酔っぱらいのたわごと

酔っぱらいのたわごとと軽く受け流して下さい

ふろはぃる

[ リスト | 詳細 ]

ぷろふぃーる・・・++;

私の過去をのべていきます。。。
記事検索
検索

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ | 次のページ ]

中学の頃 その3

私にとって中学の授業でやる
リコーダーでは物足りなくなっていた。

そしてT君と始めた二人での演奏。

リコーダー二本で書かれた曲は
数少なかった。

しかし
あった!

ペズ・・・たしか
というバロックの作曲家。
多分テレマンとかよりも前の世代・・・
だった気がする。
テレマンも何曲かあったような。。

全く知らない曲で
あるのは楽譜だけ

どう演奏して良いのか解らないけど
二人で演奏していると
どんどん
ああしようこうしよう・・・
って、
音で話しかけてくるんです。

言葉はほとんどなし。

相手の出方をみて
自分がどう仕掛けるか

これこそ
音の会話

だいたい
会話する時って
そういうものじゃん!

これが僕のアンサンブルの原点


話しかければ
応えるし
話さないと
話しかけてくる



そして・・・

わたしは

ついに







話しかけるはずもない
レコードに向かって

話しかけるように
なったのだ・・・


リコーダーの楽譜を買うだけでは
飽き足らなくなってきた私。

そう!
自分のもっている
レコードの
スコアを買い漁るようになる。

フォスターで培った
楽譜を見る楽しみは
スコアでは
何倍にも膨れあがっていく。


そして・・・

みるだけでは飽き足りなくなった私は

吹く。。。・・・!!!???




そう!


T君はクラリネット



私の好きな楽器は
オーボエ



リコーダーで!!!??
ベートーヴェンの交響曲第七番
オーボエのパートを
必死に吹き始めたのです

中学生の頃 その2

私のリコーダーの
実力を認めてもらうのに
さして時間はかからなかった。

そして同時に
T君と仲良くなることも

私の家にあった僅か数枚のレコードと
T君のコレクションとは
比べようもないものだった。

彼からいろいろな事を教えてもらった。

知らない曲や

この曲を聴くならこれ!
みたいな。

そこから初めて
自分でレコードを買うようになる。


一緒に買いに行った
初めてのレコード屋は
横浜の地下街にある小さなレコード屋。

ダイヤモント地下街に降りていって
しばらく行ったところを左に曲がった・・・!?

その当時はレコードに
たすきが掛かっていて
「デジタル録音☆☆」
みたいな・・・
何のことだか理解できなかった。

その当時のレコードは
一枚3,000円前後が普通。

私は1,500円の廉価版!?の
クーベリック指揮の
ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」
と交響曲第7番を買った。

何故この2枚なのかは覚えていないが
なんかとても似ている2曲な気がする。

T君は何を買ったのだろう?
でも、その当時すでにレコード芸術を
毎月購読しこの曲ならこの演奏!
みたいなノウハウをもっていた。


そして、同時に
二人でリコーダーの演奏をするようになった。

リコーダー2本の曲って少ないんです。

でも、ヤマハに行ったり
楽譜を漁ったり・・・



これが私の
「聴く」

「演奏」
の始まり。

中学生の頃

私にとって
中学の三年間こそが
転機であったといっても
過言ではない。

リコーダーでは
小学生の頃誰にも
負けたことのない私
(別に勝ち負けではないが・・・)

私の入学する南瀬谷中学校は
日向山小学校と南瀬谷小学校から
生徒が入学する。

8クラスあったうちの
1年5組・・・たしか・・・

南瀬谷小学校では
誰にも音楽では負けたことのない!?
T君がいた。。。

南瀬谷小学校から来る子が
七割位をしめていたので
音楽といえばもっぱらT君で
私のことを知る人などいなかった。

しかも、私は小学校から
野球が大好きで
中学校でも野球部に入る。

T君は当然吹奏楽部でクラリネット。


外で暴れるのが
性に合っていた私にとって、
何となく女の子っぽい
吹奏楽部で女の子に人気の
T君が気にくわなかった。

だから、リコーダーでは
あっと驚かせてやろうと
企んでいた

・・・ような気がする・・・


・・・つづく

10年

思えば今年でデビュー10周年!?

