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先日、友人たちとドイツレストランで食事をしていて
ちょっと笙を吹いてみてと言われたので
そこに居た10人ほどの見知らぬ人や店の人をお客に
ちょっと演奏した。
なかなか自分にとっては楽しい時間だったが
ふと、最近いろいろなところで見かける
「プロにただで仕事をさせるなんてもってのほか」
のような投稿を思い出した。
「プロになるまでにもの凄いお金がかかっているんだからそこに対価を払うのは当然」
とか
「商品をただでよこせと言っているのと同じ」
とか
「プロだったらちゃんとお金を取らないと他の人の仕事もなくなる」
とかなんとか
「プロがただで仕事をして良いか」
とか
私にはとても違和感があった。
確かにおっしゃることはその通りです。
でも嫌なら断れば良いだけで
ただでもやりたい人はやればいい。
(みんなでよってたかってこれはひどいなんて言ってても何にもならないのに)
それより何より私が違和感を感じるのは
自分がした仕事の対価や評価の基準が
この人たちにとってはお金だけなのかと。
私はむしろ金額がどうとか以前にそれをやりたいかやりたくないかで判断する。
お金が貰えなくとも自分が充実し満足できればそれはお金には換えられない
対価を得たことになる。
逆にやりたくない仕事でもお金が貰えればふところは満足する。
自分自身がどう納得すればいいかだけで
依頼する人が何を与えてくれるかなんて物よりも
自分自身がその仕事にどう価値を見出すかが重要だ。
だから私はノーギャラでも
そこに価値を見出した時は
喜んで演奏する。
お金に換えられない物を得られると思った時は。
でも
お金下さい
心の満足では空腹は満たされません。。。
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2009年頃から書き始めていた
笙〜作曲のための楽器法〜
日本語版とドイツ語版
とりあえず完成。
作曲家が笙の作品を書くのに
必要な資料をひととおりまとめました。
すでにこの資料を使って
多くの作曲家が作品を完成させています。
全24ページの本の体裁にまとめましたの
ご希望の方は連絡下さい。
(前書きより)
はじめに 1300年の歴史を誇る雅楽。 世界最古のオーケストラともいう雅楽の中の楽器“笙” 平安時代以来、雅楽の曲が新たに作曲されることはほとんどなくなった。 雅楽が日本の作曲家のみならず、海外の作曲家からも脚光を浴び出して次々と作品が生まれるようになったのはここ半世紀ほどであろうか? 雅楽の楽器の中でも、また数多くの楽器の中でも特異な存在である笙という楽器。この楽器の存在は多くの作曲家の創造力を駆り立てるのにふさわしい魅力を持っている。 ただ単に神秘的であった楽器から表現力豊かな独奏楽器としての地位を十分に築き上げるだけの魅力を持つまでに進化したといっても良いであろう。 持続する音・和音の楽器から、旋律楽器としての可能性を育み、さらにこの非常に限られた楽器の中から、複雑な幾重にも折り重なる旋律を同時に演奏する多様な表現力を生み出した。 (中略)
優秀な作曲家の研究と探求心により、笙の可能性はさらに飛躍的に進化させ、次々と超絶技巧による作品も生まれている。
これからも多くの作曲家がこの笙のために作品を生み出し、さらならる可能性を進化させていくことを願っている。 作曲のために必要な情報をなるべく多くの譜例を挙げ説明していこうと思う。 2009年3月-2014年4月 真鍋尚之
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もう明後日の話しですが
真鍋尚之 笙ライヴ
〜清水一徹プロデュースシリーズ vol. 1 があります。 横浜関内の
リキュール・アンサンブル
開場18:00 開演19:00 ライヴチャージ ¥3,000〈ワンドリンク付き 入替なし〉 申込は下記のFace Bookページから。 https://www.facebook.com/events/726493730716482/ ちょっとしたサロン風の雰囲気の良い会場で
20名限定です。
定員になり次第締め切りますのでご予約はお早めに
壹越調調子(雅楽古典曲) 一柳慧「星の輪」(1983) R.Platz「線香花火」(1997) 清水一徹「SAW」(世界初演) (休憩) 伊藤 巧真(新作初演) 湯浅譲二「原風景」(1988) 川島素晴「手遊び十七孔」(2008) 1300年前に雅楽と共に日本に伝来した「笙」 その歴史の中で決して独奏される事の無かった笙 30年間の独奏楽器としての歴史を俯瞰する演奏会です。 |

