酔っぱらいのたわごと

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Pollini

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10日ほど前に届いた
ポリーニ・エディション=12枚+ボーナスCD1枚
ベームのブラームス交響曲全集=3枚
ヴンダリヒ全集=7枚

イメージ 1


もちろん最初に聴くのは
ポリーニ=ベーム「皇帝」!!

すみません
モーツァルト飛ばしました・・・。


3月9日に買ったポリーニ=ベームの
ブラームス・ピアノ協奏曲第1番は
毎日一回以上は聴いている。。。

1979年、ベームが85歳とは思えない
凄まじい演奏をしている。
対するポリーニもさらに輪をかけて素晴らしい。
ぎりぎりのところを攻めていく。
ポリーニのこの演奏は前へ前へと突き進んでいく。
もう少しで破綻をきたすところまで
ぎりぎりを突いていく。
それを85歳のベームも受けるのではなく
ぎりぎりでしのぎ合うのである。

まぁ、このCDに関してはまた書く事として・・・


ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」
1976年6月の録音。
ブラームスからさかのぼる事3年。
この二人の初共演はいつなのだろうか?

だいたいベートーヴェンの交響曲はよく聴くが
ピアノ協奏曲なんて(すみません)ほとんど
聴かなかったのだが・・・


最初の序奏のソロからもの凄いスピードで弾き始める。
それに応えるウィーン・フィルも鋭いパンチが効いている。
ポリーニのピアノがオーケストラの音を引き出しているような
緊張感で第一主題へとつづく。
後半に行けば行くほどポリーニの血圧は上がっていき!?
前へ突っ込んでいく感覚は大きくなっていく。

この「突っ込んでいく」というのは
決して「走っている」というのとは違うのである。

前へ前へ行き決めるべきところでためてはいる、

ベームの指揮も長いゴムをめい一杯引き
ピンポイントでビシッと当てる

この「間」と絶妙の「呼吸(いき)のあった演奏」が
たまらない。



in Tempoの中の究極のルバート



これがもの凄いエネルギーを湧き起こし
オーケストラと共に何倍にも膨らんでいき
凄まじい集中力と迫力、
そして鋭い切れ味を出している。

このルバートは作られたものではなく
とても自然なのである。
それはまさしく呼吸しているスピードに等しい。

それにしても
攻めて攻めて攻めまくる時や
攻めきった後の引いてくる感じ、

どこにも、今、息を吐いている
今、吸っている
と言うのが感じられる。

だからこそ一緒に息をしてしまい
その音楽の中に入り聞き入ってしまう。
何度聴いても飽きる事がない


この絶妙の二人のバランスは
3年後のブラームスで
さらに何倍の緊張感と完成度を上げている

そもそも、昨日仕事を終え次第大急ぎで帰宅。
16時過ぎより夜中まで8時間にわたり・・・
途中、ベームやらヴンダーリッヒを挟みながら
ポリーニを聴き続け・・・。
ベートーヴェンのピアノソナタにさしかかった辺りから
吐き気と頭痛が・・・

そんな訳で急性ポリーニ中毒に罹ってしまったわたくしは
しばらくソロは封印せねばならない運びとなってしまいました・・・


@@;

あほなことしてないで
しごとしよ・・・
http://www.tokyovalley.com/yahoo_blog/article/article.php

ポリーニとベーム

首を長〜〜〜くして待っていた
ポリーニエディションと
ベームのブラームス交響曲全集
そして
ヴンダーリッヒ

ポリーニのブラームス;ピアノ協奏曲第1番
@ベームを聴いて以来
ポリーニ中毒に陥っていた私は
どうしてもポリーニなのか
ベームなのか確かめなければならなかった!??

もう毎日2回以上再生・・・

ベームが凄い

対するポリーニは凄まじい・・・


これは
ベームがポリーニに絶大なエネルギーを与えたのか?

ポリーニが80過ぎの老人!?を本気にさせたのか・・・?



