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イスラエルの現代の既婚女性は、髪を剃る。
外にでるときは、ウィッグを着用したりスカーフ等を巻いて、、
短い頭の髪を隠す、、。

肘や膝を隠す、鎖骨の露出、派手な色や模様、
ボディーラインのでる服の着用は禁止、
ズボンを穿かないこと、人前で素足にならない(ストッキング着用)、。

いろいろ、細かいですね、。

女性の髪についての聖句、集めてみました、。

申命記
21:10 あなたが敵に向かって出陣し、あなたの神、主が敵をあなたの手に渡され、捕虜を捕らえたとき、
21:11 その中に美しい女性がいて、心引かれ、妻にしようとするならば、
21:12 自分の家に連れて行きなさい。彼女は髪を下ろし、つめを切り、

未婚であれば、髪を結い上げておく、爪を伸ばしている、。
既婚になる場合は、髪を結い上げないで、下ろすか、おかっぱに切る、。

ユディト記
10:3 彼女は着けていた粗布を取り、喪服を脱いで水で身を清め、芳醇な香油を塗った。そして髪を整えて髪飾りを付け、夫マナセが生きていたときに着ていた晴れ着をまとった。
10:11 二人は谷をまっすぐに進んで行った。するとアッシリア人の前哨部隊にぶつかった。
10:12 彼らはユディトを捕らえて、「お前はどこの者か。どこから来て、どこへ行くのか」と尋問した。ユディトは答えた。「わたしはヘブライ人の娘です。ヘブライ人があなたがたの餌食にされそうでしたので逃げて来ました。

夫マナセが生きていたとき、とあるので、
ユディトは、結婚してたはずで、、
髪も寡婦でも既婚であるから短いはず、、。

でも、ヘブライ人の娘、と言ってるし、
髪を整えて髪飾りを付け、、ともあるので、、
髪が短くて結い上げれないようでは、、
髪飾りはつけられないし、
髪がおかっぱのように短くて下ろしてあると、
娘、、つまり未婚と言っても、
ベールで隠してても、すぐに嘘、既婚だとバレる。

ユディト記
13:16 わたしの歩む道を守ってくださった生ける主に誓って申します。わたしの容色は彼を魅了し、滅ぼしましたが、この身が汚され、辱められるようなことは決してありませんでした。
13:18 オジアは彼女に言った。「娘よ、あなたは地上のすべての女にまさって/いと高き神に祝福された者。天と地を造られた神なる主をほめたたえよう。主はあなたを導き、/敵の大将の首を討たせてくださった。

16:22 多くの男たちが彼女に思いを寄せたが、彼女は夫マナセが死んで民の一人として葬られて以来、その一生の間、だれ一人男に身を任せることはなかった。
16:23 彼女は夫の家を離れることなく多くの年月を重ね、百五歳の高齢となった。彼女は侍女を自由の身にした後、ベトリアで亡くなった。彼女は夫マナセの墓に葬られ、
16:24 イスラエルは七日間、彼女のため喪に服した。財産は、彼女が死ぬ前に、夫マナセの身寄りの者皆と自分の親族の身寄りの者に分け与えてあった。

もしかして、、ユディトは、夫を婚約中に亡くして、
結婚式は上げてなかった、、とかで、、
髪までは切っていなかったのではないかと、。

子が居たとも、書かれてないし、、、
これだけ相思相愛なら、それなりの夫婦生活があって
子が居なかったなら、、子が与えられなかったとか、、
不妊の女だったと、どこかにちらっと、
書かれてもおかしくなさそうだし、。

身を汚されなかったって、わざわざ公の場で言うのって、
乙女が言う言葉だと想うし、。
既婚して、喪失済なら、あえて、そこに触れないと想う、。

武勇伝だけ、引っさげて帰っただけで、、
誰も感謝しこそすれ、、
彼女が取った方法や、もし操を守れなかったとしても
状況が状況だから、犠牲となってくれたと、想うのが普通だし、。

オジアが娘よ、、とユディトに呼びかけているし、、
人々が、マナセの妻ユディトではなくメラリの娘ユディト、と讃えているし
婚約中に夫が亡くなって、実情は処女だったなら、、
娘、、なんですよね、。

