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【調査9】
玉縄国民学校 奉安殿 所在地:神奈川県鎌倉市城廻364 現状:稲荷社 概要:コンクリート造 備考:昭和4年に完成。 一度、民家に移されたが、昭和47年に稲荷社として現在地へ移設された。 玉縄城址の清泉女学園内にも現存奉安殿があるという現地住民の声もある
ため、今後の継続調査が待たれる。 |
第4回調査
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2012年10月6日
【調査8】
鎌倉 第一・第二国民学校 奉安殿 所在地:神奈川県鎌倉市二階堂154 現状 :鎌倉宮内 本殿南方社、村上社 概要 :木造造 備考 :昭和9年に同じ仕様で造られた。 本殿内にある奉安殿が第一国民学校のもので、村上社のものが第二国民学校のものである。 第一国民学校(現第一小)の所在が由比ガ浜にあり、第二国民学校(現第二小)の所在が二階堂と
離れており、奉安殿を奉置した場所が鎌倉宮(二階堂)となった経緯は、定かではない。
明治2年2月、明治天皇は建武中興に尽くされ、非業の最期を遂げられた護良親王(もりながしんのう)
に対して、遥かに想いを馳せられ、親王の御遺志を高く称え、永久に伝えることを強く望まれ、親王終焉の
地である東光寺跡に神社造営のご勅命を発せられて、御自ら宮号を「鎌倉宮(かまくらぐう)」と名づけられ たという。
明治6年4月16日、明治天皇は初めて鎌倉宮に行幸されたという経緯から、戦後奉安殿の奉置場所と
して選定されたと推測される。
鎌倉宮宝物殿の拝観コース内には、「五箇條の御誓文碑」や「教育勅語碑」が建立されている。
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