国見ラジオ(フィジカル・インテンシティ)

nbaの話題を中心に日本のこと、私、国見良寛の好きなことを

スポーツ論

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 日本人は「努力」という言葉が好きである、らしい。そしてその中には「我慢」という意味が無意識に含まれている。例えば、自分を殺して地味な作業に徹するとか、集団の黒子になるとか。それは私たちがそういった道徳観に根ざして生きているからである。振り返ってみて中学、高校とかあるいは大学時代、集団の中で生きてきた中でそういった考えを強いられる、強制される、言わされるような場面はいくつもあった。私たちは「努力」という言葉が好きである。それではNBAにおいても「努力」をすれば生きていけるのだろうか。
 NBAの中に何人かそういった選手がいる。得点が取れて、しかしそれだけではなくてリバウンドが取れ、ディフェンスがよく、スティールもできる。アシストもうまい。例えば、レブロン、例えばコービー、キッド、ガーネット、そういった選手だ。私たちはそういった選手に感動する。その一つ一つのプレイに驚き、圧倒される。どうしてだろう?NBAにはいくつも職人的な選手もいて、リバウンド専門だったり、ディフェンス専門、そういった人もいる中でなぜ彼らは何でもできてしまうのだろう?
 彼ら、とその他の選手、との間には大きな壁がある。先にあげた彼らの誰もが努力家だろう。しかし、努力をすれば誰でも彼らのようになれるとは限らない。彼らにはできる。しかし他の人にはどんなにがんばってもできない。彼らとそのほかの選手を分けている実力の差、それをとりあえずは「フィジカル・インテンシティ」とここでは呼びたい。
 それはどうしようもない才能の力である。個人の才能であり、傲慢な力の差である。本来は「肉体的強度」というような意味であるが、ここでは一瞬の間合いのセンスであったり、リズム感や、運動神経といったものも含めることにする。それは努力によって勝ち取れないものである。そしてそういった力が実際の試合のほとんどを決める。
 バスケットというスポーツが見るのも、することも好きである。もともと作家の村上龍がサッカーに対して「フィジカル・インテンシティ」という言葉を考えたが、バスケットにおいてはより大きく試合を左右する要素だと思う。特にリバウンドなんて才能一本の世界だから。
 「個人の力」それよりもこの国では「努力」「集団の輪」「滅私奉公」そういったことが優先される。スポーツ漫画なんかもそういった展開が多いがそれはそのほうが美談に映るからである。この国では野球が長く第一のスポーツ、国民的球技だったこともそれに影響しているだろう。野球においては、確かに個人よりも集団の力が試合を左右するからだ。しかしバスケットもサッカーも、一つしかないボールをチームで共有しなければならない。勝利のために、時にエースはわがままであり、強引でなければならない。
 才能の力はもちろん生まれ持ったものであり、それはどこにでもいつまでも存在するものではない。瞬発力が大事なスポーツにおいてはなおさらだ。だからそれは儚く、しかし強く輝く。一人の選手の生まれ持ったフィジカル・インテンシティは彼のピークとともに、年々磨り減り、失われていくがだからこそそこに私たちはひかれるのだろう。
 万能型の選手とはまた違うが、スティーブ・ナッシュ、アイバーソン、も生まれ持った才能の選手。アイバーソンは少しピークを過ぎた感じもあるけれどこの間の試合はすごかったな。
 NBAを見る上で大事なことは「フィジカル・インテンシティ」「不確定な要素」「チーム・ケミストリー」のあたり。そのほかのことについてはまた今度!
 
 
  


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