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マリアによる福音書のみの全文はこちらです。

「物質はいずれ解消するのですか、それとも、そうではないのですか。」

救い主は答えた。
「あらゆる本性、形づくられた総てのもの、あらゆる被造物はお互いが納びつき、内包し合って存在しているのであり、それらは全て、そのものの根源へと解消されていく。物質の本性は、その本性の根源に解消される。聞く耳のある者は聞きなさい。」

ペトロが彼に言った。
「貴方は私たちに、全ての事を説明して下さいました。もうーつ、教えて下さい。この世の罪とは何でしょうか。」

救い主は答えた。
「罪といったものは存在しない。しかし、姦淫などの行為に染まる時、貴方がたは罪を創り出す。罪と呼ばれるのは、それを犯す貴方がたなのだ。その為、善なるものが貴方がたの中に、あらゆる本性のもとにやってきたのだ。その根源へと回帰させる為に。」
彼は更に続けた。
「だから、貴方がたは 病気になって、死んでいく。[自分を欺く]もの[を愛する]故に。心のある者は理解しなさい。」

「物質は、姿かたちを持たない熱情を生み出した。この熱情は本性に反するものから生じ、全身に不安定さをもたらす。それ故に、私は貴方がたに言ったのだ。正しい勇気を持ちなさい、と。そしてもし、おじけづいたなら、本性のさまざまな姿かたちを前にして、勇気を持ちなさい。聞く耳のある者は聞きなさい。」

祝福された人はそう言うと、彼らみなに言葉をかけて、こう言った。
「平和が貴方がたと共にあるように。私の平和を受け入れなさい。
『見よ、ここだ』とか『見よ、あそこだ』と言う者たちに、惑わされてはならない。
人の子は貴方がたの内にある。その後に従いなさい。求める者は見い出すだろう。行って、王国の福音を宣ベ伝えなさい。
私が貴方がたに示した以上の事を、いかなる形であれ、押しつけるような事をしてはならない。律法者のようなやり方で、規則を設けてはならない。さもないと、貴方がたが制約に縛られる事になるだろう。」
彼はそう言うと、彼らの元を去った。

弟子たちは悲しみに打ちひしがれ、泣き崩れて言った
「異邦人の処に行って、人の子の王国の福音を宣ベ伝えるといっても、どうすれば良いのだろう。あの方を許さなかった彼らが。私たちを見逃す筈がない。」

マリアは立ち上がって、彼らみなに挨拶し弟子たちにこう言った。
「泣いたり、嘆いたり、疑いを抱いたりしてはいけません。あの方の祝福はあなたがたとともにあり、今も守って下さっているのですから、むしろ、あの方の偉大さを称えましょう。何故ならあの方に準備して頂いたお蔭で、私たちは真の人間になれたのですから。」

マリアはそう言って、彼らの心を善なるものに向けさせた。そして彼らは[救い主]の言葉について話し合いを始めた。

ペトロがマリアに言った。
「姉妹よ、救い主が他のどの女よりも貴方を愛した事を、私たちは知っています。
貴方の覚えている救い主の言葉を、私たちに話して欲しい。貴方が知っていて私たちが知らない、私たちの聞いていない言葉を。」

マリアは答えた
「貴方がたに隠されている事を、私が貴方がたに明かしましょう。」
彼女はこれらの言葉を彼らに話りはじめた。

彼女は言った。
「私は、幻のうちに主を見ました。そして、あの方に言いました。『主よ、今日、私は幻のうちに貴方を見ました。』と」

「あの方は答えて、私に言いました。『貴方に、祝福があるように。貴方は私を見ても勧じなかった。叡智のあるところに、富もあるのだ。』」

「私は、あの方に言いました。『主よ、人は魂を通して幻を見るのでしょうか。それとも、霊を通して見るのでしょうか。』」

「救い主は答えて言いました。『人が(幻を)見るのは魂を通してでも、霊を通してでもない。その間にある叡智を通して幻を見ているのだ……。』」

「欲望が言った。『私は、お前が降りるのを見なかったが、今、お前が昇るのを見ている。お前は私に属していながら、何故、私を欺くのか』」


「魂は答えて言った。『私は貴方を見たが、貴方は私を見なかったし、私を知らなかった。
貴方にとって私はただの衣であり、それで貴方は私の事が判らなかったのだ。』」
「魂はそう言うと、歓喜のうちに去っていった。」

