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個人的な信仰は間違いだとする人がいます、。
>個人の信仰を個人の自由というあり方は
個人が信仰の責任を負うことを強いることだと、

ごくまれな事なのですが、、
本人は口を出すのが当たり前だと思っているので、
必要ありません、と言っても、
話が噛み合わない、。苦笑

人の信仰のあり方にまで、
やかましく口を出し、批判というか、
誹謗中傷しまくる人って、、いますよねぇ、。

ごくごく、、たまに、、、、10年に2回、いや、3回かな、。
そんなものですが、。

信仰の道は一本の大道、基本的な道はあるけれど、
気づくことに個人差があるので、。
それぞれの信仰の道は、、、
10人いたら10通り、100人いたら100通りになるわけです、。

でも、、普通は、人の信仰のあり方など気にしません。
よほど常軌を逸した信仰の仕方をしてなければ、、ですが、。
すごいというか、異常レベルになると、、
幾人か、勇気ある人が、一言二言、、と苦言を呈していきます。

人の信仰のあり方を名指しで、何年も誹謗中傷する人を見ると
何が楽しいのかねぇ?と思ってしまいます、。
それが、自称でも、クリスチャンであると、特に呆れます、。

結局、そういう人の、
すべての言い分を凝縮すると、

『俺さまが言うことのみが正しい、。
俺さまが言うとおりに、お前らは信仰してればいいんだよ!
俺さまに歯向かうやつは、さっさと消えろ!』
という独善的思考にいきつきます。

そうしなければならない、とするための
聖書からの根拠聖句もなし、実体験もなし、
あるのは、机上の空論、作り話。妄想、。

神様に文句言えないから、身代わりに、、
神様に従っている人への強い憎しみ。ねたみ、、。

なんで、6年も、その人が上げる記事、全部に批判記事書いたり、
嫌がらせコメントしてて、得意満面に話すのかしらね、。

ソレを擁護してヨイショする別アカウントの存在も不気味、、。

信仰は確信が砕かれてゆくこと?
じゃあなたは、なんで、まるで砕かれてないのかな?
誰にもまともな謝罪が出来てないのに、砕かれている?笑。
すごい冗談きついわ、、。

聖書に、、
あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。

あなたは、自分の言葉によって義とされ、また、自分の言葉によって罪ある者とされる
って書いてあるしね、。

普通のクリスチャンや、常識的な人は、よほど
ズレた信仰の仕方してても、
黙認してスルーの方が多いですよね、。
絶対、気分悪くなる記事だし、、擁護しませんて、、。

さてと、前置き長くてごめんなさいね、。

本題行きます、。
個人信仰について、、聖書では、、
このようなたとえ話があります、。

「ぶどう園の労働者」のたとえ
マタイ福音書
20:1 「天の国は次のようにたとえられる。ある家の主人が、ぶどう園で働く労働者を雇うために、夜明けに出かけて行った。
20:2 主人は、一日につき一デナリオンの約束で、労働者をぶどう園に送った。
20:3 また、九時ごろ行ってみると、何もしないで広場に立っている人々がいたので、
20:4 『あなたたちもぶどう園に行きなさい。ふさわしい賃金を払ってやろう』と言った。
20:5 それで、その人たちは出かけて行った。主人は、十二時ごろと三時ごろにまた出て行き、同じようにした。
20:6 五時ごろにも行ってみると、ほかの人々が立っていたので、『なぜ、何もしないで一日中ここに立っているのか』と尋ねると、
20:7 彼らは、『だれも雇ってくれないのです』と言った。主人は彼らに、『あなたたちもぶどう園に行きなさい』と言った。
20:8 夕方になって、ぶどう園の主人は監督に、『労働者たちを呼んで、最後に来た者から始めて、最初に来た者まで順に賃金を払ってやりなさい』と言った。
20:9 そこで、五時ごろに雇われた人たちが来て、一デナリオンずつ受け取った。
20:10 最初に雇われた人たちが来て、もっと多くもらえるだろうと思っていた。しかし、彼らも一デナリオンずつであった。
20:11 それで、受け取ると、主人に不平を言った。
20:12 『最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して働いたわたしたちと、この連中とを同じ扱いにするとは。
20:13 主人はその一人に答えた。『友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか。
20:14 自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。
20:15 自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前のよさをねたむのか。』
20:16 このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。

