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何が腹立つか
考えていた。 耐え難い苦痛 何故これだけ ストレスがたまるのか。 たぶん 強要された自粛 言論統制 思想の自由の剥奪・規制 徒党を組む 都合の良い不謹慎 これらの中にはどこにも”自”も”己"も無い。 自分がこうしたい と思うのではなく 周りがこうしているから 自分もこう“しなければいけない” という強迫観念に駆られ その言い訳として "自粛”や”不謹慎”という看板を 隠れ蓑にとって盾にしているだけだ。 こんな暗い話題に溢れた 今日この頃 それでもちゃん世の中には 春が訪れている。 「こんな世の中が大変な時代に 人々の気持ちも知らずに のうのうと花を咲かせる この花はなんて不謹慎なんだ 少しは慎め、 日本に生きているのなら そんな事くらいわきまえろ! こんな花は日本国の的だ 国賊だ! 切ってしまえ!」 とどっかの独裁者に言ってもらいたい。 と まぁ 前置きは長いのだが 昨日、金曜日 4月8日 さくらを見に行ってきました。 満開でした。 桜が咲いて美しい だから観に行く そんな当たり前の感覚を 美しいものを美しいと思える感覚を 失いたくない。 半蔵門から千鳥ヶ淵を歩きました。 菜の花や紫の花(なんて花だろう?) 緑とお堀のコントラストが良いです。 これは北の丸公園の入り口。 昨日は曇り空だったので 夕焼けがかわった色で ちょっと幻想的でした。 今日の強風と雨でだいぶ散ってしまったのかなぁ? まだ明日も楽しめるでしょう。 で、何故花見かというと 本来の目的は飲み会だったのです。。。 私の学生たちと久しぶりに集まろうということで 来月ドイツに行く私の壮行会?!も兼ねて。 で近いので 「花見行こう!」 って声を掛けました。 怪しいマスクの女達。。。 花見と言えば 当然 桜の下で でも屋台はひとつもなく いや、飲んでも飲まなくってもどうでも良かったんだけど 仕事を奪われてしまっているテキ屋さんを少しでも協力したかったけど。 桜祭りが中止になって 仕事を奪われている人がどれだけいるのだろうか? どっかのイベント会社もつぶれたとか。 テキ屋はテキ屋でこの時期に稼がなかったら 一年間何をして生きていけばいいのだろう? 彼らは彼らで自分の仕事に誇りを持って生きているだろう。 しかし、その誇りある仕事を不謹慎呼ばわりされて どんな思いなのだろうか? 彼らもある意味被災者である。 どっかの都知事が 連帯感何だり言っているそうだが http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110409dde001040024000c.html このくだり ---毎日.jpより引用 自粛ムードは震災直後から始まり、3月29日に石原慎太郎東京都知事が「同胞の痛みを分かち合うことで連帯感ができてくる」と自粛を呼びかけた。蓮舫・節電啓発担当相は4月1日に「権力により社会活動を制限するのは最低限にとどめるべきだ」と反論した。 ---以上引用終 自己満足のための同情 そこから押しつけられた ネガティブな思想の上に立った 連帯感なんて連帯感とは言わない。 個人の思想を奪うただの締め付けだ。 強要された自粛は 「じしゅく」とは言わず 「いしゅく」と言う。 名言!(Fさんありがとう) (勝手に引用) 自分の内側から湧き上がってくる信念ではなく 他人がそうしているから 他人の目が怖いから。 そういう「自粛」は たにんから「萎縮」して 自分の信念を貫けないだけである。 それを権力によって押しつけるなんてのは ただの独裁でしかない。 戦時中の思想の抑制はこんなんだったんだろう。 (戦時中はみんなそうしてたっていってるもんなぁ・・・) これだけ信念を持って めちゃくちゃな一方的な 自分の考えを表明できること”だけ”は 本当にすばらしいと思うが。 内容には共感しない。 後者の”意見”に同意する。 同意するけど 後者に共感もしない。 だいたい政治家の言うことなど 興味ないが。 テキ屋は破産していくであろう。 