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夢で、視たことを書こうかと想います、。内容はよく覚えてないけど、新生輪廻の仕組み、流れを書いてたか夢をみたから、。そう言えば、そこまで詳しく書いたこと無いな、と思って、。
死んだら、どうなるか、。

多くの臨床、蘇生した人の語ったデーターから、基本的な流れがあることは知っている、、。
地獄にいく場合も、自分で選んで地獄に行くのと、足元に大穴が開いて引きずりこまれるのと、二通りがあること、。
天国といえども、多くの階層に別れてて、、みんながみんな同じ天国に行くわけではないけど、。
地獄に堕ちた場合以外では、合いたいと思えば、逢える、。
私は、地獄にしか行ったと思える夢を主にしか視てないし、地面歩く感じで、あちらに居た、。

天国みたいなところで、誰かと話してたときも、地面歩いてたし、空飛んだ状態のは、視たことが無い、。実際の霊界での移動手段は、、空中を飛んでるのと、空間の瞬間的移動の両方らしい、。
私の母は三途の川のようなものを視ましたが、、私は霊界に行ったと思うときでも、三途の川を見たことはないです、。

不思議なのですが三途の川は日本でだけの話で、海外では川は出てこなくて、ほぼお花畑とか、自然の中での移動なんですよ。
三途の川は、、一種の洗礼の代わりのようなものなのかもです、執着を捨てないと、渡れない川です、。

一跨ぎするような幅であったり、大きい幅であったり、、人それぞれのようです。最初は、暗いトンネルの中を歩いてる感じで、、通り抜けたら、、淡い光が差す所に居て、、そこに川があったり花畑や山や自然があって、。
蘇生した人が、戻れと、言われるのは、ここで、、、そこは、霊界の入り口、、です、。川や花畑を越えて、、向こう側に行ってしまうと、現世、こちらには戻れません、。
あちらへの誕生をし、霊の人となります、。
神様と心がつながっている人は、心地よい光に包まれて、暖かく感じ、安らぎも感じて大きな平安を得ます、。神様って、、計り知れない、、と、、まるで、霊界の空気の中に溶け込んでるように、、神様を、身体中、、心で、、もう全身で在る、、と感じます、。

勝手がわからず、オロオロしてても、、大丈夫、。お迎えがきて、どうしたらよいか教えてくれます、。よほど不道徳で、酷い変な生き方してなければ、、、ですが、、。
大体は、自分の生きていた時の血筋につながる誰か、がきます、。親や、祖父母、おじ、おば、先祖などの、自分の親族だった人たち。
極稀に、すごく仲の良かった友達とか、ペットとかも、、出迎えに来てくれる場合があります、。
初めて会う人でも、、その人がどこの誰なのか、聞かないでも、疑問に想った瞬間、すぐに答えがわかります、。

霊界では、嘘もごまかしも通じない世界です。すぐに何を考えてるか、ツーカーで、通じます、。
テレパシーのような感じで、心と心で通じ合う世界です。
だから、現世で、本音と建前ばかりで、心の中に、人への憎しみやなにかで、イライラギリギリしながら生きてたら、、死んでからも、、同じように、イライラギリギリしながら居るので、、
回りの霊人は、、そんな人に関わらないように、、と、、側には寄ってきません、。側に行くと、速攻で逃げていきます、。
霊界では、そうやって、マイナス思考で、マイナスエネルギーを垂れ流しいる人は敬遠されますし、そういう人は、死んでしばらくは、入り口に居れても、地獄へと自分で行くか、悪魔や悪霊から地獄へと引きずり落とされていきます、。
霊界の入り口以上の、天国の領域には、悪魔、悪霊とその配下は、、神様の光が眩しいので、、居ることが出来ません、。光が、日の鬼焼かれるが如くに苦しいので、、彼らにとっては天国こそが地獄のように感じるのですね、。自分で自分の行き先が、
天国か地獄か、正しく判定できないというのは、。神様の慈悲であり、厳罰でもあります、。地獄に居ることすら気づかないまま、、地獄に居続けないといけない、。厳しい処罰です、。自業自得なんですけど、。
人の話に耳を傾けれ無い頑固者は、、大体地獄に行くことになります、。霊界は天国地獄を総称しての死後の世界のことです、。
天国は神様の御座所です。地獄は、神様の被造物ではなく、人と悪魔とが犯した罪、原罪の副産物です、。
地獄は、神様の被造物ではないので、いつの日か、、すべての人の霊と肉から原罪の徴が取り去られたら、消える場所です、。
その時、悪魔も、消え天使の状態に戻ります、。
人が、罪を犯す事をやめて、神様に従い続けるならば、、、悪魔は、人の世に居場所がなくなるので、、、神様に帰順するしかなくなるのです、。