神様が、人を招く時は、人それぞれであり、
同じ時に救われることもない、。

早くに救われる人もいれば、時間がかかる人も居る、。
救われるまでの信仰生活が
長い人もいれば、短い人も居る、。

同じ時に同じ様に救われ、
同じような信仰を持つこと自体があり得ない、。

ただの机上の空論で、物事を思考するから浅い思考となる、。
ゲームで言うと、経験値少ないから、
マックスレベル100なら、レベル10というところかしら、。

教会に行き、人と交われば、、信仰が神様との個人的出会いの
積み重ねで在ることが理解できる。

まぁ、人の信仰に口出すような人は
自分は朝方から働いたから、
1デナリより多くもらいたくて、なんで少ないの?と
神様に文句つける人なのでしょう、。

自分より、あいつは少ない時間働いて、
同じ1デナリもらうなんてずるいって考えて、
人のこと監視するがのようにチェックしてて、
ぶち切れてるわけだし、それと同じことしてる。

人の信仰の労働時間、自分と比較して、気にしてどうするの?
人の信仰の賃金や仕事内容を自分と比較して、気にしてどうするの?
ただの同じ神様の使用人の一人でしょうが、。

いつから、使用人の長になった、のやら、。
大人しく、1デナリ貰って、
人に文句タラタラするのは黙って、さぼりまくりの
自分の家族や、おうちのことだけやればぁ?

それに、おじいちゃんなんだよねぇ?
1日机に座りっぱなしは、お腰に悪いわよーーー。
散歩1時間くらいしないと、足腰弱って歩けなくなるわよ、。


信仰が個人的なものであると分かる聖句。
ヨハネ福音書
21:21 ペトロは彼を見て、「主よ、この人はどうなるのでしょうか」と言った。
21:22 イエスは言われた。「わたしの来るときまで彼が生きていることを、わたしが望んだとしても、あなたに何の関係があるか。あなたは、わたしに従いなさい。」

ペトロが、他の弟子のことで、イエス様に尋ねます、。
この人は、どうなるのでしょうか?今のままなのか、、
なにか変わるのか、、と、人の事の何かを気にして、
イエス様にそれを聞いたわけです、。

でも、イエス様は、、聞いたからどうなのか?
あなたには関係ないことでしょう、。
あなたは、、、わたしに従いなさい、と、
あなたは、、と、個人的に命じておられます、。

なので、人の信仰のあり方に、人が口をはさむというのは、
小さな親切、、大きなお世話です!

その人にはその人が歩むべき道があり、
その人が学ばないといけない物事を学ぶ道なので、
人があれこれ指図するのは、
おじゃま虫でしかありません、。

信仰の道、長ければ、偉いと思いがち、、
でも神様からごらんになられたら
人の時間など、大差なし。
どんぐりの背比べ、。

自分は長く信仰してるから、正しいなんて思うのは、、
驕り高ぶり、高慢そのもの。

癒やしの恵みが欲しいのなら、
神様を心底、疑わずに信じて、
神様の御心に従おうと日々努力して生き、
治りたい。神様にはそんなの簡単に出来る、、と
信じ切る思いがあることなどが大前提。

自分が楽すること、褒められることにしか興味がなく
人に自分の恨みつらみをぶつけて生きて、憂さ晴らしして、
棄教もし、他宗も排他し、人も排他して、生きてたら、、
いくら、口先三寸清く正しそうなことを言ってても、、
人が読んで聞いてて不快に思うし、、、