「魂は、第三の権力の処にやって来た。無知と呼ばれるその権力は、魂に尋ねた。
『どこに行くつもりだ。お前は、悪に支配されている。支配されているなら裁くな。』」

「魂は言った。『貴方は、何故、私を裁くのか、私は裁いていないというのに。私は支配されていたが支配した事はなかった。私は知られていなかったが、私は知っていた。地のものであれ、天のものであれ、いずれ消滅する全てを。』」


「第三の権力を打ち負かすと、魂は上昇して行き、第四の権力に出会った。それは、七つの姿をしていた。

第ーの姿は闇、
第二の姿は欲望、
第三の姿は無知、
第四の姿は死の願望、
第五の姿は肉体の王国、
第六の姿は肉体の愚かな知恵、
第七の姿は怒る者の知恵。

これらが怒りの七つの権力である。」

「これらの権力が魂に尋ねた。『人類を滅ぼす者よ、お前はどこから来るのだ。そして王国の破壊者よ、どこに行こうとしているのか。』」

「魂は答えて言った。『私を支配していたものは殺され、私を取り囲んでいたものは滅ぼされた。私の欲望は消え去り、無知は死んだ。
ある世界のうちで、私は別の世界を通して、解き放たれた。そして像の内で、私は天の像を通して自由となった。忘却の束縛はー時的なもの。
これから私は、沈黙の中で、時の流れを通して、安息を得るのだ。』」


マリアはそう言うと、沈黙した。
救い主が彼女に語ったことは、これだけだったからだ。

アンデレが答えて、兄弟たちに言った。
「彼女が言った事をどう思うか、考えを聞かせて欲しい。だが私は、救い主がこんな事を語ったとは信じられない。これらの教えは、どう見てもおかしい」

ペト口も同調して、他の者たちに、救い主について尋ねた。
「あの方は本当に、私たちの知らないところで、彼女と個人的に話をしたのだろうか。私たちはみな、考えを改めて、彼女に向き合い、その言葉に耳を傾けるベきなのだろうか。あの方は私たちよりも、彼女を気に入っておられたのだろうか。」

マリアは涙を流しながら、ペトロに言った。
「兄弟ぺトロよ、貴方はどう思っているのですか。
私が自分で話を作りあげたか、救い主について嘘をついているとでも考えているのですか。」

レビが答えて、ペトロに言った。
「ペトロ、貴方はいつも腹を立てている。いまも、この女を敵の如くみなしで言い争っている。
救い主が彼女を相応しいと認めたなら、彼女を拒む貴方は、一体何者なのか。救い主は間違い無く、彼女を良く御存知だ。そこで私たちよりも彼女を愛されたのだ。」

「だから、私たちは己を恥じて、完璽な人間性を身に着け、そうなれるように努めるべきだ。主がお命じになられたように。救い主の言った事を超えて法や規則を定める事なく、福音を宣べ伝えるべきなのだ。」

レビが、こう言うと彼らは教えを宣べ伝えるために去っていった。

ーーーーーーー
イエス様の本当の姿を、、視たマグダラのマリア、。
本当の姿を、、視ても、マリアは驚かなかったこと、。
それは、メシアとしてだけでなく、
人としてのイエス様も愛していたから、でしょう、。

