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地獄と、天国について、聞かれましたが、、。
そうねぇ、。
地獄も、天国も、在るけど無い、。
無いけど在る、。としか言えないなぁ、。

地獄は在ると思って、、慈悲深い想いでいた人にとって、
死んだら地獄はないし、。

自分の生きていた間の慈悲深い心が、
そのまま自分の死後の移行先の世界になるからね、。
慈悲深い人ばかりがいる世界が地獄なわけないから、
誰が見たって、天国、。

地獄はない、と思って、自分勝手に生きてた人にとって、
死んだら、天国はない、死んだら、地獄行き、。

自分さえ良ければ思考でいたら、、
自分の生きていた間の自分勝手な心が、
そのまま自分の死後の移行先の世界になるからね、。
自分勝手な人ばかりがいる世界が天国なわけないから、
別の人が見たら、地獄。


みんな自分は善人、天国に行って当たり前、と思ってるからねぇ、
私も、救われる前は、そう思ってた、。笑
クリスチャンとして、努力して、
いい人でいようと頑張ってきたからって、自己採点してた、。

こんな感じで誰かから、地獄に行くからね!とでもいわれなきゃ、
自分の心のあり方を、見つめたり反省したりなんてしないからねぇ、。
地獄にご用心、ということで、、地獄に行くよ、、と、
私は記事を書くんだけども、。

私の場合、自分は良い人間側って思ってたんだけど、。
女友達に騙されてたことに気づいたら、、心のタガがぶっとんで、
それまでの自分とは真逆の、行動に出たわけよ、。

五寸釘で、藁人形をコンコンするが如く、、
死んじゃえばいいのに、、憎たらしい、。って悪の心が、、
ドロンドロン、表に出てきてね、。

こいつが、私の本心、本性か、、?!
こんなに神様に背いてて、、心も汚くて、、
こんなんじゃ、天国は無理だわ、、と、、
地獄行きに諦めついた、。
地獄行くしかないわ、、、って、。

地獄に行くこと、それは、自業自得で仕方ないことだけど、、
地獄いくと、、神様とは一緒にいれないんだよね、。
神様と一緒にいたかった、。

もう、無理だけど、。
お父さんて呼べないね、。
こんな私にお父さんと呼ばれたくないよね、。
と、気づいたらね、。

涙が、溢れてきてね、。
バカなことしたな、、、って、思えて、
罪の重さも重くて、辛くて、悲しいしで、、
身心がぼろぼろになるまで、自分を責めた、。
馬鹿だった、、って、神様から離れちゃって、悲しいって。

ただただ、神様が、、欲しい、。一緒に居たかったって、
自分が神様という救いを必要だって、、
すごくすごく、思って、求めて、泣いてた、。

精神世界的、そこには私にとって苦しみしか無く、
私が創造した地獄が形成されてて、そのまま死んだら、、
リアル地獄に、そのまま移行してたわけよ、。

生きてた時の心の状態が、そのまま死後の世界の同じ思考レベル、
同じ愛レベルのところ、、に自分が死後に生きる世界になり、
そこに通ずる、。

簡単に言うと、生きてる間の自分の心のあり方と同等の世界に行くのよ、。
不安で、怖い怖いと思う人は、死んだ後も、そういう世界へ行く、。
幸せで感謝しかない、と思う人は、死んだ後も感謝と喜びの世界に行く、。
気に入らないから、といつも喧嘩腰の人は、死んだ後も、周り中が喧嘩腰の人がいる世界に行く、。
怒って感情丸出しで、、激怒ばかりしている人は、死んだ後も、掴み合い殴り合いの人がいる世界に行く、。

ようは、死んだら、、、生きている間と同様に、
類友の法則に従って、、自分の分身のような
似た者同士が、同じ世界に集まって、、人を変えては、
生きてた時と同じことを延々と繰り返す、。
それが、虚しいことだと、自ら気づくまで、、永遠にでも、。

