小雪家の人々+α

千里の道も一歩から。すべての道はローマに続く。そんなわけで、マイペース。

閑話休題

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45年振りだって ケータイ投稿記事

イメージ 1

朝一で撮ったのでちょっと暗くて分かりにくいんですが、家の隣の遊歩道です。

両脇にあるツツジの植え込みと同じ高さまで雪が積もっています。

ちょうど吹き溜まりだったようですが、高い所は60〜70センチというところでしょうか。

少し明るくなって写真を撮り直そうと思ったら、一部が雪掻きされていました。

この辺りは親切で行動の早いご近所さんが多いので、「早く雪掻き行かないと、なくなっちゃうよ」と言ったら、小太郎が慌てて出て行きました。

昨夜も10時頃に4回目の雪掻きに出ていましたよ。

雪掻きが楽しいお年頃で助かります。

ここ数年、私がおろおろしていると、いつもお隣のおじさんがやってくれていたので、「お隣さんの前もやってあげたら?」と言ったら、やるとこが増えて嬉しそうでした。

上がれる屋根なら雪降ろしもしたそうな小太郎です。

雪国のお年寄りの家に派遣してあげたいわ。

たぶん、我が家の近所は午前中には歩き易くなっていると思う。

でも、スーパーまでの道程は遠い。

転けずに行けるか、心配です。
生まれてからずっと小雪地方に住んでいる(直径3キロ程度の円の中でしか引っ越しをしたことがない)私ですが、記憶にある限りこの辺りで吹雪いてるのを見たことがありません。

今日は午前中に牛乳を買いに行くと称して子ども達と住宅街を歩いて、午後は明らかに興味津々で子ども達と土手に行ってみました。

土手の上が怖かった(;_;)

飛ばされるかと思った(;_;)

風が強過ぎると、風の当たる場所は余り雪が積もらないのだと、初めて知りましたよ。

小太郎は楽しそうに朝から数えて既に3回雪掻きに行ってくれました。

小哲は私と散歩に行った他に、隣の公園で手袋をびしょびしょにして来ました。

小太郎は「しかたないなぁ」と言いながら、小哲に付き合うふりして手袋をびしょびしょにして来ました。

子ども達が何度も開け閉めして半端な位置になっていた網戸が、その位置のまま凍って動かなくなりました。

「なんだか旅行に行ったみたい」と言いながら、窓の外を眺めては温かい飲み物を何度も飲んでる私。

何故今日もパソコンで更新しないかと言うと、やっと夕方になって子ども達が本棚の片付けを始めたので、パソコンを開くとまたうごかなくなるから。

さて、これからバイトだという小春のために、そろそろ夕飯にしようかな。

今日は小太郎のリクエストで豚汁です。
新年も明けて2日ですね。

昨日は恒例の初詣に、鎌倉の鶴岡八幡宮に行って来ました。

夫抜きで。

夫は恐らく早朝、家族が寝静まっている頃に出掛け、たぶん、宝塚辺りまで行って来たのじゃないかな。

今の状況を考えると、それがたぶん夫の最善の元日の過ごし方だったのだと思います。

日帰りで夜中に帰って来たようです。

私と子ども達はここ数年車で鎌倉近郊まで行き、車を止めて数駅だけ電車に乗ってお詣りをするという感じでしたので、地元から電車で行くのは久しぶり。

夫の「駐車場料金が」という台詞を気にする必要がないので時間はたっぷり。

朝8時過ぎに出発し、10時過ぎに鶴岡八幡宮をお詣りして、小町通りをぶらぶらして、ランチを食べて、午後は銭洗弁天にお詣りに行って、また小町通りをぶらぶらして、お茶して、のんびり帰って来ました。

思えば、鶴岡八幡宮への初詣は、私が高校卒業後に同級生の仲良しと始めたことで、結婚後も友達を誘って行っていたのですが、例の件の発覚以後、夫の「他人と会いたくない」の宣言があり、家族だけで、車でとんぼ返りになっておりました。

久しぶりの制約のない初詣で、伸び伸び過ごせた気がします。

小春に何度も「お母さん楽しそう」と言われました。

とんでもなく混んではいましたが、待つ時間すら楽しかったわ。

さて、毎回御託宣のありがたい鶴岡八幡宮のおみくじは、「鏡に映る己のようにあるがままの自分を見れるまで反省しろ」とのこと。

なかなか難しいです。

いろんなことを、誰でもなく自分を誤魔化してやり過ごしていることが多いから。

反省致します。

小雪家はそんなこんなの2014年年明けでした。

みなさま、今年もよろしくお願い致します。
さて、クリスマスです。

昨夜はクリスマスパーティーでありました。

時間を掛けて作ったチキンのカレークリーム煮よりも、簡単ローストビーフの方が完売だったのはなんですが、食べきれない程のクリスマスのご馳走と、わざわざソラマチまで買いに行ったクリスマスケーキと、クリスマス用だから食べちゃダメと言われ続けたお菓子と、親からのクリスマスプレゼントに囲まれて、子ども達は笑顔でありました。

