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前回の神道と古代イスラエル 3では、
式年遷宮について書きました、。

式年遷宮は、中世の内乱の頃や終戦直後など、
一時的に延期されたこともありますが、
現在まで1300年あまりも続いている由緒ある神道の儀式です、。

神殿を新生した如く甦らせることで、
神様の霊験、御神威も甦るといわれているそうです、。

あ、、ちなみにクリスチャンの中には、
抵抗ある方もおいでかもしれませんけども、
もしクリスチャンが、神社参拝しても、
天の父さまからの罰は当たりませんので、ご安心ください、。

クリスチャンが、キリスト教の元の、、
ユダヤ教のお宮のシナゴーグに行くようなものですので、。
むしろ、それよりもっと、イエス様寄りです、。

だってね、日本中の色々な神社を建てた秦氏一族は、
今で言うと、イエス様をみいつの神様&メシアと認め奉じていた
メシアニック・クリスチャンなんですから、。

伊勢神宮(正式には神宮)は、
天照大御神(アマテラスオオミカミ)を祀る
皇大神宮(コウタイジングウ)、、これを内宮(ないぐう)。
豊受大御神(トヨウケノオオミカミ)を祀る
豊受大神宮(トヨウケダイジングウ)、、これを外宮(げぐう)。
これと、両宮に所属する別宮、摂社、末社、所管社など125社を含む総称。

どれだけ、古代の日本人が愛して
奉った神様であるか、わかります、。

内宮は、11代垂仁天皇の時、26年に天照大御神が鎮座したが、
外宮は、21代雄略天皇の時、22年に雄略天皇の夢に現れた
天照大御神のお告げにより、
丹波国から天照大御神の食事を司る御饌都神(ミケツカミ)として
豊受大御神を迎えたと外宮の入口の看板に書いてあります、。

なぜだか古来より、
内宮よりも外宮を先に参拝しなければならない。
という決まりがあって、
いきなり、内宮に行くのは駄目なんだそうで、。

昔は、内宮は、皇族以外行けない、
一般人には禁足地だったせいも、あるんだろうけど、。

なので、昔、伊勢神宮に行った時、、
私も一の鳥居(とりい)、二の鳥居をくぐって、外宮の正宮へ、。
外宮の正宮から先に参拝してから、内宮の拝殿の方へ行きました、。

鳥居は、ヘブライ語で、門という意味なんですね、。
門をくぐって拝殿、神殿に行くのは、エルサレム神殿と似てます、。
鳥居を2つくぐって、、3つ目が拝殿、、
(こんな感じで、こそっと、三位一体仕様を仕込んでる?)

外宮は、、私が行った時は、何かあったのか?
それとも、いつもああいう状態なのか、、、
少し気が荒れてた感じを受けたけど、。

内宮は、清らかで澄んだ気があって、木々の安らぎも手伝って、
大変に心地よい場所でした、。

私は、クリスチャンになる前から、天照大神がすごく好きで、
よく東京神宮とか船橋神宮に参拝しに行ってました、。
神社に行くと、心地よいからなんですけどね、。

神社の拝殿の奥、、に偏在されている、
父なる天地創造の神様、。
神殿の上の空の部分を仰ぎ見ながら、
感謝の祈りを捧げたりしています。

私は、願掛けモードオンリーの強い神社やお寺などに下手に行くと、
逆に頭痛がしてきて具合が悪くなります、。
なので、そういうとこは覚えておいて二度といかない、。

神社は、神様に感謝を捧げる所だと、わきまえて、
感謝を捧げる人が多い神社は、実に清らかな感じで気持ちがいい、。

これって、現代の教会にも当てはまると思いますよ、。
神様に積極的に感謝と賛美を喜んで捧げてるところは、
若い人も多いのではないかな?