いかに、神様が温情深い御方でも、、
祝福は出来ないもんねぇ、。

祝福するための理由が一つもないんだから、。
逆に祝福を取り払う理由は、
暑さで腐りそうなほど天に向けて積まれてますが、。

時折、垣間見せる、醜い心のドス黒さゆえに、
気づいた人はおぞけて逃げていきます、。

この一連の騒動で、醜さが明るみに出てきて、
だいたい同じ人からしかポチされないようだわね、。
しかも、自分の別アカでの自ポチが多いようだし、、。

そんなこんなで、いくら口先と見た目とで、、
一時的に人を騙せても、行動の異常さ、
心の醜さを見て、最後に人は正しく判断する、。

やめたほうが良いと諌める人の声も、、聞く耳を持たない、。
普通は、自分のどの行動が異常なのかと、省みるものだけど、

思考が、自己中であると、自分擁護にしか思考がむいていかない、。
自分を守ろうとし、とげとげしい言葉の鎧を着込み、

擁護する他人格が表に出てくる、。
普段は出てこない人格までも、、
こそっと参上、、。

ここが気になるらしい、。
記事アップして20分後くらいに、
すぐ誹謗中傷コメントが入ってて、
1時間おきに、敵情視察でもしてますの、笑 って思った、。

自分と意見が違う人、論を受け入れない人には、
憎しみしか無いのね、。

ふた言目には、カルトと荒らしとしか言わない、。
他の日本語知らんのか?と思うくらいに、
お見事に、ソレしか言わない、。

意見が多少違おうが、
受け入れる神道のような思考をします、と
言ってた人が、、いきなり擁護に出てきて、、笑えた、。

言ってることと行動が違う、。
同一人物なら、、それはあり、、。

自分自身は、このように自分個人の信仰が崩されそうになると
大騒動して、自分信仰を守ろうと躍起になるのに、
人には個人信仰は悪だという。

人には信仰を固定化すると、
進歩も反省もしないからダメ、と言いながら、
自分自身は信仰を固定化し、ずうっと、反省も進歩もしていない、。

口に出してることが、全て自分自身のことになってる、、。
自己裁きなのよね、、。

人の中に、自分自身を見出し、ソレを言う、。
もろ、心理学の投影、。
自分がそうだから、人もそうに違いない、と思うこと、。

柔軟性の全然ない懲り固まった個人信仰を、してるのは、、
放蕩お爺さん、あなた御自身ですよ、。

他の方は、同じ個人信仰でも、柔軟性もあって、
日々、自己反省もするし、謝罪もするし、
身の回りの人を大切にしています、。

神様と、、個人的な関わりを断てばどうなるか、、
ヨハネ福音書
13:6 シモン・ペトロのところに来ると、ペトロは、「主よ、あなたがわたしの足を洗ってくださるのですか」と言った。
13:7 イエスは答えて、「わたしのしていることは、今あなたには分かるまいが、後で、分かるようになる」と言われた。
13:8 ペトロが、「わたしの足など、決して洗わないでください」と言うと、イエスは、「もしわたしがあなたを洗わないなら、あなたはわたしと何のかかわりもないことになる」と答えられた。
13:9 そこでシモン・ペトロが言った。「主よ、足だけでなく、手も頭も。」
13:10 イエスは言われた。「既に体を洗った者は、全身清いのだから、足だけ洗えばよい。あなたがたは清いのだが、皆が清いわけではない。」

当時、汚れた足を洗うのは、異邦人の奴隷の仕事で、奴隷であってもユダヤ人であれば、免除されていた仕事です、。ユダヤ人は、人の穢れにふれることを、とても忌み嫌っていたので、、、弟子たちは、イエス様の行動に面食らうのです、。

師であるイエス様が、異邦人の奴隷のすることをしてるわけですから、。
ペトロは慌てて、許否します、。
私の足は穢れて汚いので、洗わないで下さい、、と、、

イエス様は、私が、あなたに触れて洗わないなら、
何の関わりがあるのか?
それでは何も関わりが無いのと同じであると、仰ったのです、。

イエス様から、個人的に触れて頂き、
自分の汚れも、隠さず見せて、綺麗にして頂かないなら、、
イエス様と、繋がってないのと同じだと、言うことです。

個人的に神様と繋がる、この個人の信仰を、、
個人の自由としないなら、それは、支配です。
サタンと同じ心根。

神様は、無理強いしません。
神様を信じるのも信じないのも自己責任に置いて自由です。

ただし、全員が、いつか神様のもとに戻ることを
神様は最終目標とされてますし、
現時点で、サタンとサタン側に落ちている者も含めて、
すべての被造物を神様側のものとし、
原初の世界を回帰回復することが、生きている人の使命です。

人間一人ひとりが、神様の御心に沿っていき
サタンから離れることです。
彼につく生きた人間や、死んだ魂が皆無になれば、
サタンは、神様に帰順するしかなくなります、。