自分の分身のようなもの同士、、
人は神様から命の核として同じ魂を戴いている、。
各自個性があるのは、霊の部分があるから、、。

霊の部分は生きてた間に出来た個性、自我がね、、あるのね、。
自分が、、、って思う想い、。
自分も、人も、魂は、同じもの、、。

自分の分身のようなものなんだから、、
人を殴れば、自分も痛いだけ。
自他の区別をしているうちは、、悟りの程度は低い、。

自分自身を憎み、罵るバカは居ない、。
自他の区別は、するだけ、アホって、分かるとね、。
感情論で、人に話をすることは減る、。

相手に必要だと思うから、言うまで、。
自分自身に義務や軛を負わせたくないからね、。
言うには言うけど、、、やめるのもやめないのも、
その人の表面意識の自我さんの選択の自由だから、、
ご自由に、、、ってなる、。

地獄と天国というかね、。
自分の心のあり方が、
そのまま自分の天国にもなるし、地獄にもなるの、。
どっちの概念も、、ぶっ壊すことが出来たら、、
釈迦と同じ、解脱組。

死んだら天国に行きたいと言いながら、
地獄に行くかも、、と人は恐れて思ってるし
このままじゃ地獄に行く、と言いながら、
なんとかして天国にいきたいと人は切望するものだし、。
地獄の沙汰も金次第と思ってるようなのは、地獄一択だし、。
地獄も天国も神も仏もいないと思ってるのも、地獄一択だし、。

天国も、地獄も、、人に、悪しきことを避けて
良いことをさせるための概念を生み出すための教え、。

天国も地獄も、、あそこにここに、在るという類のものではなくて、
自分の心から生み出す世界と呼応する世界へ行く、と言うだけの話。
だから、在るけど、ない、。無いけど在る、。

天国にいく、人にとっては最高の至福の世界、。
更に上の天国もあり、天国にも段階が在る、。
一番の至福は、、神様の御座所、
聖所の間近にいることが許されること、。

炎の壁、ケルビムの持つ炎に灼かれても、耐えたものだけが行ける世界、。
そんな義人、今の世に、、いるんだろうか、。
イエス様ご自身と、
きたるべき御方、再臨主イエス様だけは、素通り出来るのだろうな、。
顔パスで、。

其の火は、、最下層の地獄の火、ゲヘナの火、
炎の燃える池の炎と同じもの、。

自分が極悪人だと、痛感したら、、
自分の心が生み出した、最下層の、、地獄に心ごと落ちていく、。

別の時だったけど、。夢の中で、真っ逆さまになって
地面の下の方に落ちて行ってた、。
私は、地獄の最下層にまで落ちていった、。

他の人は誰も見ないで、よいようにされていた、。
私が怖気づかないようになのか、、鬼も悪魔も何も見なかった。
見た、、のは数人の門番らしき天使だけ、。
門をくぐったら、大きな炎が燃え立つ炎の池があった、。

自分で、その炎の池に飛び込んだら、、向こう側に、
父様のお姿をした、、自分の魂が居た、。
魂は、、神様から直に与えられし清きもの、、。
人の中にあっても、穢れなき部分、命の核、。

私の火の洗礼は、、それだった、。
罪が在ると認めるなら、その炎の池に、自分から飛び込め、と、
ハイと、即答して、飛び込みましたわ、。

飛び込む寸前に、今なら、まだ逃げれるぞ、って声がしたけど、
無視して、目をつぶって、眼の前の炎の池に飛び込んだ、。

目を開いてみたら、どこも灼かれても、怪我一つしてなかった、。

地獄に堕ちていく時、背中に翼が生えていて、黒く染まっていたけど、
白くなってた、。心の翼、の色だったのね、。
自分の心が視覚化して見えたのかな、、と、。

その炎の池の地獄に落ちる前に、
飛び込むときに、少し動揺したけど、、
神様の命令には絶対服従、、と思ってたから、。

飛び込むことへの苦痛は、ほとんどなかった、。
ほんとの死、霊的に死ぬのかな、それとも、
このままリアルな地獄に行くのかな、、くらいは
一瞬、思って動揺した、。

すでに、救いを得たあとで、、地獄に堕ちて当然と思っていたし、
当時は、子どもたちは、安全な環境にいたから、
私が居なくても生きていけると、判断して、命乞いはしなかった、。

