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オイラが学生だった頃は自分の将来にまだ無限の時間と可能性を信じていました。しかし人生の黄昏時期を迎え残された時間というものがいくばくもないと云う現実に遅まきながらオイラも自分の人生というものを考える時間が多くなってきました。
豊年祭、左から3人目がオイラ
競争は熾烈だったが日本の一番好い時代を生きてきた団塊世代。その末席でおこぼれを拾いつつ生きてきたオイラの世代、今大量リタイヤのこの世代は一体何を目的にこれから生きていくのだろう?
巷に溢れる色々な情報でスポーツ、旅行、趣味、ボランティア等など様々な活動が紹介されているけどその反面日本では一人暮らしや生活保護、孤独死等も激増しているらしい。
史跡調査、左一人目がオイラ 県長所在地の駅前商店街でも7時過ぎには人通りが途絶えてしまう寂しさ充満の日本の地方都市での一人暮らしなど台湾の雑然とした環境に慣れてしまったオイラでは絶対に堪えられないかも…。
いろいろなリタイア後の活動も結局のところ行き着くところは自己満足の世界が大部分、何も芸のないオイラのような芸無しザルの凡人には歴史に名を残すと云う大それたことは夢のまた夢。
合歓山にて 生きた証というものも各人の置かれた環境が全てでしょうね。飢餓の線上にある人は腹一杯の飯が食えればそれだけで生きた証になるでしょうし中東の石油成金は何十億もする宇宙旅行を生きた証と考えているかもしれません。
したがって「生きた証」なんて非相対的で完全な各個人の主観に期するものと言えるでしょう。
タロコ渓谷をガイド、右がオイラ
オイラがよく台湾を案内する蝶の専門家も家では標本に埋もれて分類や研究に没頭しています。その博学ぶりは飛んでいる蝶を見ただけで何科のなんやらで雄か雌かも当ててしまうのだからまさに驚異的。しかし世間一般の蝶に興味のない人から見れば何の価値もないまさに自己満足の極みと言えるかもしれません。
オイラの下手なゴルフ オイラの家族は平均年齢が60歳に達していません。オヤジ→心臓、オフクロ→癌、姐→脳溢血と皆遺伝的要素で逝ってしまいオイラも最大で人生70年と設定しています。今後残された数年を自分の満足する生き方で過ごそうと無論現役の男として恋もしたいし極地でオーロラも見たい,又大きな砂漠の真ん中で夜仰向けになって夜空の星を見てみたい、といっても他人からみればくだらん自己満足だけの世界だがそれでも生きた証(自己満足)というものを掴んでみたいと思っています。
還暦でバンディージャンプに挑戦したとき
台湾の地でもう直ぐ40年、日本にいたらとても実現出来なかったことも多々実現できました。年金はないけど物価の安い台東ではそれなりの贅沢ができるのでまあ結果オーライということでしょう。
最初台湾にきたのは二十歳前のときでした。オイラ学校を休学して世界中を回ろうと先ず手始めに夏休みを利用して沖縄と台湾を走破する計画を立てその第一歩でつまずいたのでした。それは台湾で運よくと言うか運悪くと言うか『サッカー場で蚤が出会うほどの確率』でプユマの女性と知り合い家庭を持つことに相成ってしまい当然の結果として家庭を維持するために自分の夢は封印して30余年懸命に働いてきました。そして今,漸くオイラの人生もファイナルステージを迎えつつあります。
最新のオイラ、少なくなった髪、白髪がふえたのでヒゲも剃る。
ある日,オイラというもが消滅しても世界は何も変化しないでしょう。時間はオイラが存在したという事実さえも置き去りにしてしまいます。それが人間の歴史なんでしょうね。結局は如何に自己満足で死ねるかにかかっています。自分の歩んできた人生に悔いなし!と云えるようこれから残された時間を有意義に使いたいと考えている今日この頃です。御静聴誠にありがとうございました。