本当の姿、、
2つの可能性が考えれる、。

1つ目のパターンは、
神様としての神々しい光輝くお姿が、、、
見えちゃった、という場合、、。
これは、当然のような、、気がしますけど、。

2パターン目は、、
神様は、愛の神様でも在るけれど、
激情の神様でもあるのね、。
つまりは憤怒のお顔、裁き主としてのお顔もあるわけです、。

それは、人にしてみたら、恐ろしいと想いますけど、。
マリアは、そのような状態のイエス様のお姿を視ても、、、
恐ろしいと思わず、幻のうちに、あなたを見ました、と、答えたパターン。

私は、個人的には後者であると想っています、。
イエス様は、人の不信仰さに、
深く嘆いておいででしたから、、人としてのお顔は、、
柔和なままでも、心では、何故聞く耳を持たずに背くのか、と
激怒されてても、おかしくないので、。

まぁ、私が2000年前のマリアの立場で、
彼女と同じものを視たとしたら、
神様が激怒のお顔でも、驚かないし、、お従いします、と
今と同じように答えます、。

私からしたら、神様の見た目は、関係ないのよ、。
背くものを救わんとして
激怒するだけ、神様には深い愛が在るから、そうなのだから、。

神様に意図して背くと、痛い目を見て、
神様の厳しさは、少しは知ったから、、、

その背き方が酷ければ、神様だとて
愛ゆえの怒りのボルテージが、上がりまくるくらいは、、
想像がつく、、

神様が、いつもにこやかで、微笑んでるだけ、と、
想ってる人はね、。神様をなめてる、。
神様は、どちらかと言うと、お厳しいですから、。

神様は、、天軍の総帥なんだからね、。
厳しくなきゃおかしい、。
優しいだけの神様像を抱くのは、、やや、自己都合に近い偶像礼拝。
自分に甘い神様を、脳内や心の中に創造して、その偶像を自分の神にしてる、。

本当の神様は、素直に、はい、、と従わないと、
猶予期間後の、裁きや、罪の追及が厳しいっ、。
背かないように努力してたら、、ほんと、、何も問題が起きてこなくて
人生が楽になった、。

神様の御命令に聴き従うことが、こんなに楽なら、、
文句ないでーす♪って、感じ、。

罪に関して、、原罪は、人が持つ罪の因子、。
それがあるというだけでは、人の行いに罪は生じない、。
原罪は在るにはあるけど、
悪でも善でもない、ニュートラルの状態でいれる、。

そこに、我が生じ、、悪知恵が生じ、
自分さえ良ければ思考をして、、
自分の心のままに、、心が欲望に走るから、罪が生じる、。

自己の心をコントロールし、
欲望に突っ走らないように、そればかりに、
心をとらわれないように、、
仏教で言うところの中庸の状態が大事です、。

ちなみに何か、一つのことにこだわり続けることも、
ただの欲望です、。
理由付けなんて、いくらでもつけようと思えばつけれる、。
屁理屈すら理由になる、。

こうしてやる、とか、人を憎むことも、、
恨むことも、、、いつまでも、そういう負の想いに
囚われ続ける事が罪なのです、。

瞬間とか、短い期間に、、イライラしてしまっても、
怒ってしまっても、、憎んでしまっても、
それを過失として認め、、忘れる、。

もしくは思考の方向性を訂正し、再思考し直すなど、、
そうすることで、罪まで行かず、過失レベルのことになります、。

マイナス思考部分の、同じ場所に留まらないで、
真ん中のニュートラルな部分に戻っていくことが出来れば、
過失で済むし、大きな罪なんて、犯すことはないのです、。

恨み続け憎み続け、罵り続けるから、
同じことばかり考えて、恨みつらみが深くなっていくから、

その人の良い部分も見えないし、馬鹿にして罵って、、
踏みつけて、謝らせて、溜飲を下げるまで、
叩きのめし続けるとかね、。

大きな罪を犯しやすくなるし
不毛な行為からも抜け出られない、。

仏陀も、自分が力づくで出家し、
妻子をおいて出てきたことを、反省して、
いくら大義のためとは言え、小義だからと言って、知らん顔せずに、、
ちゃんと見つめて心の曇りを祓っています、。

