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雅峰生の手紙
私が妻や友人に宛てて書いた郵便から

2074

闇に浮かぶ一灯の光明、どんな時にも消えないとしたら、それは自分が其処に点じたのです。何かが偶々(たまたま)其処にやって来て輝いているのではなく。
自分が点(つ)けているから消えないのです。どんな時にも変わらないというのは、そういう事なのです。

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2073

他人の愚かなまでの一途さを見た時、それに触れた時、私なら強烈な衝撃を受けます。自分は今のままでは駄目だとか、私は今迄何を甘えて来たのだとか、恥ずかしくて堪らないとか、色んな事を想います。
負けたという気がするのです。それも他の処ではなく、私が其処(そこ)で負けるというのは我慢がなりません。それは能力で負けたのではなく、資質において負けたからです。いや、私が純粋でなかったのです。自分への信頼が一気に崩れます。一途さだけが道を拓く事が出来、しかもその拓く道は迚(とて)も立派で正当な道である事を、嫌という程知っているからです。其処(そこ)で劣るのは、明白に私に落ち度が有ったからなのです。それも大きな大きな落ち度が。

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2072

中学や高校の時の恋愛を思い出して下さい。冷静もへったくれもありません。思い込んだらもう他のものなど見えません。目隠しされた馬車馬よりももっと見えていない。しかしだからといって、貴くないでしょうか。何か下等なものでしょうか。そんな事はありませんよね。寧ろその年齢であれば、冷静もへったくれもない恋愛でなければ恋愛という気がしないでしょう。
此れはそのものとしては至らない事を、純粋が全力で庇(かば)い、覆い隠す最大の例であると思うのです。純粋とはそれ程に尊いものではありませんか。

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2071

他人に説明できなくても、自分に動かし難い実感が有ればそれで十分なのです。言葉に、論理にならない想いを、何とて他人への説明の為に何かに表現する必要が有りましょうや。
人はもっと、生活に於いて自分一個の満たされた感じを重んじるべきなのです。もっとそれを尊ぶべきです。

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2070

一日の自分の仕事が済んだのか済んでないのか知りませんが、もう眠る時間です。明日の為にちゃんと身体を休めなければなりません。今日の仕事が済んでいなくても、時間切れというものです。
さあ今夜も夢に、私が間に合わなかった、私の生まれる前の昔を訪ねます。そして其処(そこ)に生きる、私が慕って已(や)まない人達に会うのです。誰も見せてくれないというのなら私は自分の夢ででもその人達に逢って、そして私が私らしく生きる為に力を得てみせましょう。

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