結論から言えば断然ポリーニである。


ポリーニがベームを突き起こした事を
確信した。

同じブラームスのアバド盤も
確かに素晴らしいが
ポリーニを受け止めるには
少々アバドには荷が重いようにさえ思えてしまう。

同じ頃の録音でベームの中でもきっての名盤である
ブラームスの交響曲全集も
ポリーニとの共演の前では色あせてしまう。


そんな訳で・・・

マウリツィオ・ポリーニ Pf
カール・ベーム指揮
ウィーン・フィルで
ブラームス ピアノ協奏曲第1番ニ短調

イメージ 1


ポリーニの弾くプロコフィエフとストラヴィンスキーで
すっかりポリーニ病に罹ってしまったわたくし・・・


次に聴くのは何にしようと悩みつつ・・・。
ベートーヴェンの協奏曲はいまだに避けて通っているし・・・。
ショパン・・・う〜ん・・・


!!??(ぴかっ!!!)

ブラームスっ!!!

そうだ!
これはブラームスに行くしかない!


って事で!?
ブラームスのピアノ協奏曲を探し出したのが
1〜2週間前。
HMVやらタワーレコードを漁りました。。。

これは悩む。
2種類あるんです・・・。
ウィーン・フィルとベルリン・フィル。
究極の選択。。。

ウィーン・フィルは
1979年(1番)1976年(2番)

ベルリン・フィルは
1995年ころ?

1979年の1番はカール・ベーム指揮!!
それ以外はクラウディオ・アバド。

どうもアバドは敬遠したいというか
食わず嫌い。
マーラー一枚持っているけど。


1976年の2番がベームだったら
間違いなく即決だったんだけど。

ベームはわたしの中でかなり好きな指揮者。
バイロイトとの「トリスタンとイゾルデ」は絶品です。
それから「リング」もかなり愛聴盤。

オペラ以外で持っているのはベートーヴェンの9番くらい。

ベーム&ポリーニなんて最高の組み合わせ!
と思いつつ・・・

しばらくどれにしようか悩もうと思っていました。


そんな中
今日は超勝手なヤツの話を聞き
(自分の事しか考えられず
周りを見渡し、そうすると他の人が
どうなるかって事も考えられない人。
そんな人が自分より上の立場にいると
どうにもならない)
ムカムカしながら帰る途中、
ふっと吸い寄せられるように新星堂へ・・・。

ベームとポリーニが私に向かって微笑んでいました^^;
1,000円!
もう買うしかない!

(↓↓↓一番下とこでは899円で売ってました。
3,500円以下だと送料かかりますが・・・)


即決です!



もう、今日5回目です^^;

これは、ベームがまず素晴らしい。
出だしから凄まじい集中力で迫ってきます。


ベームは1894年生まれだからこの時85歳だったんですね。
亡くなる2年前。
最晩年にこんな凄い演奏があるなんて。

1942年生まれのポリーニは37歳。

私がプロコフィエフやストラヴィンスキーで聴いた
ポリーニの音楽は確かにここにもあった!


ちまたに溢れるポリーニ評は
「技巧的」というのが圧倒的に多い。
私が目にしたものをおおよそまとめると
完璧なテクニックを持ち
機械的で
冷徹な・・・
みたいな印象を受ける。
そんな鋼の鎧を着た鉄仮面のような
ポリーニのイメージは
私が聴くこの2枚の演奏からは
まったく感じられない。
まぁそう感じる人がいてもそれも
そうなのかなぁと思うが。


技術とは完璧にコントロールできる可能性のあるものである。

しかし、
感情を完璧にコントロールすることはおそらく不可能であろう。


そういった意味で完璧な演奏をしたのは
カラヤンではないだろうか?
カラヤンの演奏は一瞬の隙もなく
厳格でありどこにもよどみがない。
2回本番をすればおそらく
どちらがどちらかわからない演奏をするであろう。

感情を完璧にコントロールしようとした代表格は
クライバーであろう。
より高いところへ高いところへと
常に向かうエネルギーが一致した時は
もの凄いものとなるが
ほんの一本でも
髪の毛ほどのずれがでた時に
完全に空転してしまう。
82年のベートーヴェンの7番を聴くと
その空回りが聞こえてきてしまう。
しかし、それでもなお素晴らしいのには
変わりないのだが。


さて、ポリーニは私には断然後者である。
おそらく「冷徹非情な鉄仮面」は
前者として捉えた時の姿かも知れない。

この研ぎ澄まされた
鋭い刃物のようなピアノの音、
これはポリーニが身体の全ての
神経を指先に凝縮して出している音である。

ピアノという楽器は息を使わない楽器である。
だからこそ、もっとも「呼吸」をしていないと
いけない楽器であるはずである。

私はこの長いフレーズを一息で
頭の先から足の先
全ての皮膚細胞から毛細血管を通し
酸素を取り込み
指先に送り込んでいる姿が目に浮かぶ。
ぎりぎりの呼吸まで追い込み
一つのフレーズを歌い上げていく。


