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先日UPした急行「砂丘」の写真を撮影した際に、出雲まで足を延ばした時の記録です。 鳥取駅で撮影した快速「わかとりライナー」です。 こののち、急行「砂丘』が「つやま」になるまで使用されることになるグレードアップ車両です。 この時点では、一部の車両が改造されただけでした。 鳥取駅発射して大阪へ向かうキハ181系特急「はまかぜ」 鳥取駅まで乗り入れてきている若桜鉄道の車両です。 米子駅出発時に撮影した、当時の木次線名物だった国鉄色のキハ52 一畑電鉄の出雲大社駅に到着した古豪デ52 国鉄大社線が廃線になったのちも、大切に保存されている大社駅 かつては大阪や東京からの直通列車が運転され、初詣などでにぎわったことが推察される改札口。 以上、今から18年前の鳥取、出雲の写真でした。
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懐かしいPhotoアルバム
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最近の鉄ファンの方には、こんな時代もあったんだと見てもらえるものと思っています。
フィルム写真からのスキャンのものが主体になるので、劣化から来るが質低下や、当時の腕の問題による見づらい写真もあるかと思いますが、一つの記録としてお楽しみください。
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1988年4月。 瀬戸大橋の開通により、日本列島の主要な地点は、JRの線路で結ばれることになりました。 当時のキャッチコピー「一本列島」。 この前年、日本を一つの事業体で結んでいた国鉄が解体されたのちのことであり、ある意味皮肉なことでもあると同時に、感慨深いものがありました。 これから紹介する写真は、1988年5月に、ゴールデンウィークの休暇を利用し、四国を初訪問した時の写真です。 この当時は、撮影よりも乗ることに主体を置いていたこともあり、貴重なものを逃してしまっているのが残念ではあるのですが、当時の空気が伝わればと思います。 まずは、夜の高松駅に停車中の、213系「マリンライナー」です。 当初は、このようなヘッドマークを付けていました。 こちらも夜の高松駅で撮影したキハ185系「しまんと」と、121系「サンシャトル」です。 国鉄時代の塗り分けをそのままに、JR四国ブルーに塗り替えられているのがわかります。 ちなみに、キハ185系はダークグリーン、121系はライトパープルの帯色が原色です。 その横に停車していたキハ58系の高徳線 普通 引田行きです。 当時はあまりにも当たり前すぎて、この程度しか撮影していませんでした・・・ 当時の高松駅でも最もはずれのホームであった0番線に停車する特急「うずしお」 今は、このホームのあった付近が駅前の駐車場になっています。 JR最小の気動車キハ32。 登場当時は、所属している県ごとに色が与えられており、この色は高知だったと思います。 JR北海道にも兄弟車両があるキハ54。 こちらも地域ごとに色が決められていたころで、この色は愛媛だったと思います。 上の2両が引き上げてホームへと据え付けるところです。 撮影したのは、どうやら高知駅のようです。 横には、レッドトレイン 50系客車が写っています。 この列車は、たしか予土線の列車だったと記憶しています。 松山で撮影した愛媛色のキハ32 引き上げ線には、JR四国色のキハ181系が・・・ 高松駅で撮影した「アイランドエクスプレス」です。 最後に、高松駅北側にあった貨物線に留置されていた寝台特急「瀬戸」の24系25形客車。 背景には、引退後も高松港に係留されたままだった宇高連絡船「阿波丸」が写っています。 瀬戸大橋開業に伴う変化の象徴的な光景として、このカットを撮影した記憶があります。 以上、1988年5月のJR四国の情景でした。
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写真は、1993年6月26日に、近鉄橿原線 新ノ口連絡線で撮影した写真です。 |
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年末の大掃除&部屋の模様替えをしていたら、またまた、非常に貴重なシーンを撮影した写真が出てきました。 それは、「最後のタブレット交換急行 『砂丘』」を撮影したものです。 正確な撮影時期は失念しましたが、使用している車両、撮影されている車両、周囲の服装などから、1992年(平成4年)11月下旬ごろと思います。 この撮影を思い立ったのは、この月に発売になった「鉄道ジャーナル」で急行 砂丘が特集されていたからだと記憶しています。 当時使用していたカメラの性能から、ブレ気味、ピンボケなものが多数含まれますが、貴重な記録としてご容赦願います。 まずは、岡山駅に停車中の急行砂丘です。 この列車が停車しているホームも、岡山駅の大改造工事に伴い、北口広場の用地として利用するために、すでに取り壊されて存在しません。 この写真に写る車両、ヘッドマークから、1992年11月ごろと判断できました。 そして、次からは、東津山〜智頭間で撮影した、走行中のタブレット交換の数々です。 通常、タブレット交換は、停車中に行われるものなのですが、駅を通過する列車までいちいち停車していては非効率であるばかりか、走行時間も延びてしまいます。 このため、駅構内には、タブレットを受け渡しする受器と授器が設置されていました。 高速(といっても40km/h程度)でタブレットを手渡しすると、駅員、運転助手(タブレット受け渡しのための専用要員)双方が怪我をする可能性があるために、このような装置が設けられていました。 そして、車両側には、運転助手が直接受け取らなくてもいいように、タブレットキャッチャーが備えられていました。 運転席の後部のドアには、タブレットの受け渡しの際に、窓ガラスをたたき割らないようにするためのタブレットガードが設けられていました。 しかし、この日の列車では、運転助手が直接腕でキャッチしていました。 そして、駅員も、タブレットが受器の投げ込まれたのを指差確認を行うなど、機械に頼らない人力による閉塞が垣間見えました。 それでは、それ以外の数カットをご覧ください。 以上、またまた出てきたお宝ネガのデジタル処理写真でした。
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写真は、この日で廃止になる東信貴鋼索線の撮影に向かう際に、生駒駅で撮影した8000系です。 |