イエス様は、こう仰っています、。
蝮の子らよ、あなたたちは悪い人間であるのに、どうして良いことが言えようか。人の口からは、心にあふれていること(言葉)出て来るのである。
善い人は、良いものを入れた倉(心)から良いもの(言葉)を取り出し、悪い人は、悪いものを入れた倉(心)から悪いもの(言葉)を取り出してくる。
あなたは、自分の言葉によって義とされ、また、自分の言葉によって罪ある者とされる。と、。

言葉は、心の産物、。
見た目は同じ言葉でも心の在り方次第で、
その言葉の価値や意味は真逆にもなる、。

見た目の言葉に固着し、自分自身のことで
批判や議論ばかりしかけたりするのは、、
自分の良いようにと、物事をごまかそうとする心からによる、。

本当に事実で在ると、自己認証して居るならば、
自分自身のことでは、動く必要性を、私は感じない、。
なので、、私自身については、幾らなじられても、
大概は、放置しておく、。

私の守りたいものに、触れたとき、
もしくは、ここに乗りこんで来た時などは、、別であるが、。

私が想うのは、、
神様は総てをご存知なのだし、言葉を振りかざして
人間との議論に勝つ必要性は無いと想っている、。

神様が正しく判定される、その時を待てば良いだけだから、。
なので、議論の勝ち負けに、こだわることは私はしない、。
ただ、このように、私は想う、と、言うこと自体はするが、
それで自分自身が勝ち負けを決めるつもりはない、。

お友達からの要請で、、
とある方への名前が入っている記事は、
非公開へと変更しました。

それが相手との約束だから、と、
お友達からの要請なので、そうしただけ、。

私は、譲歩はしてるのだから、、
そちら様も、、口出し無用の約定は、お守り下さいね、。

今頃、
馬鹿の記事消えた、。都合が悪いから、、
負けたと想ったから記事隠した馬鹿、、とか
別の批判大好きな誰かは、、騒いでるでしょう、。

昨日は、ここには訪問履歴はなかった。
私の代わりに謝れと暴れこみに行ってる、
お友達の方にはコメントと履歴があった。

ヤフーアカウントがある人の今日分の訪問履歴。
うちは、ツイッターとかグーグル検索とか、、
外部からの訪問が圧倒的に多いです。

訪問者履歴の記録11月11日21時39分時点
こうさん
kei*****
まさとし
カーさんのパパ
kpby2751
らのちしち
蜂蜜旋風
sab*k*ti1
sekiyann
st5402jp
cb2**atumot*t
日神子
自由
ふたば薬局 中村 彰
無知無関心は自己中の現れ超非国民
aya*****
易坊
akari
憩 ヨハネ
結城 彩奈ーYUIKI AYANAー

別サイトで、マリアとの名指し批判は、止めた模様ですが、。
誰かさんが、私の聖絶の記事の内容を、わざわざ引用してるから、
あまり、意味ないけどね、。

ま、自サイトなどでなら、私自身の事の嘲りであれば御勝手に、、

どうせ、馬鹿だし、鬼女だしぃ、。痛くも痒くもないし、。
私が護りたい領域、、
神様、イエス様、家族、友達のことに踏み込んで来なければ、、
どうでも良い、。私自身のことは、

最終的な義の決定者は神様であるので、、、
私はそれに従うのみ、。

神様が、あの時、
お前は勘違いしていたよ、、思い込みしていたよ、
言い張っていただけだったよ、とかね、
教えて貰えるでしょう、。

そしたら、その時、
間違いについては間違えてました、と
認めれば良いと想っている、。

それでも、霊界では、ちゃんと、
当人には、そう想い直しした、ということが
霊界入りするとき伝わる、。

だから、生きている間の証明に固執しない、。

特にネット上では、、自己の
正しさの確認のしようがないのだから、
ほぼ本名で自分の人としての名を晒しているものはいない、。
みなハンネ使ってるからね、。

ネット上では、言ってることが、全部、嘘かもしれないのだし、、
唯一の他人との判別をできそうなものは、
記事やコメントであるけれど、
別アカウントごと、個人個人に癖や、基本思考を決めておき、
基本的に使う口調をきめておけば、、
別人になりすますことも可能、。