他の複数の男性が、求婚してるし、、
ユディト、娘と言って通るくらい、若く美しかったのだし、
夫のマナセが、日射病で床に臥せって亡くなっているので、、

まだ、体力もそんなにはなかった事が見て取れるし、。
15歳位の、今の満年齢だと、13から14歳、中学生くらいの時に
幼馴染同士で、婚約したのだと、すれば、、子供が居ないのも、納得がいく、。

メラリは、、レビ族の名、、でも彼女はツリシャダイに繋がるから
シメオン族、、だから、母が、レビ族の出なのでしょうかね、。

ルカ 
7:38 後ろからイエスの足もとに近寄り、泣きながらその足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛でぬぐい、イエスの足に接吻して香油を塗った。

ヨハネ
11:2 このマリアは主に香油を塗り、髪の毛で主の足をぬぐった女である。その兄弟ラザロが病気であった。

ベタニアのマリアが、、マグダラのマリアで、、
イエス様の御足に涙をこぼし、髪で、それをぬぐって、
香油を塗った、。

マリアは、、イエス様の御足を髪で拭いたのだから、、
髪を結い上げてはおらず、下ろしていたことから、
婚約中だったこと、。
ちなみに、、ユダヤでは、婚約しただけでも、妻、既婚者とみなされる。
結婚式前だから、、髪を下ろしていても、
短く切っては居なかった、ということになる。

↓私的に、、これ難解な聖句です、。
第一コリント 
11:5 女はだれでも祈ったり、預言したりする際に、頭に物をかぶらないなら、その頭を侮辱することになります。それは、髪の毛をそり落としたのと同じだからです。
11:6 女が頭に物をかぶらないなら、髪の毛を切ってしまいなさい。女にとって髪の毛を切ったり、そり落としたりするのが恥ずかしいことなら、頭に物をかぶるべきです。
11:7 男は神の姿と栄光を映す者ですから、頭に物をかぶるべきではありません。しかし、女は男の栄光を映す者です。
11:8 というのは、男が女から出て来たのではなく、女が男から出て来たのだし、
11:9 男が女のために造られたのではなく、女が男のために造られたのだからです。
11:10 だから、女は天使たちのために、頭に力の印をかぶるべきです。

>女は天使たちのために、頭に力の印をかぶるべきです。
礼拝時に、ベールをかぶる理由は、、
霊的に神様のうちにあることを意味するのは、
解るけど、、、
結婚する時も、花嫁はベールを被って、顔を覆う、。

スザンナ 旧約続編
1:31 スザンナはたおやかで見目麗しい婦人だった。
1:32 かの無法者どもは、彼女がベールをかぶっていたので、それを取るように命じた。彼女の美しさを堪能しようと考えたのである。
1:33 彼女の身内の者も、見ていた人たちも皆泣いた。

結婚後は、外出時にも、、ベールを被っていることから
既婚者が、人前で、素顔を晒すことは、恥だったのでしょう、。
顔をさらされる彼女のために、身内の人も、見ていた人も、
心を痛めて泣いたのだから、。

天使たちのために、、、の意味が、、
わからないです、。

なんで、、天使たち、、??

この記事で、1番言いたいこと、。
イスラエルでは、既婚であれば、昔はベールを被って、
身体も露出させず、長い衣を着ていて、
髪も下ろし結い上げていないので、
誰でも、、既婚者だと、ひと目で解るということです、。

だから、既婚者だと知りながら、
未婚や既婚の男性陣が、既婚女性に、、
言い寄ることは、姦淫罪となり、断罪されるわけです、。

顔をあらわにしている未婚の美しい女性を見て、
未婚の男性が、美しいと見とれても、結婚したいなぁ、、と想っても、
それは、生理的、本能的な感情なので罪にはならないということです、。

既婚男性が、側女としてでも、結婚したいと望んだならば、
正妻と、ほぼ、同等の権利と扱いを維持できるなら、
昔の、子孫を多く残す、、という一点において、
複数の妻を持つことは、古代イスラエルでは是とされていましたけど、。

