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またちょっとご無沙汰してました。
どうしても月初めは仕事が…
という言い訳は置いておいて
今年も3月11日が来ました。
最近風化との声も聞こえますが、決して忘れてはいけない日です。
私は今年もやりました
会社最寄り駅の都営浅草線「泉岳寺」駅
ここから我が家まで歩きます
7年前のこの日、夕方から歩いて、我が家には深夜に着きました。
8時15分スタートです。
ここまで来る間に3,300歩歩いてます。
銀座を抜け
日本橋「高島屋」は今年も半旗を掲げていました。
震災から2〜3年の時は、結構あちらこちらで
半旗を見かけましたが、ここ数年は「高島屋」だけですね。
日本橋
これで6km、まだ5分の1位かな?
浅草
日曜日なので雷門周辺は観光客が多いと予想
ちょっと手前で撮りました
さて、これからの道のりがきつい
沿道に飲食店も急に少なくなります。
なのでちょっと早いがランチ
「富士そば」さん
この時時刻は10時半頃
なのに店内は凄い人
待ちの食券が6〜7枚ありました
結構待って
「大変お待たせしました」
かつ丼セットを頂き
再出発です
言問橋を渡り
後はひたすら単調な道を歩くだけ
それがきついんだよね
なので今回は1本奥の道へ
曳舟駅の脇を通って、新四つ木橋を渡るコース
あつ、こっちだと飲食店も結構あるね
「富士そば」で済ましたのをちょっと後悔しつつ…
海抜がマイナスの小学校、しかも一時避難所になってます。
東京都のハザードマップでも、この墨田区や葛飾区などは
かなり危険度が高い地域、いざの時はここを抜けられるのか?
そして新四つ木橋
この橋を渡り切って水戸街道に合流です
更に歩き
都県境の新葛飾橋の東京側
トータル20km歩破
橋を渡り切れば
我が町松戸
でも毎回言ってますが、ここからが長いんだよね〜
今回も水戸街道とここで別れて脇道へ
松戸市街地に近づくと
大渋滞
奥に見えてる「伊勢丹」が間もなく閉店
そのセールに行く車でごった返してます
私はそのまま我が家を目指します
それから間もなくこの時刻
14時46分
丁度お寺さんが有ったので、そこで私も黙祷
殆ど、いやまったく誰も黙祷を捧げている人はいません
せめてこの日、この時刻だけは絶対に忘れないでほしい!!
気を取り直して
北松戸の工業団地で某大手パンメーカーからの
良い香りを嗅ぎながら歩き
馬橋を抜けるといつもの日常に場に
そして
16時45分頃
無事我が家へ到着〜〜
44,000歩
39.5km
と出てますが、歩数はともかく距離はそんなにありません
私の足が短いため歩幅が狭いから
歩数に掛けるとそうなるんでしょうね
毎回の事ですが、私がこの日に歩いたからって
何になるものでもありません
だったらもっと人の役に立つ事をやった方が良いのではと
思う事もありますが、私流の「この日を忘れない」なんです
この日を忘れないために来年も再来年も、
そして体が動くうちは何年後までも歩くつもりです
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ちょっとお手伝い
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コメント(2)
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東日本大震災でお亡くなりになられた方の
ご冥福を心よりお祈り申し上げます
昨日であの震災から6年が経ちました。
最近風化との声も聞かれるようになってきましたが、
まだ家族に会えない方々も数多くいらっしゃいます。
その方々のためにも風化させる事なく
後世にも伝えて行っていきたいです。
そして私は今年も会社から自宅まで歩いてきました。
午前8時半ころ
会社最寄りの泉岳寺駅をスタート
ここまでですでに5000歩
約4km歩いてます。
途中いつものセブンイレブンでコーヒーを飲み
ちょっとこちらへ寄り道
新橋にある岡山県と鳥取県の共同のアンテナショップ
忘れがちですが、鳥取県でも大きな地震がありました。
ここで少しばかり買い物して
銀座4丁目から晴海通りへ
岩手県のアンテナショップ
ほぼ開店と同時に到着
ここでも少し買い物して、元のルートに戻ります。
日本橋高島屋では半旗が掲げられてました。
そう言えば半旗を掲げるところも少なくなりましたね。
昨日の道中ではこの高島屋と、交番で1軒有っただけでした。
日本橋
やっと6km、いつもよりペースが遅いです。
浅草
出発から10km
毎年の事ながら、ここからがきつい
見どころが何もないんですよね
国道6号線をひたすら歩きます。
四つ木橋を過ぎたあたりから、車が渋滞し始めました。
歩いた方が全然早い
震災当日も車は全然動きませんでしたが、
一体どうしたのでしょう
この先で人身事故があって、下り車線で双方通してました
そしてこの時間
黙祷!!
