ上げてくると、シンに掴みかかる様子に、周りに控えていた翊衛士は飛び出そうとしたが
シンが軽く手をあげて、制止させた。
周りの状況が見えず、今だシンの襟元を掴んだままのインは
「じゃあ何故、今までヒョリンと一緒にいた?
何故、彼女にプロポーズしたんだ?
答えてみろ、シン!」
「それをお前に言う義務はあるのか?」
「お前を見損なったよ。
ヒョリンには二度と近づくな。」
投げ捨てるように言い放ったインは、一人項垂れ泣き崩れているヒョリンの元へ向かった。
その後ろ姿を見てシンは
『これで、いい…。
俺を憎んで忘れてくれるなら、そしてインならば彼女の支えとなってくれる。』
シンはそうするしかなかった、結果としてヒョリンを幸せには出来ないのだからと
自身の優柔不断が招いた事で、傷つけたヒョリンやイン、何よりも一番守るべき
チェギョンへの後悔に自分を責めた。
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