マグナム大阪の鉄ネタ(異線進入も)ブログ

掲載している写真は、断りのないものは私が撮影したオリジナルです。 無断転載はお断りします。

懐かしいPhotoアルバム

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このコンテンツは、10年〜30年前までに撮影した鉄道写真を中心とした懐かしい写真を掲載します。
最近の鉄ファンの方には、こんな時代もあったんだと見てもらえるものと思っています。
フィルム写真からのスキャンのものが主体になるので、劣化から来るが質低下や、当時の腕の問題による見づらい写真もあるかと思いますが、一つの記録としてお楽しみください。
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先日UPした急行「砂丘」の写真を撮影した際に、出雲まで足を延ばした時の記録です。

イメージ 1
鳥取駅で撮影した快速「わかとりライナー」です。

イメージ 2
こののち、急行「砂丘』が「つやま」になるまで使用されることになるグレードアップ車両です。
この時点では、一部の車両が改造されただけでした。

イメージ 3
鳥取駅発射して大阪へ向かうキハ181系特急「はまかぜ」

イメージ 4
鳥取駅まで乗り入れてきている若桜鉄道の車両です。


イメージ 5
米子駅出発時に撮影した、当時の木次線名物だった国鉄色のキハ52

イメージ 6
一畑電鉄の出雲大社駅に到着した古豪デ52

イメージ 7
国鉄大社線が廃線になったのちも、大切に保存されている大社駅

イメージ 8
かつては大阪や東京からの直通列車が運転され、初詣などでにぎわったことが推察される改札口。



以上、今から18年前の鳥取、出雲の写真でした。
1988年4月。
瀬戸大橋の開通により、日本列島の主要な地点は、JRの線路で結ばれることになりました。

当時のキャッチコピー「一本列島」。

この前年、日本を一つの事業体で結んでいた国鉄が解体されたのちのことであり、ある意味皮肉なことでもあると同時に、感慨深いものがありました。


これから紹介する写真は、1988年5月に、ゴールデンウィークの休暇を利用し、四国を初訪問した時の写真です。


この当時は、撮影よりも乗ることに主体を置いていたこともあり、貴重なものを逃してしまっているのが残念ではあるのですが、当時の空気が伝わればと思います。

イメージ 1
まずは、夜の高松駅に停車中の、213系「マリンライナー」です。
当初は、このようなヘッドマークを付けていました。

イメージ 2
こちらも夜の高松駅で撮影したキハ185系「しまんと」と、121系「サンシャトル」です。
国鉄時代の塗り分けをそのままに、JR四国ブルーに塗り替えられているのがわかります。
ちなみに、キハ185系はダークグリーン、121系はライトパープルの帯色が原色です。

イメージ 3
その横に停車していたキハ58系の高徳線 普通 引田行きです。
当時はあまりにも当たり前すぎて、この程度しか撮影していませんでした・・・

イメージ 4
当時の高松駅でも最もはずれのホームであった0番線に停車する特急「うずしお」
今は、このホームのあった付近が駅前の駐車場になっています。

イメージ 5
JR最小の気動車キハ32。
登場当時は、所属している県ごとに色が与えられており、この色は高知だったと思います。

イメージ 6
JR北海道にも兄弟車両があるキハ54。
こちらも地域ごとに色が決められていたころで、この色は愛媛だったと思います。

イメージ 7
上の2両が引き上げてホームへと据え付けるところです。
撮影したのは、どうやら高知駅のようです。
横には、レッドトレイン 50系客車が写っています。
この列車は、たしか予土線の列車だったと記憶しています。

イメージ 8
松山で撮影した愛媛色のキハ32
引き上げ線には、JR四国色のキハ181系が・・・

イメージ 9
イメージ 10
高松駅で撮影した「アイランドエクスプレス」です。

イメージ 11
最後に、高松駅北側にあった貨物線に留置されていた寝台特急「瀬戸」の24系25形客車。
背景には、引退後も高松港に係留されたままだった宇高連絡船「阿波丸」が写っています。
瀬戸大橋開業に伴う変化の象徴的な光景として、このカットを撮影した記憶があります。


以上、1988年5月のJR四国の情景でした。

イメージ 1

写真は、1993年6月26日に、近鉄橿原線 新ノ口連絡線で撮影した写真です。


写真中央の車内で、水色の帽子をかぶられているのは、この年にご成婚あそばされました皇太子妃 雅子妃殿下です。



この前日、東京から新幹線で移動されて、名古屋から近鉄特急で伊勢神宮へご成婚のご報告にいらっしゃった皇太子ご夫妻。

その模様が、テレビで報道されていました。


その際に、翌日は明治天皇稜のある桃山御陵へ参拝されるとのこと。


そうなると、伊勢神宮から京都まで近鉄特急で移動される。


当時使用していた機材では、高速で通過する列車を撮影することができない。
さらに、皇室関係者やVIPがご乗車になられる機会の多い近鉄では、そうした臨時列車を走らせるための専用ダイヤを設定しており(部外者には一切極秘)、こうした列車は最優先で走行することになっている。

そうなると、もっとも低速で通過する新ノ口連絡線でしか、そのお姿をとらえることはできない。

そう判断して、この日、朝から撮影場所を探してうろうろと・・・


撮影しやすそうな所に行くと、
「こちらではご遠慮ください」
と警官に追い払われ、
「どちらの新聞社ですか?」
とかまで言われ・・・


仕方なく、この連絡線の真ん中にある田んぼのあぜ道に場所を確保。
田んぼの持ち主に断りを入れ、三脚を構えて待つことに。


すると、私服警官が声をかけてくる。

襟には、皇宮警察SPのバッジ・・・

あ、ここもダメかな・・・

「何を撮影されるんですか?」
「いや、雅子妃殿下を撮影したくて・・・でも、そこらじゅうで追い出されたんで、仕方なくここに」
「撮影できそうですか?」
「なんとか・・・」
と会話した後、件の警察官は、カメラのファインダーをのぞく。

