|
しばらく更新を怠っが、古文書を読むのを諦めていたわけでもなく、『煎茶小述』があまりにも読みやすいので、現代訳をしていたりして長く休んでしまった。またぼつぼつと再開するのだ。
世の中には、つらさから逃げる方法は無いのだなぁ。強く決心をして、深い山に入ったのに、こんな山奥でも、やはりつらいことがあるのだろうか、鹿が哀しそうに鳴いているなぁ。 |
|
うーん つまり顔の面積が多いのか、色が黒いのか?と考えてしまうが、『いる』は
(いいと思うのだが)入るとか、しみる、隠れる、沈むというような意味での、化粧の、のりがよいことなのかと、山桜も白っぽいし。 |
|
いせや、伊勢屋というのはよく聞く名前なのだが、額というのは何なのかよく解らない。それ以外に読めないのだが、枕ことばみたくなものなのかしら。
一晩中、恋人のつれなさを恨んで物思いに沈んでいるこのごろは、なかなか朝日を運んでこない寝室の戸の隙間まで無常に思える |
|
彼女は香を焚き込めているのだと思う、なんとも情緒のある絵だ。足元には香の道具が盆に置いてある、火箸とか羽箒とか全然解らない道具もある。吉原の女性の身だしなみなのであろうと思うが、こういった知性も気品も教養もありそうな女性を見ていると、公界(くがい)という言葉はあまり似合わない気がする。
幕府の直属の公娼であるからかとも思うが、現在のモラルでは計れない日本人独特の感覚があるような気がする。 おっと・・・何となく意味は通じていると思うのだが、彼女の名前がちょと不安だ。 |
|
今日は風が強い、寒さもひとしおで、日当たりのよい部屋でも暖房がないと手がかじかむ。中国のスモッグが流れてくる、アルジェではひどいことになっている。
いかんいかん、うまくいかないとき焦らない。焦らないでちょっと立ち止まる。周りを見る。深呼吸する。ということだ。 暮というのがちょっと自信がない。 |
[ すべて表示 ]