基礎知識さえあれば、いろいろなところから、
その時、言いたい文章のコアな部分は、、
参照してきたり、コピペしてくれば事足りる、。

パソや、サイトがあれば、、そこに人格別に
よく使うコメント保存という手もありそう、、。

それに、言葉だけでの立証での、事実認証は、
単に書かれた言葉であるから、相手の顔が見えないので、
本心か、そうでないか、さえ、わかりづらい、。

ネット上では、、別アカントで、自分の敵をも
作り出し、それと自己論争する、変わり者も、、
極稀にいるかもしれない、。

それを、自分はそれと、同一人物ではないという
証拠にせんとして、。

昔、、いくつものアカウントで、ここにきて、
口調を変えてはいたけど、
文章の言う中身は、同じことを
違う言い回して言ってきて本アカウントと、、二人仕様で
批判コメされたことがある、。

1アカウントだと10コメント以上の
批判の連投が出来なかったものだから、
違うアカウントでも批判コメントいれて、、
大量に批判コメといれようとしたという算段、。

多分、その時は、昔の話なので
携帯とパソとでの投稿であっただろうと想うけど、。

なので、見た目の言葉の中身が違っても、口調や癖が違っても、
他人という決め手にはならない、。

実際に、そういうことしてた人が、居たんだから、、。
他の人も、、人間である以上、
似たような思考や、行動をしてもおかしくはない、。

また、ネット上の言葉はデジタル化されているから、、
他人が読んだ時に、言葉づらだけだと、、
感情論での会話をしない限り、、

感じ方も理解の仕方も個人差があり難しいし、この世では、
折り合いをつけようと相互で努力しない限り
概ね、、片方の謝らせた側の自己満足によって終わる、。

↑で批判してきた者は、、
謝罪と、ここの閉鎖まで求めてきたし、
そんな訳のわからない理屈はない。
自分が気に入らないからって、
ブログを閉じろという権限はない、。

その人と、もう一人いたかな。
お病気なのかな、と想って、ここで、批判すると良くないから
やめるように言ったけど、聞かなくて、

車のバンパー擦った、事故った、お前のせいだ、とか、
熱が出た、、と、あいつ、マリアが呪ったんじゃないのか、、とか
名指しで記事書いて、いわば八つ当たりしまくられた、。

で、さらに悪口批判したから、、最後は腰だか足を痛めて、
歩くのに難儀するとこまで、行ってしまって、。

批判するくらい嫌いなら来なければ良いでしょう、。
なんで、来たりコメント入れにくるわけ?
打つものに打たれるからやめてと言ってるでしょうが。と
散々言ったのに、、

私が悪念を受け取らないから、、自分の悪念がたまりに溜まって、、
神様が定めた猶予期間が過ぎてしまった時に、、一気に
自分自身に反っていっただけなんだけどね、。

一度、負のスパイラルに陥ると、改善が難しいから、
うるさく批判しに来るな、、と
わざわざ、批判するものには言うのよ、、私は、。

この10年で、、何度か、そういうことがあったから、。
私はそうなることは望んでなかったから、
いくども来ないように、、と通知した、。

謝ったから、負けた、謝らせたから勝ったというのは、
力の在るかないかの誇示という自己顕示欲から出る価値観の1つでしかない、。
自己の欲望の満足を目的とする、。

私は上で書いたように、
霊界では心の嘘偽りなく、死んでいく時に、
自分がこの世にいようが、死んでいようが、、こちらの真意は
相手にもストレートに伝わるのだし、、
死んだ後での事実認証でも間に合うと想っている、。

