小雪家の人々+α

千里の道も一歩から。すべての道はローマに続く。そんなわけで、マイペース。

政之介さんの話

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父の肩 ケータイ投稿記事

今の職場の利用者さんに、父に似た方がいます。

父より背が高くスラッとしているし、父よりたぶんイケメンなんですが、なんとなく似ている。

症状の出方も似ているので、恐らく脳梗塞を患われたことがあるのだろうなぁと思いながら、その方が来るのを楽しみにしている私。

痴呆というよりは後遺症のためではないかと思う症状で、意思の疎通は日によってまちまちですが、ニコニコされていると嬉しくなったりして。

亡くなる前の父は、あまり笑わなかったなぁなどと思い出したり。

いつも思うように動けなくなっている自分に驚いているような顔をしていました。

一度だけ、腰に力が入らなくなっていたので、ベッドからずり落ちたまま上がれなくなっている父を抱えてベッドに戻してあげたことがありました。

がっしりしていた父だったのに、覚悟した重さよりも軽くて、なんとも言えない感覚になったのを記憶しています。

晩年、父のための救急車を呼ぶのも、一緒に付き添って病院まで運んで貰うのも私でしたが、亡くなるまで一度も父の肩を揉んであげた記憶はありません。

腕の良い治療師でしたから、私なんかじゃ満足もしないだろうという思いや、照れなんかもあったかも。

母の肩は何度も揉んであげたのに。

父に似たその方の肩はカチカチです。

恐らく後遺症の筋肉の緊張によるものだろうなぁと思いながら施術します。

父の肩はどんなだったんだろうと思いながら施術します。

なんだか父の肩を揉んでいるような気がします。

その方が笑顔になると嬉しくなります。

その方に「ありがとう」と言われると、父に言われているような気がします。

瓢箪のお風呂

政之介さんは、戦争中に、軍需工場のようなところで働いていた時に、資材が落ちて、足に大怪我をしたことがあるそうです。
その時に、どういうルートを通ったのかも記憶にないまま、田舎の温泉に運ばれ、療養生活をおくったようです。
本人は、そういう思い出話を子ども達にすることはなかったのですが、これは小織さんから聞いた話。

その温泉宿に、同年代の娘さんがいて、政之介さんは恋をした(のではないか、と小織さんは言っていた)ようです。
その宿には、瓢箪の形をしたお風呂があった、ということ以外、何故か名前も場所も記憶にないのだとか。
政之介さんは、「温泉=箱根」と目星を付けたようで、東京での生活が落ち着いてから、ずっとその宿を探していたらしい。
私が子どもの頃は、何度か一緒に箱根を旅行しましたが、家族旅行をしながら、その宿に行き当たらないかと考えていたようだ、と小織さんが言っていました。

結局、瓢箪の形のお風呂のある宿には、二度と出逢わないまま、政之介さんは亡くなりました。
政之介さんの会いたかった人は、また会ったとしても、政之介さんと同じように年齢を重ねていたでしょうし、お互いに結婚して生活を負っていたでしょう。
それでも、また会ってみたかった政之介さん。
それを知っていて、一緒に旅行に付き合っていた小織さん。
夫婦って、おもしろい。

それにしても、政之介さんは何を話してみたかったんでしょうね。
ただ、もう一度会ってみたかっただけなのかな。

好きだったのよ

子どもの頃、私は結構父親っ子でした。
政之介さんがいると、よくいきなりくっついて、煙草の先で火傷をしましたし、政之介さんとふたりで、隣の駅まで買い物に行くのが楽しみだったりしました。

どうして女の子は、父親が鬱陶しくなる時期があるんでしょうね〜。
そういう時期はないという人もいますが、稀のような気がします。
私の場合は、母の愚痴を聞ける年齢に達した時だったかも。
どうしても、同性の親の気持ちに、同調してしまうのでしょうね。
それからは、粗野な口調も、頑固で子どもじみた態度も、全部が嫌になりましたよ。

自分が女の子の親になってみて思うこと。
父親の愚痴は聞かせてはいけない。
でも、やっぱり身近な所為か、聞かせてしまいますね。
反省、反省。

お葬式へ行こ〜

政之介さんは、かれこれ3年ほど前に亡くなりました。
亡くなる数年前から、少しずつ痴呆になりつつありましたが、同時に足腰が弱くなったので、徘徊などで困らされることはありませんでした。
ただ、極端に外出をしなくなりましたよ。
車椅子などみっともない、という性格の人でしたから、病院なども行かなくなり、お医者さんにも、床屋さんにも、家に来てもらうようになっていました。
車に乗せてあげるから、お墓参りに行こうと言っても、結局我が家の車には乗らず終いでした。

そんな政之介さんのお葬式の日、我が家には私の姉の娘一家が泊まりに来ておりました。
7人乗りのミニバンに、我が家の4人と姪っ子一家の3人で、車の中はいっぱいいっぱい。
さて、まずは朝マック、と全員乗って出発したところ、何故か車内灯、半ドアの警告ランプがちらちらと点いたり消えたり。
一度止まって閉めなおしても、やっぱり同じ。
とりあえず、近所のマックに止めて朝マックをしてから、再び出発。
すると、やはり車内灯と半ドアの警告ランプがチカチカ。
「え〜、接触悪くなってるのかな〜。最悪〜」とか言いながら、とりあえず実家へ。
そこで小織さんを拾って、葬儀場へ。
やっぱり車の中は、チカチカ。
「じ〜ちゃんが乗ってるんじゃない?」と誰ともなく言い出して、車内はちょっとそれぞれが想像の世界へ。
何しろ、7人乗りに、その時点で8人乗っていましたから、「じ〜ちゃんはいったいどこに乗っているのよ?」という感じ。
葬儀場に着き、お葬式が滞りなく終わり、一路火葬場へ。
この時は、もう車内のチカチカはなかったですよ。
考えてみれば、本人用に立派な車の用意がありましたからね。

その後、自分のお葬式に、我が家の車に同乗していったと、しばらく家族の話題をさらった政之介さんは、満足だったに違いない。
話題の中心にいるのが、好きでしたからね。

ひとりごと

政之介さんは、よくひとりごとを言う人でした。
おじさんにありがちな「○○かぁ〜」みたいなひとりごともあったけれど、よく怒ったようなひとりごとを言っていました。
ずっと、他人に宛てて言っているのだと思っていました。
他人への憤りなのだろうと思っていました。
でも、あれは、自分への憤りだったのかもしれません。
自分への、情けなさだったのかもしれません。
最近、そう思うようになりました。

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