人は、霊界の入り口から、ごく普通の霊界、、上層霊界、仏界、神界、聖天界、いくつかの階層に別れています、。
この階層も、そこの世界の中では、またいくつかに別れています、。
自分の持つ愛、慈悲レベルによって、行先が変わります、。
仮の名称なので、、霊界では、どう認識され、
どう呼ばれているかは、私は知らないです、。

疑い深い人というのはいるもので、。
ジョシュ・マクドウェルはイエス様の復活の証拠を探すのに、、
700時間以上かけたと言います。
マクドウェルはイエス復活について、こう述べています
『私の達した結論では、イエス・キリストの復活は、人間の心に挿入された不道徳かつ悪質で冷酷極まりないでっち上げであるか、もしくは、史上最高の素晴らしい事実であるか、真逆の2つのうちどちらかでしかありえない。』と、。
真実でなく、人を欺くため、、もしくは弟子の作り事であるなら、、
イエス様が、、
「自分は十字架にかかって死んだ後3日目によみがえるであろう」と
前もって弟子に言う必要はないです、。
死んだとしても蘇るという確信がないと、言えないですし、、ユダヤでは、口に出して言っちゃったなら、その通りに蘇らないと、契約の民であるから、弟子たちからだとてペテン師扱いされます、。
イエス様の死後は従おうとはしないで、離散、自然消滅です、。
でも、、実際に蘇られたから、彼らは、臆すことなく、強くなったのでしょう。
蘇ったことが事実だから、あとは、何が起ころうとも、迫害されてもイエス様を、信じ続け従い続けたのです、。
イエス様の死については、、ピラトは十字架上の遺体を埋葬する許可を与える前に、イエス様が確かに死んだと確認したかったので、ローマ兵にイエス様の体を脇から突き刺させました。イエス様の身体から流出した血と水の混ざった液体、、と書かれたことが、イエス様は亡くなられて居た事実を物語っています、。
亡くなったことが事実で、蘇ったことも、事実なのです、。
そしてイエス様は、御自身が黄泉、、霊が死んでいる者の世界地獄に降って、霊的に死んでいる状態から蘇ることによって、霊的に死んでいる人でも、イエス様が救う御力が在るとを信じすがれば、、地獄の底からでも救い出して下さるのです、。

これは、生きている人だけではなく、すでに死者となった人にも適応され、イエス様に地獄からでも、自己反省して救われた人は、一旦神様の元へ戻ってから、、新生輪廻をする許可を頂いて、、、。
新しく生まれてくる赤ちゃんの霊に自分の霊を合わせて、、この世に赤ちゃんと戻ってきて、赤ちゃんの経験したことを自分の体験として追体験し、生きてた時の自分の間違いを悟ったり、反省したり、新しい発見をしたりしながら、自分がこれで良いと思うまで新生輪廻を繰り返し、追体験し、色々学んで、神様の御元へ帰ります、、。

これを、通常成仏する、とか言います、。ここまで来たら、やっと、通常の天国の住人レベル、。
その後、神様のために働く神霊となったり、霊界で、家族と再会し、一緒に暮らすとか、自分の子孫や親族を救いたいと願って、自分が今度は人を導き助ける立場になって、自分の血筋に、恩返しをするとか、、いろいろ自己啓発するための選択肢はあります、。
いろいろ経験を積めば積むほど、愛も慈悲も大きく深くなって、神様に近くなり、誰かのために働く時の喜びも大きくなります、。その頃になると、神様と心がかなりリンクした状態なので、、神様からくる知恵や気付きで、、こうしたらこうなる、、と言うこともわかるようになって、生きてる人間がやるような失敗はしなくなります、。要は高級神霊は余計なお節介はしない、ということです、。
どうしても、必要な時だけしか、動いたりしないです、。霊格が高くなればなるほど、簡単に助けたりはしません、。神様が、何か助けを与える場合でも、神様御自身でないと出来ないこと以外は、、生きている人に合わさって、その人を守っている神様側の神霊を介して、、生きている人を動かし、生きている人を介して助けを与えます、。経験を積むために合わさっている霊は、仮にも神様側の霊ですから、身体を乗っ取ったりはしません、。

