☆日常のひとりごと☆

引越しして、新生活満喫中〜♪

転記

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気になった記事を転載させていただきました。
個人的な意見として私はこういう人好きですけど・・・
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今回3月11日に起きた未曾有の大災害、東日本大震災。
友人も被災し、連絡が取れなくなったり自分自身もいろんな対応で大変でした。
そんな中、沢山のメディアが広告、つまりCMを自粛しACの広告を放送することになりました。

コレを書いてるときもリアルタイムで放送されてるんですけど、もう気が滅入るほど毎日何度も耳にしたことだと思います。

そこで気になったことが一つ。

「あいさつするとともだちはふえるのか?」


そこで昨日の昼間、仕事の帰り道にたまたま駅前で友人と会ったので二人でやってみた。
ルールはこう。
自分達の前を人が通るたびにあいさつする。
それだけ。


一人目、普通のオジサン。
「こんにちわ!」
無視

二人目、普通のオジサン
「こんにちわ!」
無視

3人目、主婦
「こんにちわ!」
無視

4人目、若い女性
「こんにちわ!」
無視

5人目、普通のオジサン
「こんにちわ!」
無視

どうなってんだ、日本人は。
みんな目もあわせず足早に去っていく。
寂しい世の中になったのね、と友人と話しているとまた人が通った。

6人目、おじいちゃん
「こんにちわ!」
「はい、こんにちわ」

初めて反応が!!

調子に乗ってさらに続ける。
※ここからは特徴のあった人だけ乗せていきます。


人数 相手         反応
7   男高校生      無言で会釈
8   タクシー運転手  「あら、こんにちわ!!」
9   女子高生      無視
11  スーツのおじさん 「元気だな!こんちわ!」
12  若者チンピラ    「こんちわっす!」
13  よしのり       「なにしてんすか、仲間に入れてくださいよ」→3人でやることに。
14  小さい女の子と母 「こんにちわー。ほら、○ちゃんこんにちわは?」「こんにちわー」
15  若者チンピラ    「こんにちワン!」←
16  お巡りさん      「こんにちわ。」
17  野球部っぽい集団 ズラッとこっちに並び「こんにちわ!!」
18  20代小娘      無視
19  おばあちゃん数名 「あらこんにちわ、コレたべなさい」飴くれた。
20  郵便局員      「こんちわー」

実際はコレの3倍くらいは無視されています。

小一時間ぐらいすぎたあたりでしょうか。
あのCMの真理が判明した。

「こんにちわー」

初めて向こうから挨拶された!!!

「こんにちわ!」を威勢よく返事したらそこにいたのは
警察官数名。

警「何してるんですか?」
僕「あいさつしてます。」
警「何で?」
僕「挨拶するのに理由が要るんですか?」
警「・・・選挙活動かなんか?」
僕「いえ、ともだちが欲しくて。」

21 警察官数名  連行される

連行されてもあいさつはやめません。
場所を変えて警察署での活動です!
22 男性警察官  軽く会釈
23 女性警察官  「・・・こんにちわ」
24 男性警察官  「こんにちわ」
25 男性警察官  「こんにちわ」(睨みながら)

ここで、小部屋に通される。
「君らはなにをしていたの?」
「あいさつしてました」
「なんで?」
「あいさつするのに理由が要るんですか?」
「帰りたければ真面目に答えろ」
「ヒィ!ごめんなサイ!」

怖くなったので経緯を説明したら、
「悪いことではないけど、不審だからやめなさい。普段の生活で頑張りなさい」
と言われました。
後ろにいた年配の警察官も
「凄いいい事だと思う。続けて欲しいとは思うが今の日本では寂しいけどそうは行かない。」

開放された僕らは
「ありがとウサギ!さようなライオン!」
と元気に挨拶しながら警察署をでました。
でるときに交通課の若い女性警察官が「ぽぽぽぽーん」っていってて可愛かった。


結果

「あいさつするとけいさつをよばれる」
 
 
 
 
 
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その他の気になった記事も転載させていただきました。
 
頑張れとか復興とかって、多分、今言うことじゃない。
 
JKTS 左下の最新記事「1.被災地へ」から2.・・・へと順に読んでいただいた方がわかり易いです。
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阪神大震災が起きたとき、僕は高校3年生で、しかもセンター試験の翌日だった。
遠くから沢山のトラックが走ってくるような、不気味な音が夢うつつに聞こえ、
気がつくと家全体が揺れていた。
父親にたたき起こされて玄関を開け、ガスを閉めてTVをつけると、阪神高速が
崩壊していた。家が揺れた恐怖と、テレビの実感の無さと、街中の静けさが
記憶に残っている。
 
その日は登校してセンター試験の自己採点を行い、二次試験のための面談を
しなければならなかった。僕は迷ったが、結局自転車で出発した。大阪城の
堀から水が溢れ出していた。
 
