ここから本文です

書庫全体表示

申命記
16:16 男子はすべて、年に三度、すなわち除酵祭、七週祭、仮庵祭に、あなたの神、主の御前、主の選ばれる場所に出ねばならない。ただし、何も持たずに主の御前に出てはならない。

イスラエルでは、、年に三回、除酵祭、七週祭、仮庵祭の時に、
エルサレム神殿まで登って行って、礼拝したのですね、。

何も持たないで父さまの御前に出るのが駄目なのは、、
捧げ物をして欲しいからではなくて、、。

ルカ
20:11 そこでまた、ほかの僕を送ったが、農夫たちはこの僕をも袋だたきにし、侮辱して何も持たせないで追い返した。

ユダヤでは何も持たせないことが、
侮辱することや祝福を与えないことを意味することだからです、。

出エジプト記
3:21 そのとき、わたしは、この民にエジプト人の好意を得させるようにしよう。出国に際して、あなたたちは何も持たずに出ることはない。

と父さまはおっしゃってますから、。
相手が、、人ではなく、天地創造の神様なのですから、、
感謝の想いの代わりに、何らかの捧げ物を携え持って、
神様の元に登るのは行うべき当然の礼儀だったということですね、。

現代では、、イエス様が、人に罪の赦しを与え、、
律法も、厳しいものから、必要最小限なものへと簡略化して、
人に、、守りやすくして下さったので、、。

今の捧げ物
の主流となるものは、、お金や物なのですが、
教会へ行く時に、原則お金は不要です、。

献金は強制ではなく自由意志によるので、。
でも神様の元へ携えて行く捧げ物、お金ではないものは必要です、。

最低でも、神様への深い感謝、、は、携えて行くべきですね、。

感謝もなく、惰性で神様の御前、または教会に行くのなら、、
お家で横になって寝ていた方が良いです、。

教会へ足繁く通うと、信仰深いと多くの人から褒めて貰えます、。
それで傲慢山に登ってしまうよりは家で寝ていた方が良いでしょう?
私の経験上です、。

傲慢山から落ちる、、というか、落とされるとき、
めっちゃ痛いですから、避けたほうが賢明です、。
実際に山登りして、
てっぺんから落ちた人が言うんだから事実ですよ、、、。

私の場合は、、
ごめんなさい、、の謝罪の捧げ物のほうが多いのですけど、。

皆様は、、、どうか、、
父さまの御前に行くとき、、
感謝の捧げ物を持って、父さまの御前に登って行きましょうね、。

マリア

イメージ 1




本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事