鷲巣義明のシネファンタスティック

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 今年のTIFF(東京国際映画祭)で鑑賞した作品の中で、前回紹介した『玄海灘は知っている』の他に気になった2作品を紹介しておきます。


『愛してる、成都』
(アジアの風・部門)

 08年に起きた、中国の四川大地震の後に発足した企画で、中国のツイ・ジエン監督が未来=2029年の成都を舞台にした物語を描きで、香港のフルーツ・チャン監督が「過去=1976年」の成都を舞台にした物語を描いた、全2話のオムニバス映画。前者では地震が「運命的な出遭い」を起こす出来事として、後者では地震が「ある予兆の隠喩」として用いられている。
 2029年、ある女性が従兄に重傷を負わせた若者をようやく探し出すが、彼は少女時代に巨大地震で崩壊したガレキの下敷きになったところを助けてくれた命の恩人である少年と同一人物だった。2人にはそれぞれ鬱積した感情がわだかまっていたが、お互いの気持ちが解放される瞬間を迎えることに……。
 初監督作なので演出に多少の初々しさを感じさせるが、それが作品全体に漂う、爽やかな感情の発露とも受け取れる。サンバチームのダンサーである女性と、特殊な武術を身につけた青年の共通点は肉体に流れる躍動感にあるのかもしれない。ラストでは2人が肉体を寄りそい、お互いがそこに流れる「気」を感じ取り、感情を確かめあうような印象に見える(あくまで筆者の感想だが!)。これが実に清々しくて、いい感じなのだ。
 1976年……それは中国変革の年。茶館に風変わりな男チャンが舞い戻ってきた。その姿は髪も髭も伸ばし放題で、不精な雰囲気が存分に漂っていた。実はこの店がチャンの自宅であり若い店主らしい。チャンは茶館の若いウェイトレスに長い注ぎ口の茶瓶の伝統芸を伝授する内にお互いが好意を抱き、恋に落ちてしまう……。
 本来は、韓国のホ・ジノ監督が「現代の成都」を舞台にした『きみに微笑む雨』(日本では、11月に劇場公開)が2作の間に入る予定だったが、諸事情で入れられなくなり、『愛してる、成都』の構成が弱くなってしまったようだ。この2作がなかなか興味深かっただけに実に惜しい。


『クリエイション/ダーウィンの幻想』(写真は、本作のポスター)
(natural TIFF・部門)

 19世紀末、チャールズ・ダーウィンが、当時の宗教を覆す、画期的な生物学的理論書「種の起源」を書きあげるまでの挫折と葛藤を描いたドラマ。原作は、小説「ANNIE’S BOX」。

(※以下の文中には、終盤のストーリー展開に触れています。ご了承の上、お読みください)
 ダーウィンが書きあげるまでに長い年月を要したのは、膨大な研究にあたった実質の時間だけでなく、難病を患う長女アーニーに深い愛情を注ぐと共に、執筆する上で信仰心の厚い妻エマとの対立があったため。
 チャールズが聖書と異なる人類の起源を著すことは社会に対する反逆であり、神への冒涜を意味することから、信心深い妻エマから猛反対されていた。とはいえ2人は共に愛し合っているが、長女アーニーの難病が2人の心に暗い影を落としはじめる。
 実は長女アーニーがドラマの鍵をにぎっているのだ。
 最初、アーニーが実在しているのか否かを曖昧にし、実はチャールズの妄想なのかもしれないと思わせる。そして過去の出来事を交錯させて描くことで、父親に冒険談を話し聞かせて欲しいとアーニーが度々ねだることから、生物の食物連鎖などを理解し、親子の深い絆に結ばれていることが分かる。
 エマは教会でアーニーの病気が治ることを祈り続け、チャールズはアーニーをエマの看病を続ける。そしてアーニーの死後も、チャールズはアーニーの幻影を見続け、アーニーの幻視に向けて独りごとのように話しかけていたのだ(よほどアーニーの死が精神的ショックを与えていた)。エマはそんな夫の姿をずっと見続けていたわけだ。
 そしてチャールズは「種の起源」の執筆に取りかかり、書き上げたものを最初にエマに読ませ、どうするか否かの判断を委ねることに……。
 監督が『ジャック・サマースビー』『コピーキャット』『ザ・コア』のジョン・アミエル、製作が『ラスト・エンペラー』のジェレミー・トーマス、出演がポール・ベタニー、ジェニファー・コネリーといったネームバリューながら、現在の洋画興行不振が続く日本では劇場公開は難しいのかもしれない。