出発してから20km
都県境の新葛飾橋
この橋を渡り切れば、我が千葉県松戸市です
やっと松戸へ
まだ先ほどの事故の影響で上り線が渋滞しています。
ここからは国道から離れ、地元の道を歩きます。
しかし南北に長い松戸市、ここは南の端
我が家は北の端、まだまだ遠い道のりです。
日が暮れてきました
でも我が家までもうすぐ
そして午後5時半頃我が家到着〜
約9時間かかりました。
今年はちょっと時間かかったね。
歩数約51,000歩
歩行距離39km
今年も無事ゴール出来ました。
こんな事しても何もならないと解ってます
でも体がもつ限り3.11は毎年歩きます。
それが「あっち」流風化させない事です。
昨日の新聞のテレビ欄
50分からの「東日本大震災6年特集」
一番左の文字を縦に読むと・・・
「東北がんばれ心つなごう」と読めます
最近このような隠しメッセージが多くあります。
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先の熊本地震に際しお亡くなりになられた方の
ご冥福をお祈りいたしますとともに、
被災された方々にお見舞い申し上げます。
昨日は午後からお出かけ
お昼に会社を出て、途中でランチを済まし
こちらへ行って来ました。
熊本地震が起きてからすぐにでも行きたかったのですが、
色々雑務があり遅くなってしまいました。
昨日は雨降りの平日にも拘らず、
たくさんの人が来ていました。
工場が被災して生産出来ないものも有り、
一部品薄状態ですが、思ったより豊富に商品はあります。
ショーウインドゥには
いつものくまモン
何か書いて有りますね。
この度の地震では熊本が大きく取り上げられてますが、
お隣の大分県も被害が出ています。
その大分県と東日本のことも考えていらっしゃいます。
ここで出先への手土産と
これを会社へのお土産
そして自宅に
「こむらさき」さんの熊本ラーメン
昔仕事で熊本へ行っていた時に、よくこの「こむらさき」さんで
ラーメンを食べました。
これらを買って、
最後に義援金を少しばかり入れさせていただきました。
義援金を送ることも支援ですが、
被災県のものを消費することも支援になります。
全国のスーパーやデパートなどでも被災県の物を
販売されてると思います。
それらで支援されてはいかがですか?
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3.11
日本人なら忘れてはならない日
あの日の衝撃は忘れません
今年もやりました
何の意味があるのかと問われれば、
答えに窮します。
でも
あの日を忘れないために出来る事
今年もここからスタート
会社最寄り駅の泉岳寺駅前のキロポスト
自宅からここまで来る間に
すでに5,400歩位歩いてます。
日本橋
5年前は帰れない人たちが、ビールを箱で抱えて
楽しそうに歩いてたっけ
浅草を過ぎ、隅田川にかかる言問橋へ
歩き始めからの霧雨が全然止みません
忘れもしない言問橋の袂の公衆トイレ
今は綺麗になってますが、当時は昔の公衆トイレ
当然男女の区別も無く・・・
トイレは災害時には重要な問題で、
特に女性には大問題
私が声かけて、「ひなっぴ」と通りかかった女性の
使用時に男性には遠慮願った場所
皆さん快諾してくれたっけ。
歩き始めて20㎞、都県境の新葛飾橋の東京方
そして
わが町松戸市へ
水戸街道からここで逸れて住宅街の細い道へ
松戸市新松戸南1丁目にて
14時46分
黙祷!!
それから程なくして
自宅到着
休憩時間込みで8時間20分かかりました
会社から約44,000歩
34㎞の距離でした。
ただの自己満足ですが、私なりに「あの日」を
忘れないためです。
先の震災で亡くなられた方々のご冥福を
心よりお祈り申し上げます。
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20113.11 東北大震災
2011.3.15 いろんなブロガーさんのSOSを見るにつけ 自分には何が出来るのか考え始める
大変な状況の中でも 日本人って凄い。って思えるエピソードを沢山、目に耳にし
それらを世界に向けて発信出来ないかと考え始める。
英語の堪能なブロガーさん数名に相談。
快く英語訳を引き受けてくださる。
2011.3.19 フラッシュ作成開始 大変な状況の中で英語訳がゲスブに続々と届き始める。
2011.3.25 動画アップ
動画にする前の原文。
心で繋ぐ小さな島の巨人たち
Small in land: strong in heart
家屋に取り残され、42時間ぶりに救出された高齢の男性の映像。
「チリ津波も経験してきたから、だいじょうぶです。また、再建しましょう」 と笑顔で答えていた。
私たちが、これから何をするかが大事。
An old man ,who was rescued after being trapped in a house for 42 hours,
said with a smile, “We’ve experienced the Chile tunami. We should be all right. Let’s rebuild our town one more time.” What‘s important is what we are going to do from now on. 4時間の道のりを歩いて帰るときに、トイレのご利用どうぞ!と書いた
スケッチブックを持って、自宅のお手洗いを開放していた女性がいた。 日本って、やはり世界一温かい国だよね。 あれみた時は感動して泣けてきた。
When making my four-hour journey home, I saw a woman holding a sign which said,
“Bathroom available.” , offering her home restroom for people walking home on foot to use. There are more warm-hearted people in Japan than anywhere else. What she was doing moved me greatly and made me cry.