この微妙なテンポの揺れや
一瞬の「間」はそんな「呼吸」の
証である。


これはある意味、楽譜の深い読み込み
と密接な関係がある。
音楽の形を明確に提示するためには
大きな長いスパンを一つに繋げなければ
ならないからだ。
繋がるはずのないものを繋げようとする
それはそこにかける感情以外の何者でもない。


技術的に完璧な演奏を目指すのであれば
このような事はしなければいいだけである。

非情に高いテンションの中で
なおも技術が崩れないから
憎たらしいのだろう^^;;

もしかしてこの「感情」の部分が
抜けた時に冷徹な鉄仮面が顔を現すのかも知れないが・・・。
いつもそんな最高の状態で演奏できるはずがない。
それは追い込めば追い込むだけそういう可能性が
増していく。

そんなことを十分知っていたからこそ
ポリーニは演奏をしない時期があったのかも知れない。

そして、クライバーはまったく演奏しなくなった・・・。


演奏をするということは
命がけでもあり
身を削って演奏しているのです。

ポリーニ

今日、HMVで注文していたCD2枚が届いた。

本当は4枚頼んだのだが
入荷が遅れまずは2枚。

マウリツィオ・ポリーニの
ストラヴィンスキー「ペトルーシュカ」からの3章
プロコフィエフ「ピアノソナタ第7番」ほか

ロストロポーヴィッチ
ショスタコーヴィチ「チェロ協奏曲第1番」
オイストラフ
ショスタコーヴィチ「ヴァイオリン協奏曲第1番」

この2枚。

まず今日はポリーニ

イメージ 1

ストラヴィンスキー「ペトルーシュカ」からの3章
プロコフィエフ「ピアノソナタ第7番」
が1972年
ウェーベルンVariationen
ブーレーズ「ソナタ第2番」
が1978年の録音である。

もともとプロコフィエフの「戦争ソナタ」を探している
うちに巡り会ったこの録音。
iTunes storeでわずか30秒聴いただけで
一音惚れ。
でもプロコフィエフだけダウンロードできずに断念していたのです。




私の遙か昔・・・
20年も前の頃の記憶では
ポリーニとは
ショパンコンクールで一位になり
・・・その時に同時で一位だった
今の大家の誰かは・・・
著しい活躍をし・・・
しかしポリーニは受賞後
演奏活動を10年くらい休止し
再会してすぐの録音がこの
ストラヴィンスキーとプロコフィエフだった
・・・ような・・・



どなたか知っていたら訂正して下さい。。。

80年代はベートーヴェンのレコードを
次々にリリースしていた記憶がある。
まったく聴いたことがないが。。。


それにしてもペトルーシュカもそうだが
プロコフィエフのソナタも
最初の一音からもの凄い音で迫ってくる。
これはどう言葉で表現したらいいのだろうか?
心が張り裂けそうな
緊張感
・・・
とにかくどんなテクニックがあろうとも
そこに曲に対する思い入れや
情熱がなければ
あのような張り裂けるような
生きるか死ぬか
そんな緊張感のある音は
出てこないはずである。
ある意味狂気じみたこの演奏
それはC.クライバーや
シューマンの音楽につながる
ものを感じる。

第3楽章。
私は弾けないなりにさらっていたので
いちおうはよく知っているつもりである。
この技巧的で無機質になりがちなこの楽章を
とても色鮮やかに弾ききっている
これこそが私の求めていた演奏である。

彼の他の演奏を聴いたことがないので
未知の部分も多いのだが
私が感じるのは
とにかく感情を全て音に凝縮し
密度の濃いい音を出していく
この計り知れないとてつもない
エネルギーはどれだけのものなのだろうか?
それがピアニッシモの中にも埋め込まれているのだ。

そして息の長いフレーズ感。
この7拍子の機械的なリズムの中で
微妙に揺らすテンポ感は
決して技巧だけに走らずに
自然な呼吸のままに動いていることの証である。

人を惹き付ける音楽とは
どんな完璧なテクニックを
持っているかではなく

一音にかける
どれだけの思いがあるか

それが強いメッセージとなり
人をとらえてやまないのだろう

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