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昨日、JR西日本の代表取締役 山崎社長が、2005年4月25日に発生した福知山線 尼崎〜塚口間での脱線横転衝突事故の責任を問われ起訴されました。 |
鉄道関連ニュース
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先日、谷町線で運用中の30系冷房改造車を置き換えるべく、新30系(30000番台)が製造中であるとの情報を掲載しました。 |
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約2週間ぶりの書き込みになります。 コメントをいただいた皆様、放置してすいませんでした。 諸般の事情で、書き込むことが出来ませんでした。 「銀河」廃止を上回る、衝撃的なニュースが飛び込んできました。 ニュースソースは、最初に「銀河」「なは・あかつき」「日本海1,4号」の廃止を速報した朝日新聞だけに、非常に注目されます。 「ムーンライトながら」とは、東京〜大垣の間を結ぶ夜行快速列車で、静岡周辺の近距離特急に使用されている373系を使用した豪華な列車でも有ります。 快速列車だけに、その乗車には特急券は必要なく、格安切符である「18きっぷ」でも乗車できる列車として有名です。 かつては自由席も連結されていたのですが、昨年のダイヤ改正からは全席座席指定に変わったために、「18きっぷ」で利用の際には、必ず座席指定券が必要になっています。 この列車は、かつては「大垣夜行」と呼ばれ、「18きっぷ」発売前から、その値段の安さから多くの若者が東京へ行く際に利用してきました。 私もそんな一人です。 初めてこの列車に乗ったのは、中学生だった昭和54年ごろでした。 当時は荷物車両を連結していた関係で、名古屋駅での荷物取り扱いのために1時間近く停車していたため、大垣駅発車時刻が現在では考えられなくぐらいに早く(20時過ぎ)、大阪駅を17:30に出る大垣行き快速電車に乗っての乗り継いだものでした。 早朝4時すぎに東京駅に到着し、生まれて始めてみる東京の電車に目を輝かせ、何枚も写真を撮ったものでした。 その後、ほぼ毎年のように利用するようになり、青梅線のED16最終運転や、昭和57年の上越新幹線一番列車に乗るための利用など、その数は数え切れないくらいです。 それだけ色々と思い出も有ります。 青梅線御嶽駅付近で撮影したED16さよなら列車の写真です。 中学生がちょっと凝って撮影した写真なので、出来に関してはご勘弁を・・・ 青梅線のED16最終運転の際には、ちょうど三里塚闘争(成田空港建設反対運動)の時期と重なったこともあり、豊橋駅から、白ヘルメットに白マスク、赤旗に旗ざおとゲバ棒という、中核派丸出しの連中が大挙して乗り込んできました。 当時の国鉄名古屋鉄道管理局は、国労名古屋地方本部が中核派寄りの態度を取っていた(このため、動労千葉、国労九州と並び左傾化色が強く、非常に非効率でサボタージュも多かった)ために、このような異形の集団や凶器の持込が認められたんでしょうね・・・。 最悪の時代です。 帰りの「大垣夜行」でも、そいつらと鉢合わせになり、前に座っていた「女性闘士」は、列車に酔って、ヘルメットの中に「オエ〜〜〜」・・・ 乗り鉄の思い出の中でも、最低、最悪のものです。 あるときは、東京からの帰りに目の前に座ったアフロ+茶髪+黄色のど派手なシャツのお兄ちゃんと仲良くなり、話を聞くと・・・ 「アメリカ横断ウルトラクイズの成田ジャンケンで負けて、帰ってきたところw」 後日、放送された番組を見ると、しっかりと写ってましたw 最初は153系、その後165系へと車種が変わっても、一貫して自由席列車(グリーン車2両連結)が守られてきたのですが、18きっぷの浸透による需要の増大で、113系を使用する臨時列車まで登場します。 その後、JRへと変わり、静岡所属の165系の間合い運用で使用されていた急行「東海」「富士川」の特急への昇格を機会に、この大垣夜行も共通運用を組むために同じ373系に変更され、グリーン車の廃止、11両から9両への編成短縮、全席指定席化(熱海〜東京間や小田原〜大垣間は一部自由席)などがされ、新たに「ムーンライトながら」と列車名も与えられるようになりました。 また、多客期の臨時列車には、一時は田町の165系(臨時列車用)が全席自由席列車として運用されましたが、JR東日本の165系も全廃されることになり、E257系投入や長野新幹線開業で余剰になっていた183系や189系が使用されるようになり、こちらが一足早く全席指定で運転されるようになりました。 田町のクハ189-513を最後尾に東京駅に到着した「ムーンライトながら92号」です。 これらの移り変わりの各シーンで、ほぼ全ての種類の列車に乗ってきました。 最近も、東京でのイベント(小野真弓関係)などでも使用しています。 かつて、深夜に長時間停車した静岡駅で駅弁を購入したり・・・ この列車には、青春時代のいろんなシーンが、全て詰まっています。 東海道線全通からの新橋〜神戸間普通列車の伝統を引き継ぐもので、直系ともいえる戦前の37列車は、二等寝台や食堂車まで連結されたもの(この列車は、「銀河」のルーツでもある)で、続行の39列車、戦後の復員列車(戦地から引き上げてきた兵士を輸送する列車)8017列車、安定期に入ってからの131列車、東海道線最後の客車普通列車143列車へと続き、電車化されて(このときに大阪〜大垣間は分離)143Mに。 そして、私が愛用したなじみのある列車番号 347M、345M、375Mへ。 鉄道の歴史と歩み、私の乗り鉄人生とともに歩んできた「大垣夜行」。 それが、他客期限定の臨時列車になってしまう・・・ 実際のところ、使用されている373系自体、かつては特急「東海」と共通運用を組むことで運用効率を上げてきたものの、その「東海」が廃止になり、この「ムーンライトながら」だけのために東京へと乗り入れる不合理さが残っているのも事実です。 しかし、効率だけでいいのか?との疑問が残ります。 事実、通常期の平日でも、乗車率は70%近くを誇り、多客期はほぼ100%の列車です。 急行「銀河」の時とは事情が異なります。 夜行バスの進出で乗客が減ったとのコメントも見られますが、果たして本当にそうなのでしょうか? どう考えても、効率優先としか思えない施策です。 このところのJR東海の施策には、効率優先としか思えないものが多く、かろうじて残存している「周遊きっぷ」にしても、東海道新幹線を経由する乗車券に関しては、他の区間の割引率20%に対して5%に縮小するなど、営利優先が見えすぎています。 「銀河」にしても、廃止するほどの乗客減少は見られず、JR西日本側の事情を考慮しても、廃止に至るほどのものではなかったはずです。 東名間リニアに向けて、これからより一層の効率化、合理化が進むと思われるJR東海。 その影で、明らかな利用者無視の施策が断行されていくのでしょう。 373系の使用が停止されても、何らかの代替による通期運行続行が行われることが望まれますが・・・ かつて、143列車の廃止が取りざたされた際に、当時の石田国鉄総裁に廃止反対署名が多く届き、存続が決定した経緯があります。
今回の廃止、臨時降格騒動も、何とか生き抜いて欲しいのですが・・・ |
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写真は、近々廃車になる、30系アルミ車です。 |
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