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偶像礼拝って、

偶像礼拝って、
見えない御存在に向けて感謝するのではなく、
ご利益を求めて、、ひたすら願掛け祈願することだと思うのよ、。

お金持ちほど、神社に行って、感謝の祈りをするけど、
商売繁盛のご利益祈願はしないんだって、。

成功には、自分の努力が要るってわかってるからなんだと思う、。
なんでも、願えばそれで叶えて貰えるって、
虫が良いこと考えて、棚からぼたもちが落ちてこないかなぁ、。と
口あけて、待ってるようなことって、、

神様信じてるとは言えないよ、。
ただ単に、神様にお願いします、と、しつこく、
拝み倒して利用しようとしてるだけ、。

なかには、お願いを聞いて助けてくれる神霊も居るけど、
代償を要求する下級神霊もいるからね、。
日本の神社は、基本的に厄払いと感謝を捧げるところなのよ、。

日本の神社に居る天地創造の神樣に仕えて、
人を手助けしてる神霊は、聖書で言うと御使いみたいな立場。

心が清く、、行いも悪から離れて、、私欲がない人なら、、
お願いしたら、、助けてくれるかもしれないけどね、。
自分の我欲まみれのお願いは、、
高い神霊には聞いては貰えないからね、。

下っ端の神霊が、助けることはある、。
感謝と代償のお返しが欲しくてね、。

聖書で、、この願いが叶ったら、こうします、と
前もっての誓いを立てるでしょ、。

そんな感じで、願掛けの時、願いが叶ったらこうします、って
言っちゃった場合、、願ほどきといって、
誓いをしたことを果たしにいかないといけないの、。

神社の下っ端の神霊は、神樣扱いされて、感謝されたいものだから、
手助けするのもいるのよ、。

神樣として、神社に鎮座してる方の高い方の神霊は、
褒め称えられるべき御方は、天地創造の神樣で、
そのあとが、自分たち、、社を預かる神霊であると、知ってるからね、。

感謝しろとか、願いを叶えた代償の要求とかしないけど、。
助けること、も、、むやみやたらにはしたりしない、。

心を視て、、助ける人を選ぶ、。
口では、お願いします、と、へりくだってても、
心の中で、神なら、この願いを叶えろよ、、
みたいな態度の傲慢な輩は、、絶対に助けない、。笑

天地創造の神樣御自身ではないけどね、。
神様の御心を知り、それを代わりに行っているわけだから、
神様の代理のようなもの、、ですからね、。
不敬な態度はよろしくない、。

実際に、イスラエルの幕屋、至聖所、。
天の神様の御座所にもなり得るのが、
日本の幕屋、、神社だから、、、

人の感謝の祈りが多く集まるところは、、
天の御座所、神様の聖所となる。
イエス様がまだ生きておいでの時、、
ユダヤにキリスト教会はなかった、。

ユダヤの支配者層は、不信仰をして神様に背いたけど、、
一般人は、神殿に行き、感謝の祈りと捧げ物をしていた、。

でも、イエス様は、宮清めの時に、
そのユダヤの神殿を指して、
私の父の家を商売の家としてはならない。
と仰っているし、

イエス様がまだ十二歳になったばかりのときにも
私が自分の父の家にいるのは
当たり前だということを、知らなかったのですか。
と仰っている、。

人の良き祈りと感謝が集まるところに、、
父なる神様は、どこであれ降って、そこを聖なる祈りの家と成す、。

清い信仰心が在るところは、、
絶対に、、サタンに取られたりしない、。

今はイスラエルにエルサレム神殿はない、。
どうしてって、、イエス様の時代には、
もとから、そこには契約の箱は、、存在してなかった、。
失われていたから、、。

私は伊勢神宮の地下神殿か、、
仁徳天皇陵の中に在ると思っているけどね、。
いつ、契約の箱の封印を解くのかなぁ、。

神様は、日本の神社以外では、、
地上に降ることも留まることも出来ない、。
神社は、、古代イスラエルの幕屋を
模したものだから、神様は降り留まれる、。

牧師の中には、それ知らなくて、、
神社は偶像礼拝だから、、行ったらだめだの、、
穢れるだの、、言うのがいるけどね、。
関係ないから、。
お正月だけは、神社行かないほうが、大損する。

