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一目惚れ
ってのは
あんまり記憶にないけど
ひと音惚れってのはよくあるなぁ。
この人はすごい
って
そうするとCD買いまくったり・・・。
近寄っていってナンパしたり
(奥手なくせに?!そういう時は不思議と積極的なんだよな)
で
この間は
一言惚れ
A氏「お酒強そうですね」
Bさん「いやぁ、そんなことないですよ、六合くらいしか飲めません」
私「六合ぐらい”しか”!!!」
かくしてわたくしは六合さんと呼ぶようになったのです。
ごめんなさい
私が悪かったです
修行が足りませんでした
もう、どこまでもついていきます
って感じです(意味不明)
そういえば
この間
山手線で
品川から乗っていると新宿辺りで
今まで見たことのないような
綺麗な人が乗ってきて向かい側の席に座った。
でも、もう次の駅で降りなければいけない
このまま2〜3駅先まで乗っていくか
でもあんまり時間が無い
でも降りたくない
涙をのんで
高田馬場で下車
そして改札まで行くと
予定の時刻より10分位早い
あれ?
どこ行くんだっけ??
大塚。。。
ってもっと乗っていられたんじゃん
あ〜美人に目が眩んで思考回路がおかしくなったのか
ただのおっさんになったのか
たぶん
あまりにむかつきすぎて
やけくそになっているんだと思う
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たわごと
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先日、友人たちとドイツレストランで食事をしていて
ちょっと笙を吹いてみてと言われたので
そこに居た10人ほどの見知らぬ人や店の人をお客に
ちょっと演奏した。
なかなか自分にとっては楽しい時間だったが
ふと、最近いろいろなところで見かける
「プロにただで仕事をさせるなんてもってのほか」
のような投稿を思い出した。
「プロになるまでにもの凄いお金がかかっているんだからそこに対価を払うのは当然」
とか
「商品をただでよこせと言っているのと同じ」
とか
「プロだったらちゃんとお金を取らないと他の人の仕事もなくなる」
とかなんとか
「プロがただで仕事をして良いか」
とか
私にはとても違和感があった。
確かにおっしゃることはその通りです。
でも嫌なら断れば良いだけで
ただでもやりたい人はやればいい。
(みんなでよってたかってこれはひどいなんて言ってても何にもならないのに)
それより何より私が違和感を感じるのは
自分がした仕事の対価や評価の基準が
この人たちにとってはお金だけなのかと。
私はむしろ金額がどうとか以前にそれをやりたいかやりたくないかで判断する。
お金が貰えなくとも自分が充実し満足できればそれはお金には換えられない
対価を得たことになる。
逆にやりたくない仕事でもお金が貰えればふところは満足する。
自分自身がどう納得すればいいかだけで
依頼する人が何を与えてくれるかなんて物よりも
自分自身がその仕事にどう価値を見出すかが重要だ。
だから私はノーギャラでも
そこに価値を見出した時は
喜んで演奏する。
お金に換えられない物を得られると思った時は。
でも
お金下さい
心の満足では空腹は満たされません。。。
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halb leer (半分空っぽ)
halb voll (半分満ちてる) どちらも例えばコップに水が半分入っていて 半分「しか」「ない」 と思うか 「まだ」半分「ある」 と考えるかによって見方が全然違うという例え。 ベルリンに住んでひと月経った頃、 「あ〜もうひと月経ってあと11ヶ月しかない」 って嘆いていたら 「あと11ヶ月もあるじゃない」 とドイツ人に言われた。 ドイツ語ではnurとnochの違いだけど 私のドイツ人の友人達は常にこのようにポジティブに生きていた。 どうせ短い人生、 出来ない事に対して嘆いたり不平不満を漏らすより 出来る事に喜びを感じて、可能性を追求して行った方が 楽しく生きていけるじゃん。 どちらにしても自分は自分以上にはなれないんだから。 あ〜あ 私の人生 もう半分以上終わってしまった あれもやりたいし これもやりたいし でも お金もないし 時間もないし いまさらこの歳じゃあ遅過ぎるし 世の中は僕の事を 認めてくれないし |
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できる事ならば
良い音楽を毎日沢山聴いて
時々仕事に出掛け
たまには
作曲して
演奏は
誰か他の人にしてもらって
そうじゃない
もっとこう
とか言う
毎日であったならなぁ
今は12月31日が締切だった
2月9日にベルリンで初演の
アンサンブルの作品を書いています。
自分で演奏しないと思うと
なんと楽しいのでしょう。
って言うかまだ終わらないけど。
だいたい音多すぎるんだよな。
この芸風何とかしたい。
でもこれを書き終わったら
また練習をしないと。
8割休暇
2割仕事
で
ドイツへ行く予定が
演奏がどんどん入ってきて
(ってちょっとですが)
新しい曲も2曲。
レパートリーに成り切ってない
1回しか演奏していない曲も
数曲さらわないといけないし。
やっぱり
私は演奏家じゃないんだなと
リサイタル前につくづく思いました。
日々、毎日
技術を落とさないための鍛錬と
新しいものを作っていくのとは
相反する
と言うか
それを同時進行できるほど
私には能力がない。
曲を書いている時に
練習に集中できないし
練習をしだすと
もう曲は書けない。
その上
リサイタルの前ともなると
雑用の嵐。
チラシ送ったり
チケット送ったり
招待状送ったり
ひとつひとつメールで確認してからじゃないと
招待状送れないところもあったり・・・
後援の依頼とか
企画書添付したり
みんな連れてきて下さい〜とか
ホールと打ち合わせしたり
プログラム作ったり
これがまたドイツ語と英語を
日本語にしなくちゃいけなかったり
文字数調整したり
その上、
12月頃は
いろいろな申請書の締切で
来年の海外での公演の
助成申請書を作り
資料を用意し
そんなこんなしている時に
2月の予定を教えろだの
曲目を決めろ
演奏時間を教えろ
招待状を転送しろなど
ドイツ語で
かなりあっちこっちから
ドイツ人、
ちゃんと答えるまで
許してくれないですから。
いいかげん
誰かアシスタントでも
雇わない限り
やってられないですよ。
でも
誰かに頼めるほど
儲からないしなぁ。
音楽だけに集中して
生活できれば
もうちょっと
いろいろ向上するんだろうけど。
もうちょっと偉くなって
有名になって
お金持ちになって
誰かがマネージメントでもしてくれれば
私の活動ももっと出来るんでしょうけど。
でも、そんな風になる頃には
もうきっと年を取りすぎて
衰えているでしょう。
と、
まぁ
愚痴に終始しましたが
もうひと息
曲が仕上がれば
後は楽しいドイツ行きが
待っています。
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