学校に着くと全てがいつもどおりで、来ていない生徒もいたが、先生は特に何も
言わなかった。粛々と自己採点し、粛々と面談が行われた。僕達の仲間で三宮と
西宮に住んでいる友人がいたのだが、さすがに登校はしていなかった。
昼休みに仲間3人で、二次試験が終わったらボランティアに行こうと話をしていた。
 
下校時刻になって、担任の物理教師がおもむろに話しだした。
「今回の震災で我校の教師や生徒も被災者となり、登校できない人がいます。
センター試験が終わり、受験生としての役目を終えた人もいると思います。
あなた方の中には、正義感や義侠心に駆られて現地に乗り込む人もいるでしょう。
それは間違ったことではありませんが、正直に言えば、あなた方が役に立つことは
ありません。
それでも何かの役に立ちたいという人は、これから言う事をよく聞いてください。
 
まず食料は持って行き、無くなったら帰ってくること。被災地の食料に
手を出してはいけません。
寝袋・テントを持っていくこと。乾いた床は被災者のものです。
あなたがたが寝てはいけません。
作業員として登録したら、仕事の内容がどうであれ拒否してはいけません。
集団作業において途中離脱ほど邪魔なものはないからです。
以上の事が守れるのであれば、君たちはなんの技術もありませんが、若く、
優秀で力があります。少しでも役に立つことがあるかもしれない。
 
ただ私としては、今は現地に行かず受験に集中し、大学で専門的な知識や技術を
身につけて、10年後20年後の災害を防ぐ人材になって欲しいと思っています。」
 
言葉の端々は忘れてしまったが、教師が言いたかったことは今でもはっきり憶えている。
 
結局僕たちは、物理教師の言ったとおり、なんの役にも立たなかった。
配給のパンを配って回ったり、お年寄りの移動に付き添ったり、避難所の周りを
掃除したり、雑用をさせてもらったが、持っていった食料は5日で尽きた。
風呂には入らなかったが、寝るところは防犯上困ると言われて避難所の中で寝た。
生活のインフラ整備や瓦礫除去作業は、消防や自衛隊があ然とするくらい力強く、
迅速に問題を解決していった。
僕達の存在は宙に浮き、遊び半分で来たボランティアごっこのガキ扱いをされていた。
実際手ぶらで現地に入って、汚い仕事を嫌がるような若者はたくさんいたし、
そういうグループと僕達が、能力的に大きな差があったかというと、とてもそうとは
言えなかった。
 
僕達が現地で強く学んだことは、「何かして欲しい人」がいて「何かしてあげたい人」が
いても、事態は何も前進しないということだった。
人が動くためには、「人を動かす人」が必ず必要になる。社会人なら常識として
知っている事さえ、僕たちは知らなかった。
僕達は現実に打ちひしがれて現地を離れ、浪人を経て京都の大学生になった。
そして被災地への情熱も無くなっていった。
結果的に僕達の正義感は、ハリボテだったのだ。正直に告白し、反省する。
僕たちは、神戸への気持ちを、たった一年間も持続させる事さえできなかった。
 
今回の震災で、被災した人の役に立ちたい、被災地のために何かをしたい、
と感じている若い人達がたくさんいると思う。でも慌てないで欲しい。
今、あなた方が現地で出来ることは、何一つ無い。
現地に存在すること自体が邪魔なのだ。今は、募金と献血くらいしか無いだろう。
それでも立派な貢献だ。胸を張って活動して欲しい。
 
そして、是非その気持を、一年間、持ち続けて欲しい。
もしも一年経って、あなたにまだその情熱が残っているなら、活躍できるチャンスが
見えてくるはずだ。
仮設住宅でのケアや被災者の心の病、生活の手助けなど、震災直後よりも
深刻な問題がたくさん出てくる。
そういった問題を解決するために、NPOなどが立ち上がるだろう。その時に初めて、
被災地は「何も出来ないけど何かの役に立ちたいと思っている、心優しいあなた」を
必要とするのだ。
もしかするとそれが、あなたの一生を変える大きなきっかけになるかもしれない。
結局僕は紆余曲折を経てGISの技術者になり、専門分野は違っても、多少なりとも
防災の分野に寄与できる立場に辿り着いた。
あの頃よりも、少しは人の役に立てるようになったんじゃないかなと考えている。
2011/3/15 追記
沢山の反響ありがとうございました。
同じような経験をされた方もたくさんおられたようで、あの時感じた孤独感が
今頃癒されております。
僕は上記のエントリーで一年は待ってみようと書きましたが、
そんなに待たなくてもいいようです。
すでにNGOなどの支援団体が、ボランティア受け入れに向けて
動き出しているみたいですね。
もちろん募集など具体的に動き出すのはまだ先になるでしょうが。
 
時間と体と情熱のある人は、そういった「人を動かす人」としっかり協力して、
自分の能力を最大限に発揮して欲しいです。もちろん1年、2年、5年、10
スパンで細く長く復興を援助する気持ちもとても大切だと思います。
 
 
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エントリー者様のご意向はボランティア自体を否定したものではなく、
どうせならより効果的な参加方法を、冷静に模索して欲しいという
趣旨である事をご理解いただきたく。
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