2歳の息子が独りでシューズを履いて外に出ようとしていた。
「地震を逮捕しに行く!」とのこと。 小さな体に宿る勇気と正義感に力をもらう。 みなさん、気持ちを強く持って頑張りましょう。 My two year old san was trying to put his shoes on and go out all by himself. He goes,
“I’ll go arrest the earthquake!!” The courage and sense of justice in his small body gave me strength. Cheer up, all. We can make it. 駅員さんに「昨日一生懸命電車を走らせてくれてありがとう」
って言ってる小さい子達を見た。駅員さん泣いてた。 俺は号泣してた。
saw little children saying to the station attendant,
“Thank you very much for the great effort you made to run the train yesterday.” The station attendant was crying. I found myself crying even harder. 父が明日、福島原発の応援に派遣されます。
半年後定年を迎える父が自ら志願したと聞き、涙が出そうになりました。 「今の対応次第で原発の未来が変わる。使命感を持っていく。」 家では頼りなく感じる父ですが、私は今日程誇りに思ったことはありません。
無事の帰宅を祈ります。 My father is going to be dispatched to help with the incident at the N-plant inFukushima.
I felt like crying when I heard that he, who is to retire in 6 months, volunteered to do so. “The future of nuclear power plants depends on how we deal with this problem now. I go with a sense of responsibility.” I have never been so proud of him before as he doesn’t show any initiative while home. I pray that he will be home safe and sound. 子供がお菓子を持ってレジに並んでいたけれど、順番が近くなり、
レジを見て考え込み、レジ横にあった募金箱にお金を入れて、 お菓子を棚に戻して出て行きました。 店員さんがその子供の背中に向けてかけた
「ありがとうございます」という声が、震えてました。 A child was in a line to pay for candy, but when his turn came closer, he was deep in
thought looking at the cash register, then he put the money in the donation box next to it and left the store ,putting the candy back on the shelf where it had been before. As the cashier thanked the departing child, his voice was shaking M9.0 世界最大級となったのか。
じゃ、今後復興のためのエネルギーも愛も、 世界最大級にしなくちゃ。 hough I kept walking for many hours, I was moved to see that there were a lot of
buildings and restaurants with signs saying “washroom available” or “you can rest here.”I was about to cry when I saw someone from an office building volunteering to call out messages like, “――line has resumed operation.” , or “You can rest here.” Japan is not so bad after all. 何時間も歩き続けてたんだけど、至る所でトイレ貸しますとか
休憩できますとか言うビルや飲食店が沢山あって感動しました。 とある企業ビルの人がボランティアで、○○線運転再開ですー!とか、
休憩できますー!!って呼びかけてるの見て感動して泣きそうになったマジでw 日本も捨てたもんじゃないな☆ Though I kept walking for many hours, I was moved to see that there were a lot of
buildings and restaurants with signs saying “washroom available” or “you can rest here.”I was about to cry when I saw someone from an office building volunteering to call out messages like, “――line has resumed operation.” , or “You can rest here.” Japan is not so bad after all. 日本は強いです!大阪難波の献血施設は被災地の方の為に超満員の順番待ちでした。
私欲の無い列を初めて見ました。感動しました。 被災地の方々、全国でその辛さを受け止めます。 諦めずに頑張って下さい! Japan is tough. The blood donation facility in Namba, Osaka was full of people waiting
n line for their turn to donate blood for those in the disaster area where the great earthquake struck. I’ve never seen such an unselfish line before. I was so moved. People in the disaster area, please do not give up. We will share your hardship. We are here for you 物が散乱しているスーパーで、落ちているものを律儀に拾い、
そして列に黙って並んでお金を払って買い物をする。 運転再開した電車で混んでるのに妊婦に席を譲るお年寄り。 この光景を見て外国人は絶句したようだ。 本当だろう、この話。すごいよ日本。 n the supermarket where goods were scattered all over the floor, people picked up
things fallen from the shelves dutifully, lined up quietly and paid for the goods When the trains resumed operating, on one crowded train, an elderly man gave up his seat to a pregnant woman. It’s said that to see such scenes, foreign people were speechless. I guess the story’s true. Japan’s great, isn’t it? ぜんぜん眠っていないであろう旦那に、「大丈夫?無理しないで。」とメールしたら、
「自衛隊なめんなよ。今無理しないでいつ無理するんだ?言葉に気をつけろ。」 と返事が。 彼らはタフだ。肉体も、精神も。 I think if I send an e-mail to my husband how never sleep and say
It will be alright? He would say Don't give me that shit. I'm JSDF(japanese selfdefence force). We will do what ever we have to do now. Watch what you say. They are tough, in body and in mind 募金箱の前にて幼稚園位の男の子と母親の会話。
母「貯めてたのに本当にいいの?」 子「3DS我慢する。これで地震の人の家建てる。」と言い お年玉袋から5,000円を寄付。 母「偉いね。地震の人、これで寒くなくなるね。」男の子思わず号泣。 後ろにいた私、大号泣。 In front of the donation box, the boy of preschool age and his mother were talking.