いろんなマイナスのエネルギーみたいなの抱えてても、
大晦日から、お正月の7日までの間は、、
神社は、、よほどの寂れた廃神社でない限り、
天地の気が満ちて、、清い場所となってるから、。

厄払い、悪霊除けになるからね、。
行くほうが良いのよ、。
で、そこの神様の名前わかんなくても、
天地創造の神様、、お父さん、、と
教会で祈る感じで祈ればオッケー。

二礼二拍手一礼の作法があるけど、、間違えても、
心が、神様を敬う思いがあれば、無礼者!とか、、言われて、
神社を預かる神霊に、ぶっ飛ばされたりしないから、。平気、。

手をあわせて、感謝して、頭を90度に下げてお参りすると、、
頭から、、腰まで、、良いエネルギーが、スーッと流れて、
霊的な穢れが祓い流されて綺麗になるので、オススメ。

身近に、、天地創造の神様と直に交われる場所として
神社があって、日本人として生まれて来たのって、
すごい祝福、。
日本は、この世的にみたら、なんだかんだと言っても外国よりはすごく天国、。

いきなり拳銃で撃たれたりしないし、。
白昼堂々、強盗でないし、。
お水は、水道ひねれば出るし、、
都市部以外は自然もいっぱいあるし、。
神社も、ともかく多いし、日本人は、基本的に信仰深い。

古代イスラエル、、旧約時代、神殿そのものや儀式の道具や
契約の箱があったけれど、 その物体自体を、彼らは礼拝していない。
それらの背後に在る天地創造の神様を礼拝していた。

日本の神社も、祭具はあっても、偶像的な人形の像はおいては居ない、。
あっても、八百万の神様の3柱を合祀した名前を書いたもの、とか
御神木、山、石座、などの自然物。
それらの後ろに、大もとの神様を視て、礼拝していた、。

御神木や、霊山や、石座自体を礼拝してたわけじゃない、。
それらは神様を象徴するもので、祈る対象物が在る方が
そっちの方向を向くなどして、
意識を集中して祈りやすいからあるというだけで、
本来なら、、本殿があれば要らない、。

目で見える対象が在る方が祈りやすい人が居るからね、。
私は、祈る対象物なくても、
空にむけてのように、自分の中に向けてのように、、
祈るから、要らないといえば要らないのだけども、。

牧師で、排他思考したら、、駄目よ、。
神社をバカスカ批判して殴っても、もとは天地創造の神様の御座所だから、。
どれだけ頑張っても日本から消えないから、。

神様御自身が、そこにおいでなのだもの、。
消えません、。笑。

日本神道はユダヤ教の流れがある
原初キリスト教の景教徒、ネストリウス派が作り出したものだからね、。

根底に三位一体の神様の思考があるから、三柱合祀とかがあるのよね、。

イスラエルでは、酵母の入ってないパン、マッツァーを食べるけど、
日本では、お正月に、酵母の入ってない餅、食べるでしょ、。
発音も似てるし、。

七草粥も、、苦菜を食べるイスラエルの慣習に似てるでしょ、。
賽銭箱は、イスラエルと日本にしか無い。

排他しないで、、、和合しなさいね、。
受け入れることが、一番出来難いことだけれど
和合出来たら、、それ以上の強い絆はないから、。


和合しない、、切り捨てる、。排他する、
そういうのが、、サタン思考で、自分だけが正しいという偶像礼拝的思考なのではないかな、。

まずは、、
カトリックとプロテスタントのまともな和合が先かしらね、。

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