私という自我の塊でしかない私は、このときに、
自分の魂に、完全に主権はお返しした、。
神様に従いますと、。
その証拠に、罪を認めて火の池に自ら飛び込みました、と、。

いまある私は、自我欲は無関係、。
自分であって、自分ではなく、、
一切合切、神様の言う通り、、としか思わない。

自分自身より、神様の方が大事、。
あんな苦しい世界から、、救って頂いたから、。
少しでも恩返しできたら、としか思わないもの、。
そのくらい、心の地獄は、、精神世界の地獄は、、
しんどかったってこと、。

地獄も、天国も、自分の心次第、、、。
このでの行いは、関係が、、、殆どない、。
常に、、自分の心がどうあるか、が、
自己の住まう精神世界を作り出すのだから、。

その精神世界が、、愛深き世界なら、天国に近づき、
愛が薄ければ、地獄へと近づく、、。
シンプル、。

ただし、ほとんどの場合、自分で、
その世界が天国とか地獄とか、明確に認識できることは稀、、、
自分で、居心地が良いと感じる世界、を、、
人は、、、天国のようには感じるから、
気づくまでは、自分では、、そこがどこなのか、、は、わからない、。

霊界の地獄の火は浄化の光なのよ、。
光が、、炎のように感じるだけで、、実体は、神様の光なの、。

地獄もね、天国と同じに、神様の光に溢れているけど、。
罪のせいで、業火に灼かれてるようにしか感じないのよ、。
自分が心を閉ざして、神様要らないと思っているから、、、
周りも闇が濃く、暗くしか見えないし、。

ホントは、光がある天国と同じところ、
同じ空間が、ある人には天国だけど
ある人にとっては地獄のようにしか思えない、。

天国も地獄も同じ場所同じ空間に在るのにね、。

罪があるかないか、、罪を自覚し悔いたかどうか、、
それだけの違い、。

罪、あります、、ごめんなさい。と深く悔いれば、
罪なき如くに扱われ、救いを得、、。
悔いなければ、罪ありのまま、救いは得られずじまい、、。

心底、悔いる、というのは簡単なようで難しい、。
ただの悔いではなく、自分自身に絶望するほどの
落胆後の、、悔いでないといけない、、。

自分が最低の人間ですって、、
自分で自分に判子押すのはね、。
しんどいの、。
すっごくしんどいの、。
心が圧縮されたように、、潰れるから、。


言葉は、方便でしかなく、、、。
自分の心のあり方こそが、大事、。

自分に良い部分があるなんて、傲慢な心が残ってるうちは、
真剣に、、神仏を必要とは、しない、。
自分で作り出した居心地の良い世界で、、安寧を求めて終わり。

極論すれば修行が好きな人なら、、
修行しまくる世界で、死後もご満悦で過ごす、。
堕落して当たり前の人は、同じ様に堕落が好きな人同士で、
色情欲や金銭欲、暴力による支配欲などを相互にぶつけあって
満足し合うのでしょう、。

それが、自分が一番居心地がいい世界だから、、
くすくす、。事実に気づかないって、、
幸せであり、、不幸でもあり、。

自ら過ちに気づくまで放置されるわけで、
神様の慈悲であり、厳罰ですが、。

人間は、、自分は地獄に行くしか無い、って、
がーっくり絶望して、やっと、神様の方を、、真剣になって向く、。 
神様、、あなたに従います、、あなたが必要です、
と、、へりくだれる、。

それまでは、、自分が、、と、
自分の思考、自分の行動、自分の言葉が、、、
世界一で、正しいと思って、
聖書の規範や、仏法の戒律を守ろうとすらしない、。

人が見えない裏では、心で、あかんべーしてるし、、
聖書や聖典と呼ばれるものに書かれてる
人間同士、これはしたらだめだよ、、ということを守らない、。

陰口、二枚舌、、名指し批判、
あざけり、、ののしり、誹謗中傷、。
自分が正しい側だと思ってるから、、してること、。

そう思ってる人の本心は、、
あの人よりも、この人よりも、
自分の方が上って思いから出てて、人を見下す思いから出てる、。

その人を見下すような想いを、、
間違いです、傲慢ですって自己反省する人は稀。
そういう小さな間違いを放置し続けて、
最後は、大きな広い門が在る地獄へと堕ちていく、。

