国見ラジオ(フィジカル・インテンシティ)

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スポーツ論

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高橋尚子、彼女がシドニーオリンピックのときに金メダルを取ったのは僕が高校生3年生のときだった。受験に燃えていた夏で、初めてオリンピックを真剣に見てみた年でもあり、新しいスターの誕生とその笑顔に勇気付けられたのを覚えている。彼女と僕とには奇妙な因縁がいくつかあって、それをいくつか書くことにする。

彼女が金メダルを取って、その後、しばらくはいい話ばかりが続いていた、けれどもやがて彼女に対する激しいバッシングが始まる。「太りすぎ」「不細工」「調子に乗っている」汚い言葉がスポーツ新聞だけでなくTV欄にも現れていた。激しく落ち込み、走ることを止めようかと思った、と後に高橋は言っていたが、ちょうど、その頃だった。志望校に受かったものの、何も考えずに授業をぽんぽんと登録し、それが厳しい授業ばかりだったので、なんていうか、高校三年生のときよりもハードな毎日を送っていたというか、それに大学にうまくなじめなかったというか、ストレスとかなりの猛勉強で目の下にクマを作り、そして僕がかなり太っていたのは(今はちょうどいいくらい、からやせていると言われることもある)。汚い言葉、がちょうどその頃の自分に当てられているみたいで、すごく傷ついた、というか社会というか、人間とかメディア全体とかそういうものって信用できないんだな、とそのとき思っていた。

その後、高橋は奇跡の復活を一時的に遂げる、しかしまさかのアテネオリンピックの選考に落ちからその後は夢叶わずというか、零落する一方で、恩師小出監督との決別も印象深かったが、その諦めの悪さ、時には怪我が長引き走ることさえ出来ないという運の悪さ、が際立っていた。たぶん人生ってうまく行くこともあるけれど、きっとそういう人、も多いんじゃないかな。少なくとも優勝して各方面でちやほやされている彼女だけでなくその後、何をやってもうまくいかない、という姿を見れたことで僕は何かを学ぶことが出来た、というか、その頃、僕もまた別の意味でどん底に立っていた。そういう意味で共感できる数少ない、珍しいスターだ。

彼女には魅力がある、人をひきつける力が、そして何か人に与える力がある、それは確かだ。けれど一方で彼女を批判する人もいる。今回の引退だって「けっきょく中途半端だったな」とか「シドニーの跡は微妙だった」とかそういうことを言う人が必ずいたはずだ。けれどそういう人にはなんていうか、人生の深みというか、ある要素が欠落しているのだと思う。別に偉ぶるつもりはないけれども。少なくとも彼女については悪く言う気はあまりしなかった。強いて言えば負けるたびに言い訳めいたコメントを残すのが気になってはいたけれども。彼女が金メダルを取ったあとの不愉快なごたごたについての小出監督の言葉を今でも覚えている。「金メダルを取ってまで泣くことないじゃないか」

強い選手はまた必ず現れる。けれどもそれだけではない、強いだけではなく違う何かを与えられる人だった。高橋尚子の引退をしのぶ。


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