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『玄海灘は知っている』
(「東京国際映画祭2009」ディスカバー亜州電影・部門で上映)

 一昨年、TIFF(東京国際映画祭)で観た、韓国の姥捨て山伝説を題材にしたキム・ギヨン監督の『高麗葬』(63)に大感激したので、今年は同監督が61年に製作した『玄海灘は知っている』の修復版(117分、B/W)が最も気になっていた(なんとか観ることができて、とりあえずホッ!)。ただ映像及び音声が一部欠落しているため、それは日本語字幕でフォローしてあった(※脚注1)。
 第2次大戦末期……敗戦濃厚の兆しが見えた頃、本土決戦に向けて日本軍兵士を増員しようと、従軍させられたア・ロウン(英語の「アローン=孤独」から命名されたようだ)たち朝鮮人兵士の理不尽な差別を描くと共に、ア・ロウンと日本人女性の波乱に満ちたラブストーリーである。
 ア・ロウンは反抗的な態度の要注意人物として軍部に通達されるが、作品を観た限りは、さほどの問題兵には見えない。それでも日本人の上官らが難クセをつけまくり、クソのついた靴底を舐めろとか、上官が食べ残した飯を食えとか、無謀な仕打ちに耐え続ける。そんな日々を送る彼の心を癒すのが、日本人女性の秀子。彼女はア・ロウンが朝鮮人兵士と知って最初は驚くが、ここで嘘臭くなるようなヒューマニズムを持ち出さず、「朝鮮人も日本人も、先祖は同じサル……」の秀子のひと言で観客を納得させてしまうあたりが凄い。
 ア・ロウンと秀子の人種を超えたラブ・ロマンスの障害として、秀子の母親、上官たちの罠、面会に現れた韓国人女性などが絡むが、ア・ロウンと秀子はそれを乗り越えてゆく。
 波乱万丈のメロドラマとはいえ、『高麗葬』のダークなタッチとは趣きが異なるが、クライマックスでは米軍のB−29編隊による大空襲の中、ア・ロウンと秀子が日本軍の追っ手からも逃げ回ったあげく、民衆の絶望からの暴動、そして人間性の復活をも暗示させるラストに至るまでの展開に思わず唸る。最終的にはクライマックスでア・ロウンが言う、「一億年にひとつの命」に相応しく、実にギヨンらしい“生”に執着した骨太なメロドラマに仕あがっている。
 歴史的事実を脚色して盛り込みながら、仕打ちを与える日本人兵士らも魅力的な役柄として描かれ、日本人が観てもさほど不快感を与える作品にはなっていない。
 題名にある玄海灘(朝鮮と日本の間にある)はプロローグに出てくるだけだが、日本人と朝鮮人の民族間にある、醜い亀裂と深さを象徴している存在のように思われる。
 尚、本作には原作小説(同題名で邦訳出版)がある。ただ原作はシリーズ化されていて、全て邦訳されているわけだはないようだ。
 本作の映画化は1作目の小説の映画化であるが、ラストが原作と大幅に変わっているため、ギヨン監督と原作者が対立したという。
 でも、このクライマックスからラストに至るまでの展開があまりに素晴らしい。世界的に再評価が高まるキム・ギヨン作品は、機会があればとりあえずは観て欲しい。


[※脚注1]
 韓国で08年に上映された修復版を映画祭側がデジタル変換し、映像の周囲に黒フレームをつけての上映。字幕は黒フレームに出る。デジタル変換は割と美しく、フィルムの質感に近いと思えるような色味で鑑賞できた。ただし完全に修復されたわけでなく、映像しか残っていないところはサイレントの状態のままで、音声のみ残っているものは黒味に音声のみが流れた。
 映像と音声、どちらかが欠落している部分に関しては、その欠落部分の直前に、欠落部分に関する内容が日本語字幕であらましが紹介された。

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