イベント会社はつぶれるだろう。 音楽家もやっていけなくなるだろう。 サービス業は全て窮地に立たされるだろう。 でも 「天災」に始まったことを 「天罰」などと称して 弱いところに 「神聖」なる「自粛」や「連帯」「美しい日本人の心」を理由に 「人災」を作りだしている事には安定した職業に就いている 彼らは気付いていないだろう。 この責任をどう取り保証するつもりだろうか? 「綱紀粛正」 「贅沢は敵だ」 「歌舞音曲禁止」 そんな事、言ったとしても 桜祭りに関係しているイベント会社は 一方的にキャンセルさせられたのだから キャンセル料もらう権利はありそうなものだが。 やはり弱いところが背負うんだろうなぁ。 そんな戒厳令の下でも しっかり自分のすべき事をわきまえ 花見に現れる人たちに 自粛を呼びかける必要など無い。 みな衝撃を受け 悲しみ憂えんでいる。(それ以上は書かない) ポジティブに生きられるようになった時 どんな困難も乗り越えられる力がわいてくる。 (一応保身のために書く) 夜のライトアップがなくっても 桜はちゃんと夜の暗闇と 街灯に照らされるあかりで 綺麗に咲いている。 「芸術とは何か?」 大学の講義の中で 学生たちに問い続けました。 私自身わからなかったから・・・。 学生たちはいろいろな考えを私に指し示してくれました。 "人間の根源” ”無くてはならないも” ”芸術無くして人は人間らしく生きていけない” usw... 立派な答えが返ってきます。 しかし、最近私はひとつの結論を見つけました。 "別になくても困らない” ”不要なもの” ”いざというときは最初に消えていくもの” Man kann nicht Hunger mit der Kunst befrieden. 空腹は芸術では満たされない。 誰が明日のご飯を買うお金がない時に コンサートのチケットを買うでしょうか? 誰が住む家がないのに コンサートを聴きに出掛けていくでしょうか? 誰が家も食べる物もないのに 演奏会を企画して練習して演奏するでしょうか? 音楽をしようと思わないのだったらしなくてもいい。 その人にとってそれは不要なものなのだから。 不要なものは不謹慎であり自粛しなければいけない。 そういう人たちはどうぞそうして下さい。 でも、私は音楽家であり芸術家であり そこに生きているのだ。 お笑い芸人は誇りを持って お笑いをおこなって下さい。 絵描きは堂々と 絵を描いて下さい。 音楽家は 音楽を演奏すればいい そこに何の理由もいらない。 出来ないのならば しなければいい。 引け目に感じるのなら やる権利はない。 それだけだ。 そんなよくわからない事ばかり言っていても 共感してくれる学生はいるんだなぁ。 集まったのは 去年取ってた学生と 一昨年取ってた学生と 4年前取ってた学生 計7人 あれ、3年前が・・・ 彼女たち卒業したんだなぁ。。。 そういえば一番盛り上がっていたような気もするんだけど。 卒業のお祝いも言わないままだったなぁ。 とかしみじみしていると ごっそりでっかい袋をどっかから持ってきました。 ビールばっかり飲んでないで ちゃんと名刺作って持ち歩いて 渡して売り込むようにと 名刺入れ。 ドイツに行っても 寂しくないように?! クッション。 放射能マークかよ?? 袋に入れたまま持っていって ドイツ人の前で Ich komme aus Japan mit der Radioaktivitaet. とか言って取り出してみようかなぁ〜 「一応、これを君たちと思って だっこして寝るよ」 と言ってみました。(これセクハラ発言にならないよね・・・) そして 飛行機で快適に過ごせるように 靴下。 これ和紙で出来た靴下なんです。 あれ?ぶつぶつ文句言ってないで ちゃんと地に足付けて歩け って事かな?? まぁいいや 桜の花が咲いているうちに テキ屋を見つけて ビールを飲もう |
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2011年04月09日
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