過激派のテロ防止の意味もあるんだろうが、純粋に撮影したい身には迷惑なことだ。



しかし、その後の会話で、件の警官の表情が驚きにかわる。

警官「何時くらいに通過するかわかってるの?」
俺「いや、あくまでたぶんですけど、発表されている大体の時間から、宇治山田駅を9:30頃の出発されるとしたら、ここを通過するのは、大体11時前ぐらいですよね」
警官「え?(驚きの表情)」
俺「皇室の列車は、基本的にノンストップですから、京都〜伊勢間の特急の運転時間から逆算すればわかりますよ」
警官「でも、どこに乗っているかわからないでしょ?」
俺「う〜ん、向こう側かこちら側かはほとんどギャンブルだけど、大阪から名古屋に上ったアーバンの編成がそのまま伊勢に向かった感じの映像が映っていたので、京都行きはデラックスカーが京都側の先頭に来ますよね」
警官「・・・」
俺「皇室の方やVIPは、警備上の理由と安全のために、絶対に先頭車に乗車されないので、2両目(当時のアーバンライナーは、名古屋側2両がデラックスシート)だと思います。」
警官「!」
俺「それに、VIPは車両の真ん中に乗車されるので、それで乗車位置がわかるし、近鉄ではVIP乗車位置付近だけ完全防弾仕様にした車両があるので、その位置からも、場所は推定できます」
警官「すごいなあ…」
俺「いや、鉄道にちょっと知識があって、近鉄のVIP列車の歴史を知っていれば、簡単に推測できますよ」
その後、何やら無線で連絡していたが、おとがめなし。

その後、俺が見えるところで監視するようにしていた件の警官だが、この写真を撮影した後は
「いい写真が撮れましたか?妃殿下がこちら側に乗車されていてよかったですね」
と笑顔で声を掛けてくれた。




後日談があるのだが、
翌日、橿原神宮のご参拝後のご夫妻が、車で橿原神宮駅へもどられる姿を撮影したのだが・・・
「どうですか?撮影できましたか?」
と声をかけてくる人物が・・・


ええええ〜〜〜!?昨日のSP???

まさか監視されていた?
そんなことはないんだろうけど、雑踏警備で配置されていたときに、俺を見つけたんだろうね。


そんな思い出のある写真です。

年末の大掃除&部屋の模様替えをしていたら、またまた、非常に貴重なシーンを撮影した写真が出てきました。

それは、「最後のタブレット交換急行 『砂丘』」を撮影したものです。


正確な撮影時期は失念しましたが、使用している車両、撮影されている車両、周囲の服装などから、1992年(平成4年)11月下旬ごろと思います。

この撮影を思い立ったのは、この月に発売になった「鉄道ジャーナル」で急行 砂丘が特集されていたからだと記憶しています。


当時使用していたカメラの性能から、ブレ気味、ピンボケなものが多数含まれますが、貴重な記録としてご容赦願います。



まずは、岡山駅に停車中の急行砂丘です。
イメージ 1

この列車が停車しているホームも、岡山駅の大改造工事に伴い、北口広場の用地として利用するために、すでに取り壊されて存在しません。


この写真に写る車両、ヘッドマークから、1992年11月ごろと判断できました。


そして、次からは、東津山〜智頭間で撮影した、走行中のタブレット交換の数々です。

通常、タブレット交換は、停車中に行われるものなのですが、駅を通過する列車までいちいち停車していては非効率であるばかりか、走行時間も延びてしまいます。

このため、駅構内には、タブレットを受け渡しする受器と授器が設置されていました。
イメージ 2

高速(といっても40km/h程度)でタブレットを手渡しすると、駅員、運転助手(タブレット受け渡しのための専用要員)双方が怪我をする可能性があるために、このような装置が設けられていました。

そして、車両側には、運転助手が直接受け取らなくてもいいように、タブレットキャッチャーが備えられていました。
イメージ 3

運転席の後部のドアには、タブレットの受け渡しの際に、窓ガラスをたたき割らないようにするためのタブレットガードが設けられていました。
イメージ 4

しかし、この日の列車では、運転助手が直接腕でキャッチしていました。
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イメージ 6

そして、駅員も、タブレットが受器の投げ込まれたのを指差確認を行うなど、機械に頼らない人力による閉塞が垣間見えました。
イメージ 7


それでは、それ以外の数カットをご覧ください。

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イメージ 10
イメージ 11

以上、またまた出てきたお宝ネガのデジタル処理写真でした。

イメージ 1

写真は、この日で廃止になる東信貴鋼索線の撮影に向かう際に、生駒駅で撮影した8000系です。

撮影日は、東信貴鋼索線の廃止前日の昭和58年8月30日です。

今は、白と赤のツートンカラーが近鉄の標準色(シリーズ21を除く)になっていますが、この当時は、この近鉄マルーン(えび茶色)1色が近鉄の標準色でした。

この色は、近鉄だけでしか採用されていない色調で、旧型車も新型車にもフィットする塗装で、非常に好感を持っていただけに、ツートンカラーになった時には違和感がありました。

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