小さくても、大きくても、
思考の間違いを犯せば、間違いで、それを放置し続けたら、
行いも間違うし、思考もずれていく、。

自分は正しいという温泉に、
どっぷり浸かったまま、人生を終わる、。

小さなことでも、自己反省して、
思考を真ん中、中庸のところに戻しておかないと、
どんどんと、ズレていく、。

思考のズレは、、小さなものでも放置するのは、恐ろしい、。
自己反省は、すごく大事な要素、。
悪く悪く自分を追い詰め過ぎず、
このくらいいいでしょ、と甘やかし過ぎず、真ん中思考でね、。

自分が正しいと、わずかでも、想うようなら、サタンの勝ち、。

自分はこう想う。他人が同調するかしないかは、自由、。
自分の思考が正しいかどうかは、神様の御裁可に委ねると
謙虚に思うことが大切、。

かりに、自分の思考が最善だと思ってても、
人にそれを押し付けたら、
それは、その人の選択の自由を奪うことになるからね、。
それはしたらいけないことだから、。

だから、、私は持論を人に押し付けないし、、
同意も求めてはいない、。
そりゃ、人間ですからぁ、、同意してもらえたら、
ありがとうと感謝はするけどね、。

ま、、人間が、全員同じ思考で一致すること自体が、難しいからね、。

昔は、イスラエルでは年配の長老が、
人の仲裁役をして、、ゴタゴタを収めた、。
それでも駄目な時は、祭司のもとへ行き、、定められた法で
裁定し調停した、。
祭司の裁定に、人は従った、。

イエス様の時は、ファリサイ人やサドカイ人らは、
言い逆らったりしてたけどね、。
イエス様は、、数える程度の数回だけ、
裁定をしてたわけじゃなく、何度も、数えきれないくらい
ファリサイ人らは、イエス様に裁定させて、

モーセの法に背いてないか、試して意地悪をしていた、。
聖書に記録されたものはごく一部、。
ファリサイ人らが、イエス様に裁定させても、
一般の民は、物を申していない、。

イエス様に人を裁定し調停する資格が無かったなら、
一般の民は、、イエス様は、レビでもアロンの血筋でもないのに
なぜ、裁可を下せるのか?と言い、イエス様の裁可に納得することも、
従うこともなかったでしょうね、。

神殿には、他のレビ人や祭司もいたわけだから、、なんで
そちらに行かないで、ユダのイエス様のところに行く?と
不満が出たはず、。

イエス様が、祭司ザカリアによる、肉的においては
大祭司のアロンの血筋だから、、

誰ひとり、ファリサイ人らが、イエス様に裁可を求めに行くことを、
おかしいと、いう人が居なかった、。

また、イエス様の母マリアは、ユダ族のヨアキムの一人娘で
ダビデの嗣業を相続する立場であったから
長男と同じ扱いを受け、御母マリアから生まれただけで、
マリアの子は、全員ダビデの子孫でユダ族となる、。

しかし、もとから、アロンの血筋の親族エリザベトが、
親族に居たのだし、アロンの妻のエリ・シェバは、ギリシャ語だと、
エリザベト、。誰かの妻と、同じ名前です、。

彼女は、ユダ族で、最初から、アロンの血筋とユダの血筋は、
血統の交差があり、、親しい血筋であるので、
イエス様は、ダビデの血筋とアロンの血筋をもとから持つけれど、
祭司ザカリアを通して、明確なアロンの血筋も受け継いでいた、。

現代は、、近所付き合いや、長老などのご意見番、、
人同士の仲裁役が出来る存在がおらず、
ごたつくね、。

自分が、と自分の意見をゴリ押しする年配者と、
嫌だと反発する年配者と、
そんなのどうでもいいから、、決まったら、
それに倣っとくよ、、の、、三つ巴になるからね、。

この世でさえ、我慢できない人が多くて、ごたついてるからね、。
自分の本心が、綺麗事無しで、ガラスのように、すべての人に
見えてわかってしまう霊界では、、どれだけ、ごたつくかしらね、。

