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雅峰生の手紙
私が妻や友人に宛てて書いた郵便から

2595

何処(どこ)の会社、組織で働くにしても、その組織の職員としての成長云々の前に、必ず人間としての成長が図れなくては話になりません。働けば働く程卑劣になる事を強いられるというのなら、そんな組織はさっさと辞めるべきです。或いは辞めないにしても、別にちゃんと自分の成長に繋がる活動を見出さなければなりません。
時は容赦無く過ぎて行きます。それは正にカウントダウンです。何処が悪い、何が悪いの分析もそれなりに重要ですが、兎(と)も角(かく)自分の時間を惜しみ、自分が納得出来る『仕事』を見付ける事が急務でしょう。

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2594

世の中で永く読み継がれている本が、必ずしも上向きで人を明るい気持ちにするものばかりではない事を説明出来ますか。わざわざ人を暗い深刻な気持ちにさせるものを、人は何故読むのでしょう。
其処(そこ)に自分の気持ちがそのまま書いてあるからですね。人は共感を求める、それで可(い)いのです。

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2593

多分私は今迄に、現実の場面よりも夢の中での方が恐ろしい出来事に出遭っています。そちらの方が多く、そして程度もずっと甚だしく。此れを言い換えて、『現実にはそれ程恐い出来事は無い』と安心すべきでしょうか。それとも『まだまだ此れから現実に、恐いものがやって来る』と油断を戒めるべきでしょうか。どちらとも謂えますし、どちらでもない気もします。
詰まり、気にしない事が一番の正解なのでしょう。私には生きて果たす使命が有ります。気にすべきはそれなのであって、夢の解釈や意義なのではないのでしょう。

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2592

「彼女、欲しいです」
職場の別の部署の、私より少し下の年齢の男性がそう言いました。その年齢になっても、矢張その想いは有るのですね。自分を理解してくれる異性の存在、それはどうしても大きいです。その事自体は自然な気持ちでしょう。
しかしもう人間の中身が見えている年齢です。見えていなければならないだけでなく、実際どうしたって見えて仕舞う年齢なのです。そういう存在が与えられればそれは良い事ですが、仮令(たとい)それが無くても、自分の一生の使命を設定しその達成が自分の日々の興味関心であるべきなのです。私は彼に就いて、此れから先に彼女が見付かる事ではなく、自分が一生かけて目指す目標が明確に示される事を願います。

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2591

子供の笑顔、老人の笑顔、どっちも捨て難い。どちらも私の気持ちを本当に穏やかにしてくれます。憂いを忘れるというのは、正にそういうものに接した時ですね。
自分独りではなく、共に生きる事を欲しているのです。そんな気持ちになる事が、言い逃れ出来ない何よりの証拠です。ならば、堂々と人と共に生きましょう。そうやって、自分というものを知って行くのではありませんか。

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