そういうことをするのは、地獄にいくような霊です、。執着が強くて、頑固で、人の話も聞かないで自分勝手で、横柄で、怒りんぼで人からも嫌われてるような人、。
そういう人は、死んだとわからず、こちらでフラフラしてて悪霊やサタンに騙されて、手先になってしまった霊とかに支配されてたり、誘導されて、回りを見ないし、愛ある行動をしないから、死んでもお迎えが見えないとか、、話を聞かないで追い返したりとかで、霊界にいけないままとなって、こちらに留まって、悪霊化したりします、。
ま、ある一定の期間が過ぎたら、自分から地獄に行くんですけどね、。
地獄が良いところ、、、だと思って、。
あとは、地獄がほぼ、永遠の住まいになります、。生きてるうちに人への愛を持つことが、、大事です、。
生きてる間、、自分勝手に生きてたら、、悪霊と仲良くなって、地獄に行くようなものだし、天国の入り口へ入ることさえ不可能です、。
天国の入り口、は天国でも、下の方の天国です、。地獄ではないということと、
ごく普通の生き方をした多くの人が、此処の霊界に行きます、。
それでも、天国と、、人が十分に思う至福の世界です、。
人らしく生きてなかった人の場合は、、この霊界すら入れず、地獄へ行くだけです、。

  • おはよう!😊
    天国にも階層があること、仏教では理解しがたいけど
    もしかしたら六道の地獄以外のことなのかな?
    天上人や、畜生にしても幸せに暮らす畜生もいますから
    人間も法を聞ける身分であるから不幸とは言えない。
    ただ、地獄と修羅、餓鬼は辛いだろうなぁ。。
    私は死んだら、また人間としてすぐに帰ってきます。
    しんどいから嫌やなぁ、、というと
    母から、アホやなぁ仏さんと一緒の気持ちにさせてもらえるのや、
    そやからジッとしてられへんで、
    一刻も早くこの世に戻って、人を導きに来るのや、
    そう教えられました。
    後に調べたらそれが還相回向であると知りました。
    わたし自身が過去に生きて一度、地獄に落ちた時は
    一瞬で落とし穴に落ちたよりも早く
    地獄へ向かった気がします。
    ただ、落ちた刹那!救われていましたが…笑😊

    [ こうさん ]

    2019/1/31(木) 午前 9:25

  • > こうさんさん
    こんにちは。

    仏教だと原罪が、何かはわからないで、我欲とか自我とか煩悩って呼んでます。
    他に第六天の魔王と言う呼び方で、キリスト教でいう悪魔のことを言ってる。

    地獄と天国に関しては、仏教の方が細かく教えてる。
    キリスト教は天国と地獄の二択、、。

    宗教ってお互いの教えの説明不足の部分を、補遺し合う関係なのよね。

    キリスト教は死後の世界のことは、あまり詳しく聖書にかかれてない。
    仏教は原罪と悪魔が元は天使だということはかかれてないけど、死後の世界については詳しく描写がある。

    死後の世界について詳しい理由、それはぶっちゃけ、脅しなんだけど、まともな生き方をしないと、、死んだらこういうところに落とされるよ。って、

    悪いことをしないように、心を制御出来るように、、キリスト教は、原罪を知ってるし、原罪に勝てる神様であるイエス様につながることで、原罪を退ける力を得れるし、罪の元が悪魔というものにそそのかされることだと知ってるから、

    Mary Magdalene

    2019/1/31(木) 午後 2:43

  • 続き

    天国と地獄だけの二択でも、自分の心が悪魔にそそのかされてないか、、と見つめることが出来るようになって行くから、死後の世界に関してはアバウトなんですね。

    宗教は、それぞれの教えが補遺しあって人の正しい生き方を導くものなんです。

    統合的に思考すればそうなるけど、自分の知る教えじゃないと救われないって、人は思いがちなので、なかなか難しい。

    死後の世界は、天国の部分の方が大きい。地獄に行く人の方が多いけど、、。
    神様は、すべての人の幸福を願われておいでだから。

    Mary Magdalene

    2019/1/31(木) 午後 2:43

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