サタンは人を罪ありと讒訴する者、
人が、神様に従い罪を犯さないようになり、

また、罪を犯しても反省して帰順しなおせば、
地獄世界さえも、いずれは消え、
この世でも地獄でもサタンは行き場を失うのです。

その時、彼から悪と罪は剥ぎ取られ、すべての人から原罪が消え、
世界は、真のユートピア、新しいエデンに変えられる。

誰かが、、私にこう言ってきた、。
神はいつまでも黙って見ておられるだけではない。 
そっくりそのまま、あなた方(あなたとアレ)へ
お返ししましょう、。

私の父は、、生きて在る御方ですからね、。
猶予期間の生きている間が終われば、、それこそ黙っていません、。
死後は、、裁き主となられましょう、。

厳罰が下ることは間違いないので、
それが、、お嫌なら、早めに教会に行き、
アレとの契約を反故にするために、
神様に悔い改めて祈りなさいね、。

悪魔や悪霊と繋がってるままだと地獄行き、確約ですよ。
私は一回、炎の池飛び込んでるから、怖くないけど、、
あなたは、恐ろしいでしょう、。

聖句通り、私がみた炎の池には、
空まで燃え立つ巨大な炎が燃えてました。

追記
リアル放蕩おじいさんのサイト、、
私が批判記事書いてるので、、、、
注目の的のようです、。

どのような言動をするのか、、
じっと見られてますよ、。

良かったじゃないですか、、
ブログ村からも他からも、
見に来てもらえて、。

知らないでしょうけど、訪問者多いのに、
PV少ないのってね、。

みんなちら見して、トップページから、
そのまま記事読まずに帰ってるのよ。
つまりは、批判記事なんて、面白くないという意思表示。

PVが増えるような、
読み応えのある記事お書きなさいな、。
記事アップしないでも検索かけて読みに来て
貰える様になれたら良いのでは?

マグダラのマリア

  • こんにちは。
    これを読んでわからないなら終わりです。
    でも、きっとあの人はわからない、
    なぜなら病気ですから、、
    完全に精神を病んでますよ。

    [ こうさん ]

    2018/8/23(木) 午後 6:44

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    > こうさんさん
    ご訪問とコメントありがとうございます、。
    普通の人には、わかりやすく書いたつもりなんですけど、、
    あの方だけには、分かるかどうか、、、。
    人の意見は、すべて排除なので、、、
    よほど、ぐうの音がでないほど、大勢の人から吊るし上げられて、
    怯えるくらいに袋たたき状態で、、叩き伏せられないと、
    上には上があることが、わからないのかもしれない、。

    世界で、自分だけが正しくて、
    神様ぬかして自分が一番偉いって思ってるから、。
    他の人は、全員人間ですら無い、。

    大方、、利用出来るのは利用する、、みたいな
    よろしくない思考でしょう、。

    Mary Magdalene

    2018/8/23(木) 午後 8:03

  • 顔アイコン

    信仰を貫く人は偉いと思いますが、私にはそれほどのエネルギーが無くて、独りで幼い子供を連れて三人で強く生きてきました。息子たちもいい家庭を維持しています。人生とは何でしょうね。結局、すべて自分のことは責任を持って遣り通すことですね。年が行っても病気になっても取り方次第ですね。私は幾ら考えて後悔がありません。どうして後悔がないんだろと考えたりしますが、どう考えても後悔という文字が浮かびません。
    貴女はどうしてキリスト教に入会したのですか?興味があります。

    シオンのカケラへようこそ!!

    2018/8/24(金) 午後 1:32

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    > シオンのカケラへようこそ!!さん
    こんにちは、。

    気づくのが遅れました、
    申し訳ありません、。
    わたしは、自分の肉親に恵まれずにいたと思い込んでて
    いじめられっ子で友達もできず、泣き虫で根暗でしたので
    3歳ころには死ぬことを考えていました。
    本物の神様をもとめていました、。色々宗教を遍歴し、宗教書、スピリチュアル、天使、悪魔、仏教、神道、古神道、仙術、、、手当たり次第に読みまた、カルトと呼ばれるところも入信したりもしました。

    愛してくれる家族が欲しかったのですね。
    生きてる人にそれが望めず、、神社だけは金儲け臭がしなかったので、やめませんでしたけど、。
    最後の最後、の神様、もう、あとがない、、
    高校時代にクリスチャンのお友達に連れていかれて教会に行き
    お父さんになって貰える神様、、に一目惚れして、今に至ります、。
    当時の私の選択は間違ってなかったと、今は確信になってます、。

    Mary Magdalene

    2018/8/27(月) 午後 0:45

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