The mother said, “Are you sure? You’ve been saving it, haven’t you?” The boy said, “3DS can wait. The money can help people in the disaster area to build their houses.” And he donated as much as 5,000 yen out of a little paper bag of his otoshidama, new-year gift money. When his mother said, “Good boy. Now they don’t have to stay in cold. ” The boy started to cry hard instead of himself. Behind them, I was crying even harder. 被災地(茨城県)に住む両親にうち(千葉県南房総市)に来るように連絡したら
怒られた。親父曰く 「俺よりひどい被害を受けた人が避難していないのにそんなことは できない、復興が終わったら行ってやるから、自分のできることをやれって」。 ちょっと感動した。 My parents live in Ibaragi prefecture. When I suggested that they
come and live with us in Minamibousou, Chiba , I was scolded. My father said, “I can’t do that. Even those who have suffered heavier damage haven’t evacuated. I don’t mind visiting you once the reconstruction has completed. Do whatever you can do .” I’m proud of him..” いつか自分の子供や孫に話そう。
「おばあちゃんが若かった時、東日本大震災があって世界中が1つになった。 皆が一つのために必死になって支えあって輝いていたんだよ」って。 相手が聞き飽きるまで話そう。 だから1人でも多くの人に元気になってほしい。 I'll tell my children and grandchildren someday in the future,
When grandma was young, there was mega earthquake disaster in east Japan, and the world came together as one to help Japan. 2011.3.11 世界最大級の大地震が日本を襲いました。。
多くの方が犠牲となり、今もまだ行方不明の方が多数いらっしゃいます。
被災地ではまだまだ混乱や不安が多く残っています。
On March.11.2011, A mega earthquake hit Japan.
水や食料が足りない。
暖かい毛布が・・燃料が・・
あらゆる物が不足していると聞きます。
そんな中で今私達が出来る事はなんなのか・・
here is not enogh water and food, fuel.
I hear that.
What can we do for them?
歌手の松山千春さんはこう言いました。
Singer song writer "Chiharu Matsuyama"said like this,
知恵があるやつは知恵をだそう。
力がある奴は力をだそう。 金のあるやつは金をだそう。 The somebody having knowridge give the knowridge,
The somebody having power will give the power, The somebody having the money will give the money. 『自分は何にも出せないよ・・』 っていう奴は元気出せ!
"I can't give anything" that's all right.
It's just cheer up yourself ! 今私達が出来る事・・
What can we do,,,
それは祈る事だけじゃない気がします・・
Can we do more than just pray.
日本人みんながそれぞれ出来る事を精一杯に・・
それこそが求められているように思います。
It's a that we can do,
All the Japanese people will do what is demanded of them. 今こそ世界に見せてやろうよ!
We'll show the world
俺達・・日本人の底力を!
The real ability of the Japanese.
Here we are "Samurai Japan" 歌:氣志團「オレたち」
スペシャルサンクス
ママちゃん☆obaniさん☆ウリ坊さん☆うしさん☆ぶっちょさん☆ 夢見る頃を過ぎても〜はるお日記〜
そうして完成したのがこの動画でした。
この記事がきっかけで物凄く沢山の方が転載、拡散して頂き すごい反響を頂きました☆
世界に発信出来たのかどうかはわからないけど・・あの時 僕が、僕たちが何か出来る事は
無いか?と無い頭で考え動いた事。
5年たって 今の自分に何が出来るのか・・
あの時とは違った何かが まだまだ出来る。しなくちゃいけない・・そんな風に思います。
今年の夏は3年ぶりに被災地を回ってみたいとも思っています。
あの日の事。まだまだ終わりじゃない。
日本人の底力まだまだ、こんなもんじゃないと思います。
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