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( ´ー‘)y─┛チァーパーボェー
最近は更新少なかったのでどうされているのかと思っておりました。
台東の記事が読めなくなるのは残念ですね。
また台湾に行った折には 一杯お付き合いくださいませ。
2015/11/4(水) 午前 7:03
ブログ中断とは残念至極です。 一度お会いしたかったです。
2015/11/4(水) 午後 0:55 [ mario ]
ご無沙汰です。
まだまだ老ける年でもないでしょうし、総括もはやいですよ。
台湾ネタ、台東ネタお待ちしております。
2015/11/4(水) 午後 6:56
スケールの大きな半生で羨ましです。
満足と言えるでしょう。
そこに行くと俺はちいせえなあ。
冒険もチャレンジもしていないし。
ガキの頃の夢を今、追っているだけのような気がします。
また、この世界に気が向いたら帰ってきてください。
2015/11/4(水) 午後 9:03 [ あおれんじゃあ ]
プユマさんは、台湾でつまづき、壮大な夢を封印したとおっしゃいますが。
なかなか壮大な半生だと思いますよ。プユマさんの遺伝子は、世界に広がっているではないですか。
自分の生まれた町から出ずに一生を終える人も居る中で、広い世界でご活躍されたと思います。
今までの蓄積があればこそ、これからも色々なことにチャレンジも出来ると思います。
我が母たぬきは、本日脊椎の手術をうけました。医術の進歩はめざましく80超えでも脊椎手術して2週間で退院だそうです。まだまだ、ですよ。
プユマさんも健康にはくれぐれもお気をつけてこれからのご活躍をお祈りいたします。こちらを思い出した時、楽しい記事を書いて頂けたら、嬉しいです
2015/11/4(水) 午後 10:01
我が家も短命な一族ですが、娘の生まれた今は、絶対に70歳を超えると決めています。先日、東北の被災者のおばさんが「やりたいことを先送りしてはだめ、なぜなら明日の保証なんて何にもないんだから今やらなきゃね…」と笑う姿に、子供ができたからとか何かに付け言い訳するくらいなら、心の赴くまま行動すべきと考えミャンマ−にリスク覚悟で一人旅をしてきました。民主化と選挙そして抑圧する軍事政権、社会インフラ整備の遅れから来る暗い街、そして仏教、イスラム、ヒンドゥのひしめき合う多様性と人種の混沌化、郊外に広がる水田と高床式の草葺きの住居に住まう貧しい人々の生活と僕の知っている日本をいくら巻き戻して見えぬ社会がそこにありました。でも、行って良かった。夜の街に跋扈する淫靡で悲しい世界がこの国の縮図を表し、インドやイスラム社会が社会と協調、反目して存在している姿は人の心の矛盾にもにた世界でした。世界は未だ驚きと発見が多々あります。
2015/11/6(金) 午前 0:46
昨日の続き…
体力の衰え、体調不良と常に何かをする時に付き纏う様々な不良要因が加齢と伴に増え、時に心を蝕み全てに対し、消極的になる事が自身にあります。それを解消するため個に立返えれる言語・文化の異る世界を訪れるのが理由であるかに思います。独りである故に多少の無理すら躊躇する時があります。時にそれが情けなく、若い時なら、病気が無ければと思うも、今、此の地に立つ有様を思い、過ぎたる願いと戒めています。終活等と言う陳腐な言葉が有りますが人は生れて以来死路への旅の途中です。生きている限り飽くなき好奇心こそが我人生と知らぬ世界を探訪しようと考えています。老いるには未だ若すぎるとの思いこそがと考えています(^^)
2015/11/6(金) 午前 10:38
プユマさん
先日はお世話になり有難うございました。
台東駅で再会した時は「若い!」姿に一瞬戸惑いました・・・若さの源は「?」ですじか?
台東は年に一度は訪れたいですね〜・・・ただ「日本語世代」が訪ねる度に少なくなっているのが寂しいです。
2015/11/25(水) 午後 9:58