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この日は大阪で、午後から仕事。 午前中、またも史跡&文化財巡りをすることにした。 大阪の定宿、大阪ラマダホテルから、大阪市営地下鉄で15分。 中央線、谷町四丁目駅下車。 9番出口の階段を上りきると、目の前に、異様に広い原っぱが見える。 難波宮(なにわのみや)跡。 国指定史跡。1964年5月2日指定。 西暦645年の大化の改新以降約150年間(飛鳥時代から平安時代にかけて)、 日本の首都、または副都であり、日本の古代史上大きな役割を果たした。 昭和29年(1954年)以降長年にわたる発掘調査の結果、 前期、後期の二時期の難波宮跡が、 大阪市中央区法円坂一帯の地に残っていることが明らかになった。 現在、内裏・朝堂院部分が、国の史跡に指定されている。 ……大阪市教育委員会立て札より。 つまり、 異なる時期の都の跡が同じ場所で発見されたという点で、貴重だそうである。 御影石とコンクリートでできた、 建物の跡らしき舞台状のものが見えるので、そちらへ。 大極殿の跡らしい。 それにしても。 広い原っぱがただ広がっているだけならまだしも。 中途半端に整備して、そのまま維持せずにほったらかしているのか、 膝丈ほどの草がぼうぼうに生え、 そんな中に、ベンチやら歩道やらが点在している。 趣もへったくれもない。 高さ2mほどの舞台の上に上ってみた。 丸い石は、柱のあった位置。 大極殿跡の四方には、かがり火?の跡。 散歩道としては、申し訳ないが、かなりイケてなかった。 撮影: 2006.9.8
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遺跡
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福岡城跡内、多聞櫓から今度は北東方向へ。 平安時代、大宰府政庁の外国人迎賓館として使われた、鴻臚館(こうろかん)跡がある。 国指定史跡(2004年9月30日指定)。 1987年、西鉄ライオンズの平和台球場の取り壊し工事で遺跡が発見され、 現在も発掘調査が続けられている。 廃墟と化した、平和台球場跡。 このすぐ隣に、現在は立派な資料館が建っている。 入館は無料。 復元された原寸大の館の一部、そして柱が立っていた跡が保存されている。 資料館の外も鴻臚館跡であり、 その場所は広い庭のような形で、保存されている。 文化庁のサイトに紹介文が書かれているが、 非常に長いため、興味のある方はそちらへ飛んでください。 所在地: 福岡県福岡市中央区城内。裁判所合同庁舎の西隣。 撮影: 2006.8.28
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一つだけ、国の史跡に指定された古墳があるので、帰りがけにそちらに向かう。 舗装された車道から、鬱蒼とした雑木林に入る。 100mほど行くと、突然目の前に、雑草に覆われ、桜の木が点在する小高い丘の前に出た。 岩屋古墳。 国指定史跡。1941年1月27日 東日本で最大級の方墳(四角い古墳)。 築造年代は、古墳時代末期、7世紀末ごろと言われている。 画像ではいまいち分かりにくいが、底辺80m、高さは12mもある。 被葬者は不明だが、 近隣に龍角寺や古代の役所が存在したとされる推定地があることから、 「印波国造」の関係者と思われる。 …千葉県栄町教育委員会解説より。 石室は二つあり、一つは崩落している。 下は、残っている方の石室の入り口と、その中。 中は真っ暗で肉眼では全く様子は分からなかったが、 フラッシュを焚いて写した画像の感じからすると、 奥行き4〜5m、高さ2mといったところか。 お墓なので、写真を撮った後、合掌して頭を下げた。 (…ナンカ見える、なんて言わないで下さいヨ…) 今回は残念ながら休館日だったが、 気持ちよく散歩できたので、やはり訪れてよかったと思う。 機会があればまた来てみたい。 公園のすぐ近くに、 JR成田線安食駅始発の路線バス(千葉交通、竜角寺台車庫行き)の停留所がある。 ただしバスの本数はあまり多くない。 撮影: 2006.9.4
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