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マウリツィオ・ポリーニ Pf
カール・ベーム指揮
ウィーン・フィルで
ブラームス ピアノ協奏曲第1番ニ短調
ポリーニの弾くプロコフィエフとストラヴィンスキーで
すっかりポリーニ病に罹ってしまったわたくし・・・
次に聴くのは何にしようと悩みつつ・・・。
ベートーヴェンの協奏曲はいまだに避けて通っているし・・・。
ショパン・・・う〜ん・・・
!!??(ぴかっ!!!)
ブラームスっ!!!
そうだ!
これはブラームスに行くしかない!
って事で!?
ブラームスのピアノ協奏曲を探し出したのが
1〜2週間前。
HMVやらタワーレコードを漁りました。。。
これは悩む。
2種類あるんです・・・。
ウィーン・フィルとベルリン・フィル。
究極の選択。。。
ウィーン・フィルは
1979年(1番)1976年(2番)
ベルリン・フィルは
1995年ころ?
1979年の1番はカール・ベーム指揮!!
それ以外はクラウディオ・アバド。
どうもアバドは敬遠したいというか
食わず嫌い。
マーラー一枚持っているけど。
1976年の2番がベームだったら
間違いなく即決だったんだけど。
ベームはわたしの中でかなり好きな指揮者。
バイロイトとの「トリスタンとイゾルデ」は絶品です。
それから「リング」もかなり愛聴盤。
オペラ以外で持っているのはベートーヴェンの9番くらい。
ベーム&ポリーニなんて最高の組み合わせ!
と思いつつ・・・
しばらくどれにしようか悩もうと思っていました。
そんな中
今日は超勝手なヤツの話を聞き
(自分の事しか考えられず
周りを見渡し、そうすると他の人が
どうなるかって事も考えられない人。
そんな人が自分より上の立場にいると
どうにもならない)
ムカムカしながら帰る途中、
ふっと吸い寄せられるように新星堂へ・・・。
ベームとポリーニが私に向かって微笑んでいました^^;
1,000円!
もう買うしかない!
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即決です!
もう、今日5回目です^^;
これは、ベームがまず素晴らしい。
出だしから凄まじい集中力で迫ってきます。
ベームは1894年生まれだからこの時85歳だったんですね。
亡くなる2年前。
最晩年にこんな凄い演奏があるなんて。
1942年生まれのポリーニは37歳。
私がプロコフィエフやストラヴィンスキーで聴いた
ポリーニの音楽は確かにここにもあった!
ちまたに溢れるポリーニ評は
「技巧的」というのが圧倒的に多い。
私が目にしたものをおおよそまとめると
完璧なテクニックを持ち
機械的で
冷徹な・・・
みたいな印象を受ける。
そんな鋼の鎧を着た鉄仮面のような
ポリーニのイメージは
私が聴くこの2枚の演奏からは
まったく感じられない。
まぁそう感じる人がいてもそれも
そうなのかなぁと思うが。
技術とは完璧にコントロールできる可能性のあるものである。
しかし、
感情を完璧にコントロールすることはおそらく不可能であろう。
そういった意味で完璧な演奏をしたのは
カラヤンではないだろうか?
カラヤンの演奏は一瞬の隙もなく
厳格でありどこにもよどみがない。
2回本番をすればおそらく
どちらがどちらかわからない演奏をするであろう。
感情を完璧にコントロールしようとした代表格は
クライバーであろう。
より高いところへ高いところへと
常に向かうエネルギーが一致した時は
もの凄いものとなるが
ほんの一本でも
髪の毛ほどのずれがでた時に
完全に空転してしまう。
82年のベートーヴェンの7番を聴くと
その空回りが聞こえてきてしまう。
しかし、それでもなお素晴らしいのには
変わりないのだが。
さて、ポリーニは私には断然後者である。
おそらく「冷徹非情な鉄仮面」は
前者として捉えた時の姿かも知れない。
この研ぎ澄まされた
鋭い刃物のようなピアノの音、
これはポリーニが身体の全ての
神経を指先に凝縮して出している音である。
ピアノという楽器は息を使わない楽器である。
だからこそ、もっとも「呼吸」をしていないと
いけない楽器であるはずである。
私はこの長いフレーズを一息で
頭の先から足の先
全ての皮膚細胞から毛細血管を通し
酸素を取り込み
指先に送り込んでいる姿が目に浮かぶ。
ぎりぎりの呼吸まで追い込み
一つのフレーズを歌い上げていく。
この微妙なテンポの揺れや
一瞬の「間」はそんな「呼吸」の
証である。
これはある意味、楽譜の深い読み込み
と密接な関係がある。
音楽の形を明確に提示するためには
大きな長いスパンを一つに繋げなければ
ならないからだ。
繋がるはずのないものを繋げようとする
それはそこにかける感情以外の何者でもない。
技術的に完璧な演奏を目指すのであれば
このような事はしなければいいだけである。
非情に高いテンションの中で
なおも技術が崩れないから
憎たらしいのだろう^^;;
もしかしてこの「感情」の部分が
抜けた時に冷徹な鉄仮面が顔を現すのかも知れないが・・・。
いつもそんな最高の状態で演奏できるはずがない。
それは追い込めば追い込むだけそういう可能性が
増していく。
そんなことを十分知っていたからこそ
ポリーニは演奏をしない時期があったのかも知れない。
そして、クライバーはまったく演奏しなくなった・・・。
演奏をするということは
命がけでもあり
身を削って演奏しているのです。
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