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halb leer (半分空っぽ)
halb voll (半分満ちてる) どちらも例えばコップに水が半分入っていて 半分「しか」「ない」 と思うか 「まだ」半分「ある」 と考えるかによって見方が全然違うという例え。 ベルリンに住んでひと月経った頃、 「あ〜もうひと月経ってあと11ヶ月しかない」 って嘆いていたら 「あと11ヶ月もあるじゃない」 とドイツ人に言われた。 ドイツ語ではnurとnochの違いだけど 私のドイツ人の友人達は常にこのようにポジティブに生きていた。 どうせ短い人生、 出来ない事に対して嘆いたり不平不満を漏らすより 出来る事に喜びを感じて、可能性を追求して行った方が 楽しく生きていけるじゃん。 どちらにしても自分は自分以上にはなれないんだから。 あ〜あ 私の人生 もう半分以上終わってしまった あれもやりたいし これもやりたいし でも お金もないし 時間もないし いまさらこの歳じゃあ遅過ぎるし 世の中は僕の事を 認めてくれないし |
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先日、
時間割を作りました。
去年は本当にいろいろといそがしく
ヨーロッパ公演をオーガナイズするために
毎日メールを書き、
いろいろな準備のために思い悩み
演奏をする代わりに
雑用ばかりしていました。
芸術家であるのにも関わらず
芸術的な生活は全くおくれず
(その上、忙しかったのに
ちっとも儲からず
貧乏ひま無し)
7月〜11月まで
日本滞在3週間を3度
計4度ヨーロッパへ行きました。
その一連の公演が終わった
12月から
時間は沢山あったのですが
すっかり何もせずに過ごしました。
なのでもうそれからふた月
そろそろ活動を始めないと
と考え。。。
規則正しく真面目に生きるために
時間割を作ってみました。
7:30から9:00までメールと雑用。
9:00から10:30まで雅楽の練習。 10:30-12:00ドイツ語の勉強。ベルツの日記を読む 14:00-19:00 現代曲の練習。 ベルツの日記は昨年7月にビーティヒハイムで演奏した時に
手に入れたものです。
ドイツ語で読むのは難しいのですが
とても興味深いです。
まず1-2ページ、辞書無しで読みます。
大体のことはわかるのですが
不明な言葉を辞書で引いてメモしていきます。
ほとんど辞書無しでいけるところと
重要なところはかなりの単語を調べます。
この作業はとても時間がかかり、
今やっと28ページまで来ました。
150年前、
ドイツの青年が
日本へ来た時の
まだ開国して
10年も経たない
日本という国が
ドイツ人の目にどういう風に写り
また、
彼が考えていたことが
今もなお
現代の日本人への
忠告ともなり得る
洞察力のある言葉を
発していることがとても
興味深いです。
そのいくつかを紹介します。
日本語には訳せないので
要約です。
ライプツィヒ1876年3月30日
Abschied auf Abschied
この響き格好いい
なんて訳すのかな?
分かれに際して
友達、同僚、家族、兄弟、誠実な・・・役人よ
2ヶ月後日本に着きます。
1876年6月26日
君たちは驚くだろう
現在、我々ドイツの医学と
ドイツ語が日本に輸入されていると言うことに。
これは日本人が大きな信頼を我々に寄せていると言う事が
まず第一に言えることだ。
1876年10月25日
君たち、大体のことを想像して欲しい、
日本人が10年にもならない間に
中世の騎士や封建社会
教会や修道院、組合社会等があった時代
それがたった昨日今日と言うひと息に
500年もの我々ヨーロッパの文化発展を
ひらりと飛び越えて、
また同時に
その間の19世紀の成果の何もかもを
すぐに自分たちのものにしてしまおうとする
それは巨大な「革命」であり 「進化」と言う事を言うことは許されない。
しかしそのような巨大な跳躍
・・・
この先は上手く訳せない。。。
それによって日本人が首を折らないことを望む
(ひどい目に遭わない、破滅しないことを望む)
この様な事態に際して事実をねじ曲げたりするよく起こる。
・・・
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ここには
さらにベルツ博士の
現代にも通じる
言葉と忠告が書かれている
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