そして恒例の「早く寝ないとサンタさんが来ないよ」の時間。

割りと素直に布団に入る小哲と小太郎。

子ども達が寝静まるのを待つのかと思ったら、母も布団に入って寝ようとするのに、「(サンタさんのプレゼント置くため)早起きするから早寝するの?」とカマを掛ける小太郎。

それをスルーして欠伸をする母。

ちゃんと4時過ぎのサイレントアラームをセットしておきましたが、なんのことはない、3時半には自力で目が覚めましたよ。

遠足の日の子どものような目覚めっぷりです。

念のためトイレに目が覚めたふりをしてトイレの扉をパタンと音させた後、音をさせないようにスリッパを脱いで裸足で1階まで降りて行く早朝の偽サンタ。

隠してあったプレゼントを持って、再びトイレの扉をパタンと音させて、こそこそと寝ている子ども達の枕元へ。

もちろん小春のとこにも。

そのお役目が済んだばかりです。

いつまて、こうして楽しませて貰えるんだろうか。

毎年考えます。

多分、私が一番楽しんでいるクリスマスの夜です。

それぞれの物語 ケータイ投稿記事

今年も後少しで終わります。

先月辺りから叔母に関わる方の身辺で慌ただしく物事が進み、その渦に巻き込まれるままに動いていた私です。(その話はまたいずれ)

ただただ流されていたら、思わぬ岸に流れ着きそうで、その岸が眼前に見えてきたところ、でしょうか。

岸が見えてきたのはプライベートなことで、お仕事の方は相も変わらず楽しく通わせていただいております。

何かとプライベートでくたびれることが多かった今年の私が、穏やかさを保っていられたのはお仕事があったからのような気がします。

叔母も含め、年輩の方々と接することが多かった今年、つくづく思ったことは、すべてを知ることは出来ないけれど、どの方にもそれぞれの物語があるのだなぁということ。

ある方は、5歳になるかならずかの時に、空襲に追われるままに逃げ、お母さんとも、お母さんが背負っていた「たぶん弟」ともはぐれたのだと話してくださいました。

「かあちゃん、かあちゃんって呼んだけど、2度と会えなかった」と背中を震わせていました。

その後は他人に引き取られたけれど、「本当におしんのような暮らしだったのよ。藁に寝かされてね。学校も行かせて貰えなくて。恥ずかしいけれど、娘が学校行くようになって一緒に字の勉強したりしたの」と話されていました。

「なんだか先生は他人だと思えないのよね」と言ってくださっていたと思ったら、最近は「先生のお顔見ただけで半分は良くなった気がする」と拝んでくれたりします。

別のある方は、「私馬鹿だから」が口癖で、いつも自分は地元の高校を出ただけで、他の兄弟は優秀で、だから兄弟は誰も自分を顧みてくれないのだと話されます。

若い頃は不倫をしていて結婚しそこなったとか、相手の人はとても良い人だったけれど早くに亡くなっちゃってとか、ひとりだから先が不安で仕方ないとか、「あなただから話すけど」といろいろなお話をしてくれます。

夫がやらかしてくれた件もありますから、不倫なんかしていたと話すその人が好意的には見れないかというとそんなこともなく、ただそういうお付き合いをしていなかったら、別の、もう少し不安ではない今があったのかもしれないのになぁ、相手の人はこの方が老後にひとりで、認知症を患って、不安を抱えて暮らすようになるかもしれないなんて、勿論考えもしなかったのだろうなぁ、と思ったりするくらい。

罰だとも、バチが当たったのだとも思わない。

ただただいろんな人生があるのだなぁと思うばかり。

今年私が関わった、どなたのどんな過去も、すべてを知ることは出来ないけれど、どなたにも綿々とした歴史があって、今その方が人生の終盤を迎えているのだなぁと考えると、認知症であろうとなかろうと、「お疲れさまでした」と深々と頭を下げたくなるのです。

「いろいろありましたね。もうゆっくりしてもいいんじゃないですか?」

そんな思いでその方の身体に触れて、開いてくださる方には少しだけ心にも触れて、ほんの少しでも癒されてくれたらいいな、と思うひととき。

「ありがとう。楽になったわ」という言葉が、どれだけ私の心を楽にしてくれたか、その方達は知らず。

その方達の語ってくれた過ぎし日々が、私の今もいつか過ぎし日々になるのだと教え、気持ちを穏やかにさせてくれているのだと、その方達は知らず。

叔母にも、その方達にも、母や姉、そして勿論私にも、それぞれの物語があるのだと、穏やかに穏やかに受け入れることが出来るようになったこの1年でありました。

どの物語も、まだ続いておりますが。

溜め息の出るような、溜め息すら出ないような、そんな時期はきっと誰の人生にもあるのかもしれない。

どの物語も、穏やかな終盤となることを願う年末のひとときです。

終盤を迎える前に穏やかな心持ちで、ずっとずっと過ごせるようになることが一番かもしれませんが。

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