霊界では、心が清いか嘘つきか、誰でも見抜ける、。
姿かたちが、心のままに変容する、。

美しい、、嘘がない心であれば、見た目も、輝き美しく見える、。
嘘つきや欲望の塊のような人の姿は、悪鬼のようなものとなる、。
だから、身を恥じて地獄へと自分で選んで降りていく、。

叡智のあるところに、富もある、、の意味は、、
叡智、、は、智慧であり、、普通は、聖霊をさす、。
神様に智慧を求めたソロモン王は、、富も栄光も得た、。
幻を見るのも、聖霊の満たしによって、、人は、それを視る、。


↓聖書中では、死後の世界について、少しだけ書かれている、。
7つの道について、マリアの福音書も、7つの欲望が出てくる、。

仏教では地獄も含めて、人が輪廻するのは、、六道というけど、
釈迦の通った涅槃の道、、解脱の道もあるわけだから、
全部で7つなのよね、。

>私の欲望は消え去り、無知は死んだ。
ある世界のうちで、私は別の世界を通して、解き放たれた。

これは、死んだから、
肉体の原罪と罪に死んでいる霊の意識からの束縛から解かれて、
魂が昇華して、神様のもとへと帰る様子、。

肉体は地上に置き去り、、霊の意識は、
その霊意識が同調する世界へと降り、、
もしくは、、この世でさ迷う不成仏霊となって、、
もともと清らかな魂だけが、先に神様の御もとへ帰る。

霊が、、活きた霊であり、死んでいない状態であれば、
清い魂とともに、神様のもとへ帰還できる、。
人が、自分だと、認知しているのは、霊の意識まで、。

魂としての自分自身は、生きている間は認識不可、、。
それは、、忘却するように、、との仕組みがあるから、認知し難い。

従って、神様に従う、、という形で、霊を清め、
眠っているようにしか感じない魂を磨く、という
自己啓発的作業をするのだけど、。

実際には、魂自体は磨く必要がない。
神様からの直のものだから、、
磨くのは、自分の心と、霊意識です。

旧約聖書続編 エズラ記ラテン語訳
7:80 その霊は安らぎの場所に落ち着くことができず、以後苦しみの中で常に嘆き悲しみながら、七つの道をさまよい歩くだろう。
7:81 第一の道は、人がいと高き方の律法を軽んじたゆえに備えられた道である。
7:82 第二の道は、生きるために良い悔い改めをもはや行うことができない道である。
7:83 第三の道では、いと高き方の契約に忠実であった人々に蓄えられた報いを見せつけられる。
7:84 第四の道では、終わりの時のために自分に用意されている懲らしめを思い浮かべる。
7:85 第五の道では、他の人々の住まいが天使たちによって守られて深い静けさに包まれているのを見せつけられる。
7:86 第六の道では、彼らの中のだれかが苦しみの中へと移って行くのを見る。
7:87 第七の道は、以上のどの道よりもつらい道である。この道では、いと高き者の栄光を見て、うろたえながら衰えてゆき、恥ずかしい思いをしてやつれ果て、恐ろしさのあまりしおれてしまう。彼らは生きていたときには、この方の前で罪を犯したのであり、終わりの時には、この方の前で裁かれるのである。

>像の内で、私は天の像を通して自由となった、、の意味は、、

肉体の中で、天の像、、は、神様の子としての輝く姿、。
自分が、という我を棄て、、
自他の区別も棄て、、すべての執着を捨てた状態、。


私は、あの時、生きながらにして、第7の道へ堕ちた、。
己の罪が、余すところなく暴かれ、あまりにも苦しく
自ら裁きを乞い願った、。
肉体の死と、地獄へ堕ち、罪を贖うことを、。

