「行きも帰りも向かい風」

旅の途中で撮影した写真が中心のブログです。

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先日、大阪府の北浜にある「適塾」を訪れました。
適塾は北浜のビジネス街に、まさしく、そっと佇んでいます。

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脳科学者の茂木健一郎氏も、「まさか、こんなビジネス街のど真ん中にあるとは!」とつぶやいていましたが、最初に見た人は驚くと思います。

さて、適塾は岡山県の足守の出身である緒方洪庵が幕末の1838年に開設した蘭学塾です。

洪庵自身は医者で日本医学の近代化のために偉大な功績を残しました。

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江戸幕府に乞われて江戸に赴く1862年までの間に、約600名が入塾し、福沢諭吉、橋本佐内、
大村益次郎、長興専斎など錚々たる人物が、この塾から羽ばたいていきました。

適塾の建物は、大阪大学が管理し、当時のままの姿で公開されています。

2階には、塾生が寝起きを共にした大部屋があります。

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共同なのですが、成績が良いものから、部屋の好きな場所を専有できたそうです。

部屋の真ん中には、中央柱があり、塾生が付けた刀痕が残っています。

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ほかにも、塾生が奪うように勉強したヅーフハルマ(蘭和辞書)を備えたヅーフ部屋もあって、
とても見ごたえのある施設です。当時のまま残されているのが嬉しいですね。

そして、この緒方洪庵、かつて故司馬良太郎氏が1987年に6年生にあてて書いたエッセイ『二十一世紀に生きる君たちへ』の中で、「洪庵のたいまつ」として紹介しています。

その中で適塾は次のように紹介されています。

 適塾の建物は、今でも残っている。場所は、大阪市中央区北浜三丁目である。
 当時、そのあたりは商家がのきをならべていて、適塾の建物はその間にはさまれていた。造りも商家風で、今日の学校という感じのものではない。門もなければ運動場もなく、あるのは二階建てのただの民家だった。
 その二階が塾生のね起き場所であった。そして教室でもあった。塾生たちは、そこでひしめくようにしてくらしていた。夏は暑かったらしい。
 先に述べた福沢諭吉は、明治以後、当時を思い出して、「ずいぶん罪のないいたずらもしたが、これ以上できないというほどに勉強もした。目が覚めれば本を読むというくらしだから、適塾にいる間、まくらというものをしたことがない。夜はつくえの横でごろねをしたのだ。」という意味のことを述べている。

小学校6年向けに書かれていますが、とっても素晴らしい文章です。
興味があれば、市販されていますので全文を読んでみてください。

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