感謝も賛美も捧げなくなっていくと、教勢も減る気がする、。


さて、、伊勢神宮が出来る前、、
景教ネストリウス派である秦氏が奉じた
天照大御神はどのように祀られていたのか、。

最も古い神様を祀る姿は、
現在のような大規模な宮でなく、
神武天皇から9代の間は、
御神体と天皇が都の宮殿内(今で言うなら皇居)の中に、
一緒に奉る仕方の同殿同床で、。

地祇(国津神)である大国主も、並んで祀られていたといいます、。
何かのお祭りのたびごとに
神様の分け魂(わけだま)を担ぎだしてきて、、
仰ぎ祀るという方法でした、。

「神籬(ひもろぎ)」や「祠(やしろ)」と呼ばれる
仮設的な祭場(旧約聖書でいうところの幕屋)を設けて、
天照大御神をお祀りしていたようです。

つまりは、お祭りがあるときだけ、
神様を肩に担いで運びだして幕屋のような仮の建物を建てて、
祀っていたわけで、。
カナンで定着する以前のイスラエルと同じ祭儀の仕方です、。

10代崇神天皇の即位39年の時、
「別に大宮地を求め鎮め奉れ」という天照大神より神勅があり、
第10代崇神天皇の皇女、
豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)の跡を継いだ、
第11代垂仁天皇の皇女である皇女、
倭姫命(やまとひめのみこと)を、御杖(みつえしろ)として
天照大神を託し奉らせました。

初代斎宮である、豊鍬入姫命が、
神籬(ひもろぎ)を建てて天照大神を奉斎していた
笠縫邑(かさぬいむら、かさぬいのむら)は、
元伊勢伝承の起点となっています、。

天照大神が伊勢に鎮座する前の時代の伊勢を、
元伊勢などと言われている。
志摩の磯部と云われ、伊雑宮が建てられていた。
「伊雑宮が本来の伊勢、、本家」と云う事なのだけども。

新撰姓氏録によれば、「石辺(磯辺)氏は大物主の命の子、
久斯比賀多(くしひがた)の命(みこと)の裔(すえ)なり」とあり、
出雲系(最初に日本に来た北イスラエルの子孫、物部氏などと同じ流れ)の出自であるとしている。

倭姫命は天照大神が安らかに平和な国を導く事を願い、
永遠に鎮座する土地をを求めて、
各地を巡幸し、伊勢にたどり着き、、

「この神風の伊勢の国は常世(とこよ)の浪の重浪(しきなみ)よする国なり。傍国(かたくに)の可怜(うまし)国なり。この国に居らむと思う。」
  『日本書紀 垂仁25年3月丙申(10日)』

との天照大御神からの神意を得て、
五十鈴(いすず)の川上に鎮座されたのが、
伊勢の内宮のはじまりとされています。

もともと、伊勢神宮は天皇家の祖神を祀る、
天皇家のための特別な神社(神宮)で、国家安泰とか世界平和を願う場所。

だから、個人的願掛け禁止、なので、、、
昔は賽銭箱が、、なかったそうです、。

イエス様は、お金求めなかったからね、。
秦氏も同じ考えで、そうしたのかな、。

願掛け禁止なので、
「私幣禁断」といって、長らく天皇以外のお供え?は駄目だった、。
賽銭投げ?(神様に対して物を投げる時点で良くないのだけど)を行う
一般の参拝者のために、聖域の地面に、お金が当たっては、
地面が汚れるので、布を広げて、
神殿の建っている地面にお金が触れないようにしたそうです、。


最後に、神社に関する不思議、。

日本全国に、、約8万5千の神社がある中で、
三ツ鳥居と呼ばれる特殊な鳥居を持つ神社、、は、
日本全国で、7箇所しかないのです、。

三ツ鳥居、別名、三輪(みわ)鳥居は、1つの大きな鳥居の両脇に、小規模な2つの鳥居を組み合わせたもの。

イメージ 1


最初に現れた三柱(さんはしら)の神、造化三神を表しています。

造化三神は、三位一体の天地創造の神様、
そのものズバリを表した神社なので、神様の聖別の数7社。
美和神社は、、
すごく古い時代のもので、いつ建てられたか不明なのだそう、。