聖書にも、、死者の国、霊界については書かれている、。
死んで終わりではない、。

人の魂は清い、。
人の霊意識、は、罪に死んでいて、
サタンの誘惑の言葉に騙されやすい、。
サタンは、、人の耳に、、心に心地よい言葉で、誘惑する、。

あなたは、、正しいのだ、、と、。

サタンが、正しいと認証しても、、
そんなもの、神様の国、霊界では、
何の役にも立たない、。

神様を罵り否定するものは、、
自分が神様や人にしたように、
周り中から、罵られ、嘲笑われる、。

私に関わった、、サタンに繋がりし悪霊よ、。
無事に、地獄へ、お前の主人のもとへ戻れると想うな、。

お前が成した罪を、更に奥深いところで贖え、。
霊となってからも、父に逆らう大馬鹿者よ、。
お前も、縛り上げられて、共に地に下れ、。

なに、、大したところではない、。
馬鹿な私が戻って来れた場所だ、。

私より馬鹿ではないと、、優れていると、
人の口を借りて、常に言っているお前ならば、、
戻ることなど、造作も無かろう、。

堕ちた、、その時は、
己の身の程を理解するであろうから、、、
真摯に悔いたならば、、私の霊名を呼べ、、
これも縁であろうから、。

そして我が眷族におなり、。
私は、心の力ある者は好きだ、。
地獄で悪魔側にいるのではなく、神様側のものとなれ、。

私は、最下層の地獄へ落ちて戻ってきた、。
火の池もくぐった、。
自分が通った所から、救い出せないことはない、。
その時には、お前も、それを理解しているだろう、。


私は、地獄世界での、細い蜘蛛の糸のようなものになろう、。
己が罪を認め、心から悔いた者だけに視えるように、。

私が伏して心から願い望めば、、
父さまは、もとより憐れみ深い御方であるから、
私の願いをお許し下さるだろうから、、。

イエス様が、、私を、地獄の底から、、救い出されたように、。
私も、肉体の死後は、悔いた者を、神様のもとへと導く銀の糸となりたい、。

それが、少しでもイエス様をお手伝い出来ることになるのなら、
天国で、安らぐ権利は、、保留にしたままで、、良いです、。

天国に入るのは、、最後でも、良いです。
イエス様が、、働かれているのに、
僕の私が天国でまどろみ眠っているわけにはいかない、。

地獄に入り浸るのも、、また一興、。
私の肉の家族は、、それを、私が選んでも
分かってくれる、待っていてくれる、と想うから、。

地獄界での蜘蛛の糸、、
昨日の、、短い眠りの中で、、視たことです、。

2000年前のマグダラのマリアが光のマリアなら、、
私は地獄に住まう闇のマリアだわ、、。苦笑。

イエス様も、、日々、、地獄の中で、、
深く深く悔いて神様に裁きを受けて当然です、と
悟って、、救って下さいと、言うことをやめた者を、
救っておいででしょうから、。

イエス様にだけ、、地獄に行かせれないわ、。
イエス様がおいでならば、地獄の底までも、どこまでも、、
お側で、お仕えします、。

せっかく?生きながら地獄に落ちたのだから、、
イエス様のお役に立ちたい、。
少しでも、私の罪の苦しみを負って下さったことへの
ご恩返しをしたいです、。

マグダラのマリア

↓良かったら、、お読み下さい、。

御入会お待ち致しております、。
(現時点で、私含めて、8名の方が同意意思表示、
もしくは、入会の意思表示をされています。
同意の意思表示をされた方は、、、
入会の意思ありと、受け取っております。)

  • 今晩はお疲れ様です今日出番今休憩中です、記事、頭下がります 話し変わりますが立冬過ぎてあたたかい異常気象ですね ⛪

    [ aya***** ]

    2018/11/12(月) 午後 5:08

  • 顔アイコン

    > aya*****さん
    こんばんは、。

    そうですね、
    土曜なんか、、汗かいてしまいました、、。
    これで、一気にまた冷えて、
    体調管理、、気をつけませんとね、。

    Mary Magdalene

    2018/11/12(月) 午後 5:25

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