ってなにをもって
デビューというのか
わからないとこはありますが。。。

'98年は芸大卒業の年。
ソリストとして活動するのは
ここが元年だろうか?

卒業してすぐに
横浜市の新人演奏会や
芸大同声会の新人コンサートなどなど

って、これよりも私にとって
ソリストとしての第一歩を踏み出した
大事な演奏がありました。

「第一回国立劇場作曲コンクール本選会」
1998年6月30日

ピアノの発表会もろくに
経験したことがない私が

大学卒業して新人演奏会位の
経験しかない私が

国立劇場の大舞台で
たったひとりで演奏する

しかも、自分の曲を。

コンクールでもあるし
子供の発表会のように
途中で止まったり・・・

失敗は許されない。

小さい頃から
舞台慣れしているならともかく
ほとんどそんな経験のない私は
怖くて怖くて仕方がなかった。

しかも、ちょー難曲なんです。
今にして思えばそんなに難しくは
無いのですが、
そんな難しい曲を
緊張してガタガタ震えても
吹き続けられるのか・・・

そんな、恐ろしさばかりで
本番を迎えました。


これが、私の10年前の
第一歩。

すごい昔だったような気もするなぁ・・・

そんな私が・・・!?

リコーダーを吹き続けるようになったのは
小学校4年の頃だっただろうか?

教科書や歌集の楽譜を
リコーダーで吹いたりしていた。

中でももっともたくさん吹いたのは
「茶摘み」である。

なんでだろう・・・??

そぐに覚え自分の部屋のベランダで
吹いていたのを思い出す。

何度も何度も吹くのは理由がある。

微妙に吹き方を変えることで
違った風景が見えてくる。

今、上手くいったと思って
もう一度同じことをしようとしても
同じことは出来ない。

ほんの一部分ニュアンスを変えるだけで
全体のバランスが変わっていく。

ちょっと途中を延ばし気味にしてみたり
どっかに向かって大きくしてみたり
ゆっくりしたり

何十回繰り返しても
ひとつとして同じものはない。

こんなに不思議で
面白いものはなかった。


それは、今練習するときも
何ら変わってはいない。



私の家にあった3枚のレコード
☆ベートーヴェン「運命」シューベルト「未完成」 @カラヤン
☆ベートーヴェン「第九」 @カラヤン
☆フォスター「歌のアルバム」 @ロバート・ショー合唱団

正確に言えばもう一つ
☆珠玉のピアノ名曲集 @ハンス・カン
というのもあったが、
確かに時々聴いていた
結構良く聴いていた・・・
が何故かピアノ嫌いになった私の
記憶から抹消されている・・・


その中でももっとも良く聴いたのが
フォスター。
楽譜が付いていてそれを見ながら良く聴いた。

リコーダーとこのフォスターが
私の楽譜の読み方の勉強であり
後にスコアを見ながら聴くのが大好きになり
楽譜を買い漁ることになる
(ってお金が無くそんなには買えなかったが)
原点だったのだろう。

さてその3枚のうち
この頃は第九は一番聴く回数が少なかっただろう。

「運命」「未完成」は時々聴いていた。
小学生には第九はちょっと長かったのだろうか?

いや、それにしても
ピアノはかなり聴いている。
それなのに何故記憶から消えているのだろう?


それはおそらく中学生になってからの
私の音楽環境の「劇的」変化のせいかもしれない。


つづく・・・

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
酔っぱらい
酔っぱらい
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
友だち(5)
  • きんた
  • maskball2002
  • akane
  • ぴよぴよ
  • mmon3
友だち一覧

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事