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去る10月19日、京阪中之島線開業を前に、名車1900系が引退しました。 1919編成1920号車 2007年7月20日 寝屋川市駅にて撮影 昭和30年代の京阪淀屋橋延長の伴う製造の車両で、1800系の増備車である1810系も統合し、3000系登場まで特急用車両として使用されてきました。 しかし、寄る年並みには勝てず、この度、最後まで生き残っていた2編成が、引退しました。 去る12月には、引退記念のさよなら運転も行われました。 今までの京阪なら、せめてカットボディーででも生き残らせていたんですが、1900は、銘板を残して、解体されることになりました。 カットボディーを利用して、電話ボックスとして使用されている1800系(旧610系)の先頭部 寝屋川工場内にて撮影 (写真に自分の姿が写りこんでいるので、加工しています) 京阪の方に聞くと、早くも開始された解体作業が、京阪の本線上からも見え、多くのメールや電話で、「貴重な車両を解体するな!」との声が寄せられたそうです。 しかし、今日2009年1月23日現在、解体されずに残っていたのは、一般色のまま残っていた上の写真の1919編成の京都側2両のみで、それ以外は、全て解体が終了しています。 どうも、京阪の上層部に鉄道、技術陣出身者が多い場合、エポックメイキングになった車両や部品が保存される傾向にあるようですが、そうでない場合、解体されることが多いようです。 また、昨今の経済情勢や、沿線の開発によって工場や検車区が手狭になっている状況から、車両を保存する余裕は無いようです。 (かつて3000系の先頭車を保存していたスペースも、8両編成の増加により、車庫線に変わっている) すでに特急色復元車は跡形もなく解体され、今日、寝屋川工場を業務で訪れた際、解体を待つ上記の2両だけがたたずみ、くず鉄として引き取られる部材も、大部分が運び出された状況でした。 せめて、特急色復元車にお別れを言いたかった・・・ そう思って足元を見ると、解体された車両の塗料片が・・・ 思わずそれを拾い上げ、塗料の断面を眺めると、特急色の下層に一般色が見える・・・ 紛れも無く、1900系特急色復元車のもの! 付着していた錆びや泥をぬぐって、ポケットに収めました。 まるで、火葬場で骨を拾うように・・・ 初めて乗った京阪特急は、1810系からの編入車でした。
それだけに、思い入れのあった車両だけに、最後の運転に立ち会えなかったこと、こうして解体される姿を見送るしかないことを、心の中で手を合わせ、詫びました・・・ |
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そうですか・・・とても残念ですね・・・
2009/1/23(金) 午後 4:45 [ KATry207 ]
>片町車両区207さん。
京阪の人の話では、1800と同じようにカットボディーで・・・との話も有ったようなんですけどね・・・
2009/1/23(金) 午後 5:12 [ マグナム大阪 ]
はじめまして。貴重なレポありがとうございました。
これまでもここで多くの車両が解体されましたね。乗車していて良く見えるので、愛着のあった1300や1700の解体中の姿には子供ながらに胸を痛めたものです。
1900も良く通学で利用していました。更新の早かった2200などに比べると車内もきれいだっただけに廃車は惜しいですね。
保存するとコストもかかり、のちのち処分に困るということでしょうか。1800なども長期保管されて結局解体されましたので…
1920、一両だけでも残してほしいですね。
2009/1/24(土) 午前 11:26 [ pas**226 ]
>passo226さん。
はじめまして。
仕事がら、多くの車両が解体されていくシーンは目撃しています。
初めて見たのが、近鉄の800系の解体でした。
あれから、いくつもの車両の廃車解体を見てきていますが、近鉄の800や京阪1900などの歴史的価値があり、ファンにも人気のあった車両が解体されるシーンを目撃していると、いつも、胸が締め付けられます。
2009/1/24(土) 午後 3:08 [ マグナム大阪 ]