本来は、、独りのアダムに、独りのエバ、で
神様が、、結び合わせる相手は、、1組だけで、、決まっているので、
この世の結婚とは、別の結びつきも、ある場合が、、、
稀には、あるようです、。

そういう場合は、、新生輪廻をして、
定められた時に、、出会えたら、、
生きている人を介して、、疑似結婚の体験をし、
2つの霊は、元通りの1つとなって、
神様のもとへ帰っていく、。

この世で、、結婚できなくても、
出会えなくても、、新生輪廻によって、
自分のアダム、エバ、、と、、永遠の時の、どこかで、
巡り合うことが、赦されて、

必ず、総ての人は、
自分だけを愛して大切にしてくれる人と、、1つになれる、。
この救いの摂理は、、なんと、、ありがたいことでしょう、。

たった一回の人生で、、大当たりクジを引けて、
心一つになって、、神様の元へ、、
喜び帰れる人たちもいるけど、、羨ましい、。

多くの場合、この世で上手く行かずに、
再チャレンジ、、、のパターンが多いのでは、。
私自身もバツイチですし、。
まぁ、私は、まだ、、生きていますけどね、。

生きてる間に、、誰かを愛する気持ちを、経験しておかないと、
死んでからだと、新生輪廻が出来るようになっても、
人を愛せないような人としか、波長が合わないので、。

向上速度も、かなり、遅くなりますから、。
人や家族を愛し大切にする経験は、、
生きている間に、より多く積んで置いたほうが良いです、。

類友の法則は、、肉体の死後も続くのです、。
自分と似た、同じ思考の人間同士としか居れれないので、
自分が間違っていることに、中々気づけ無いという状況になります、。
そういう人には、、天国は、、はてしなく遠いのです、。

この記事、ちと、難しくて、丸2日かかってしまった。
天使、、のため、の謎も出るし、、はぁ、
聖書は、、奥が深い、。

  • マリアさん

    難しくて 分からないと言うのが本音です。 ごめんなさいね。

    何回も 何回も読んでみます。

    [ saran ]

    2018/11/22(木) 午後 0:45

  • > rut*****さん
    ごめんなさいね。
    聖書中の女性の既婚者と未婚者との髪の毛や服装の差異により、既婚者と分かるので、
    誰であれ既婚者と知りながら邪な思いを寄せるのは罪で、、あり、
    未婚者同士であれば、それはなく。

    他人の妻を邪な思いで見るものは姦淫の罪を犯すと、新共同訳では改められました。

    昔の訳は未婚既婚問わず、誰であれ、女を邪な思いで見るものは、姦淫の罪を犯すと、習ったはずです。

    女性が未婚であるか既婚であるか、他人の妻を、、の訳の差は大きいです。

    未婚男性が未婚女性に、何も思うな!思うなら地獄行き!と言うのは酷な話ですから。

    Mary Magdalene

    2018/11/22(木) 午後 1:13

  • > Mary Magdaleneさん
    マリアさん

    私はユディト記を読んだ事がなく その為 頭の中がごちゃごちゃしたのだと想いました。
    マリアさんからのお返事を読ませていただいて 以前 〇〇さんが この事で何か言っておられた事を思い出しました。
    どうおっしゃっていらしたか?は忘れました。ふ〜んて想ったのかな?
    しつこいだったか?迷惑だったか?忘れたのですが そのような事を言われたので 真剣にブログを読まなかったので…
    マリアさんのブログは 分からないと何べんも何べんも読み返します。

    [ saran ]

    2018/11/22(木) 午後 3:17

  • 顔アイコン

    > rut*****さん
    こんにちは、。
    ユディト記からの引用は、

    既婚者の女性が、外出時ベールをかぶることを、
    引用したかったのですね、。

    古代イスラエルの既婚女性の普段の生活状況を、
    知れるので、、。
    未婚女性は、、髪を結い上げ、爪も伸ばし、
    ベールで顔を覆わないでいたのなら、
    一目瞭然で、未婚と、解るわけです、。

    Mary Magdalene

    2018/11/22(木) 午後 3:56

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