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海苔巻きに干瓢が入っていてそれがどうした、と日本人は言うだろうが 干瓢を知っている韓国人はほとんどいない。 近所に住む知人が病床の私を憐れんで、日本式の海苔巻きの差し入れを思い立ち 釜山で最も大きい市場まで出かけて干瓢~韓国語でパクコジ~を手に入れた。 最近はインターネットという便利なものがあるから、レシピを見つけて悪戦苦闘、何とか作り上げて 病院にいる私だけでなく家の亭主にまで届けてくれた。 さすがにでんぶにまでは手が回らなかったようだが、私は元々あまり好きではなかったから大丈夫。 友人が添えてくれたツツジ一輪に、外界は今山ツツジが満開であることに気づいたのである。 |
かもめよかもめ 釜山
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ソウルの光化門とは規模が違いすぎるが。 釜山の目抜き通り、ソミョン(西面)。 確か第7次キャンドルデモに`見物'に行った時の写真。 実は両側6車線を埋めた人々の波よりも 無数の脇道に溢れ出た人の方が興味深かった。 サムルノリ(庶民の伝統舞踊、とても力動的)に興ずる1団。 いろいろな署名集めのグループ。 原発廃炉嘆願の署名、して来た。 地域の住民として。 |
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朝鮮戦争をどう総括・評価するかは、韓国内でも真二つに分かれている。
朝鮮半島統一の機会を、アメリカによって妨害されたのか、
それとも国連軍(アメリカ軍)は正義の軍だったのか。
それでも、極東のかたすみで、命を失った彼らを悼む気持ちは変わらない。
この壁一面に、刻まれた国連軍兵士達の名は、アメリカをはじめ21ヶ国。
ひるがえって、靖国神社。
あそこは、「神社」と名はついていても、神社ではないと思う。
日本各地にある古来の神社とは、全く性格が違う。
神社は、支配者側と戦って敗れた者や、権力者に怨みを残して死んだ者を、鎮魂するための場所。
そして長い年月の末、その地域の住民を守ってくれるふるさと。
先の戦争を、どのように捉えるかは、人によって違うだろう。
「自衛戦争」「正義の戦争」と見る人が増えているようだ。
私は、「侵略戦争」というよりは「無謀な戦争」と考える。
親達から、戦争の悲惨さを聞いて育った世代でもある。
幼い頃、食料不足・物資不足・空襲などの夢にうなされるほどだった。
私にとっては、靖国は単なる「戦争遂行のためのアイテムだったもの」である。
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百花繚乱の春である。
木蓮・レンギョウ・梅・桜・桃、ほとんど同時に咲き始める。
ボランティアで週一の司書をしている、地域の図書館で
この春から、やはりボランティアで日本語を教えることとなってしまった。
随筆家としても知られる館長が、還暦前後の上品なソウル出身の老婦人で、
再三の要請に屈してしまったわけで。
無償とはいえ、ずいぶん久しぶりの仕事なので、どうも不安ではある。
週末はもっぱら亭主と食べ歩きである。 普段がさつな食事しかできない(しない)私にとっては、この程度の繊細さでも充分ご馳走である。
これに五穀ご飯と、小さなみそ鍋がつく。釜山市民楽洞(ミルラクドン)の【ソエ】のランチ、7000ウォン。
ところで亭主は、大いに不満である。理由はこの店に焼酎などの酒類が置いていないこと。
飯を食った気がしない、そうな。
最近の亭主のお気に入りは「アサリ汁定食」。鯖の煮込みが絶品だとか。
もちろん焼酎またはマッコルリ(濁り酒)と共に。
富平洞(プピョンドン)にて、6000ウォン。
最近は1円が約11ウォン
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今日は旧暦では大晦日。
韓国では、「カササギのお正月」というらしく、童謡にも唄われている。
何日か前の寒波の中、団地の婦人会恒例の「お正月用品バザー」。
お餅や胡麻油、菓子(日本のオコシの類い)に
婦人会会員や買い物客のお八つのための「おでん」の湯気が寒さしのぎになる。
(会員は食べ放題、客には一本500ウォン←約50円弱で売る)
会員の昼食。
私などは実はこれが目当てで、出勤しているようなものである。
椅子が足りなくて立ち食いでもいい、たっぷり食べられればそれでよし。
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