三峯神社 (埼玉県秩父市)
美和神社 (長野県長野市)
三輪神社 (愛知県名古屋市)
大神神社 (奈良県桜井市)
檜原神社 (奈良県桜井市)
坐摩神社 (大阪府大阪市)
白峰宮  (香川県坂出市)

↓これは、伊勢神宮の内宮と外宮の見取り図、。
イメージ 2

内宮が御正殿、西宝殿、東宝殿で、、▽の形、正面から見たら△、。
外宮が御正殿、西宝殿、東宝殿で、、△の形、正面からみたら▽、。
△と▽とで、、2つ合わせると、、✡カゴメ紋、。ダビデの星、。

伊勢神宮が、イスラエル人、
失われた10氏族の関与している神社だという証拠です、。

寄進された灯籠に籠目紋がついてるだけで、
この神宮はユダヤと関係ないよ〜と反論してる方は、、
このことは、、多分、知らない。

日ユ同祖論、支持派の人は、
このこと知ってる人、居ると思うけど、、
あまり書いてる人はいなそうなので書きました、。

マグダラのマリア

神道と古代イスラエル 1はこちら
神道と古代イスラエル 2はこちら
神道と古代イスラエル 3はこちら

神道と古代イスラエル 5はこちら
神道と古代イスラエル 6はこちら


  • (。´Д`)オハ(´Д`。)ヨウ(。´Д`σ)σサンンンッ☆

    [ 変態怒悪魔 ]

    2016/5/7(土) 午前 9:05

  • 顔アイコン

    > ★★ダンディな男前★★さま、

    おはようございます、。

    今日は、ちょっと、風が強くて、、轟々いってます、。
    気温、高くなってて、暑くなってきてる感じがします、。

    春だ〜と思ってても、
    どんどん夏に、、近づいてるんですね、。

    Mary Magdalene

    2016/5/7(土) 午前 9:20

  • おはようございます、お疲れ様です昨日出番今日仕事上がり先ほど仮眠室起きました明日日曜又朝4時家出て出番ですからはやめ帰宅します記事、そうですね昔から聖書神様契約箱、御神輿とかユダヤ日本類似点何かで読んだ記憶が、(@ ̄□ ̄@;)私達キリスト者聖書的見解大切ですよね⛪

    [ aya***** ]

    2016/5/7(土) 午前 9:53

  • 顔アイコン

    > aya*****さま、
    ご訪問とコメントありがとうございます、。
    ユダヤと日本の類似点は、
    異常と思えるレベルで多いです、。

    Mary Magdalene

    2016/5/7(土) 午後 6:28

  • 初めまして
    単純に質問です
    伊勢神宮、秦氏建立とありましたが、いつ頃の建設なのでしょう?
    応神天皇期に帰化ならばその後でしょうか?崇神天皇代の建設では無い?
    そして、持統まで祭儀が行われ無かったのは何故でしょうか?それまで、祭儀形態が確立してなかったのでしょか?
    持統天皇41代まで?

    勘違いしてる箇所がありましたらすみません

    [ dar***** ]

    2019/6/27(木) 午前 1:40

  • > dar*****さん
    レス遅くなり申し訳ありません。
    伊勢神宮の宝物、三種の神器のうちの鏡は、垂仁天皇のころに鎮座されたと思うのですが、。

    それ以前の崇神天皇のころは疫病が流行って巡行して、更にそれ以前は、天皇の側、皇居に安置されてたと思うので、

    伊勢神宮という神殿がたつ前にも祀られ祭儀は行われていたと思いますが。

    歴代天皇で、伊勢神宮に直にいかれたのは、持統天皇と明治天皇だけだといいます。

    明治神宮は伊勢神宮を模したところですし。
    伊勢神宮の神様は、本来は、霊験あらたかすぎて、人には秘めるようにして祀られていたのではないかと思っています。

    現代でも三種の神器は、
    本物は用いず形代と呼ぶレプリカで代用していますし。

    Mary Magdalene

    2019/7/14(日) 午後 10:57

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