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悔い改めるから赦されるのだけど、、
赦されたいから、、悔い改めるのであって、。

先んじて、神様の赦しが、、存在しているから、、
自分の罪に気づいたときに、、人は悔いようとする、。

赦しが、、元から存在しないのなら、
悔いることはしないです、。

悔いて赦しを乞うべき相手が居ないのだからね、。
悔いようがない、。
人は、、何も聞かないうちから知らないうちから
神様が愛と赦しと裁きの権威を持つ御方だと知っている、。

だから、通常、罪を犯せば、罰が下ると想うし、悔いることもする、。
悪魔悪霊のそそのかしに乗って、、
このくらい良いだろう、、と罪に鈍感になっていくと、、
悔いることもしなくなるけれど、。

それは表面意識だけで、、
自己の魂は、肉体の死後、厳罰を自分自身に課す、。
神様に赦されて、赦しの実感、、
心の平安を与えられない内にこの世を去れば、、
人は天の国には行けないです、。

霊界で神様の御元に行くかどうかは 本人と本人の魂がが決めるからです。
罪が赦されていないと 自己の魂は自分で自分を裁き続けるので、、
修羅のような霊界、地獄にいきます。

そこが、、居心地がいいと想うから、、。
地獄を、、自分で、、望んで、自分で堕ちていく、。
神様が、地獄へ追い落とすわけじゃない、。

人をゆるせないで裁き続ける人というのは、、
赦しの実感がなく、自分の心に平安がなく、修羅の心だから、、
自分の荒れた心そのままに、、人を憎み批判し攻撃する、。

神様の、赦しと、恵みは、、言葉に形容し難いくらいに、、
ありがたく、、喜びがつきない幸せ感、。

罪が深ければ深いほど、、赦されたときの歓喜は大きく、、
神様に従いたいと想う気持ちは大きく強くなる、。
悪党ほど、善人に化けれる、。笑

罪の根っこは、イエス様に切り取られて、無いとみなされて、
イエス様なしで、、神様なしでは生きられない、。
神様に右、、と言われたら右に行くし、、
左と言われたら左に行きます、。

なんであれ、神様の言うとおり、。

イエス様は、、先に赦しなさい、、と御命令になっています、。
主の祈りから、。

わたしたちの負い目を赦してください、/わたしたちも自分に負い目のある人を/赦しましたように。
わたしたちを誘惑に遭わせず、/悪い者から救ってください。』

もし人の過ちを赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたの過ちをお赦しになる。
しかし、もし人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの過ちをお赦しにならない。

赦しましたように、、赦しました、と過去形なので、、
自分が赦されたいのならば、自分が先に人を赦さないといけません、。
自分が赦さないのなら、、悔いても何をしても赦されないのですから、、
自分が人の過ちを赦してのち、自分の犯した罪を悔いて、赦しを乞うのです、。

いくら悔い改めても、人を赦さず憎み裁いていたら、
自分の修羅の心そのままに地獄行きです、。

  • こんにちはお疲れ様です昨日出番今日仕事上がり先ほど仮眠室起きましたこれから二度寝します、記事、頭下がります 話し変わりますがもうすぐサクラ色季節ですね ⛪

    [ aya***** ]

    2019/2/26(火) 午前 11:07

  • > aya*****さん
    こんばんは。
    桜が咲き出したら、春ですね。
    暖かくなりますね。

    Mary Magdalene

    2019/2/26(火) 午後 6:42

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