だから、、無駄なことはやめないと駄目と、最短で分かるように、
自分と似た思考と行動と言葉を使う類友同士が、
切磋琢磨して、互いに学び合う地獄という部分が、、
今の現状では要なわけ、。

本来は、存在しない地獄だけどね、。
未熟な魂同士の修業の場として、存在してはいる、。


地獄話に花が咲いてるだけじゃ、暗いわ、、
面白くないわ、、、で、、つまんないだろうから、。

ひさしぶりに、、おまけのスピ話と、、
再臨主預言のことも、、書いておきます、。

今は、神様から遠く離れた、鉄時代で、、
古代の神様と心ともにあった黄金時代と比べたら、、
人間性は、、、堕ちている、。

何度も、栄枯盛衰を繰り返し、滅んでは、やり直して、
ソドムとゴモラを滅ぼした天からの火って、、
小規模の核爆弾並みのなにか、、でしょ、。

人は宇宙人と、よく思っているけど、、
リアル宇宙人は、肉体がない霊的存在だから、、宇宙『人』、とは言えない、。
シャンバラ、、アガルタ、、アルザルと呼ばれるプラズマ空間の世界は、、
地球の内部空間にあるし、物理的にいう太陽にも、
プラズマ空間でつながっている、。

古代の叡智はスフインクスとギザのピラミッドの中にあって、、
まだ見つかっていない、。

詳しい人は、、知ってるかもしれない、。
エイリアンバイブル、、というものを、、、

イメージ 1


それ、古代ヘブライ語で書かれた、未知の金属に書かれた旧約聖書、。
遺伝子的には、、地上で、一番彼らと近い遺伝子を持つのは、、日本人だとか、。
このマーク、、コンパスと、プロビデンスの目、、ですよね、。
フリーメーソンのマーク、
日本はセムメーソン、、。
イルミナティ、ロックフェラーと、、、メーソンは同根だけど、別組織、。

イルミナティは。。人為的にハルマゲドンを起こして、
一刻も早く神様の千年王国を、樹立して、ついでに
自分たちが支配しちゃおう、。って思考で、
目的達成のためなら、古代の封印された悪しきものまで、
呼び起こして使おうとするトンデモ思考、。

普通のメーソンは、そういうこと思考してない、。
古代の叡智は、すべての人が知るべきで、
人類は無知な状況から覚醒するべき、。
という感じで思ってる程度、。

同根だけど、基本思考が、まるで違うのよね、。
かといって、、表立っては争わない、。
一応、同族だから、。
人々の意識を覚醒させることで、
イルミナティの野望を阻止しようとしてる。

地上から消えた、10氏族の大半は、、
チベットから、アルザルに行って、、、
地上を監視するための八咫烏を、送り出している、。

彼らが、日本メーソンの中核。イルミナティと違い、
表舞台には、、出ない、。
 日本人の元になった一部の民は、彼らのもとへ行きつき、
一部は、、日本人の元となった、。

太陽には、エノクの神殿もある、。
それが、、この世の滅びのときに、、天から降る、、
天のエルサレム神殿、。

エズラ記
13:45 その地方を通り過ぎる道のりは長く、一年半に及んだ。その地方は、アルザルと呼ばれている。
13:46 彼らは、最近までそこに住んでいたのである。そして今、彼らは再び帰国の途につき、
13:47 いと高き方は彼らが渡れるようにと、川の流れを再びせき止められた。あなたが、平和のうちに集まった群衆を見たのはこのことだったのである。
13:48 しかしあなたの民の中で残されて、わたしの聖地に見いだされる人々も同様である。
13:49 そこでわたしの子は、集まった諸国の民の群れを滅ぼすとき、残された民を守る。
13:50 その時、彼は、おびただしい奇跡を彼らに示す。」

13:52 「海の深みに何があるかを、だれも調べたり、知ったりすることができないように、地上のだれも、その日まで、わたしの子や、彼と共にいる人々を見ることはできない。


これね、、再臨主預言だよね、。
わたしの子、、、とイエス様以外だと、再臨主しか、当てはまれない、。
滅びのとき、終わりのときに、現れる再臨主、。

再臨主と、共にある人々は、、、その時が来るまで、、
誰が、再臨主であるか、わからない、。
見ることすらできない、。

だから、、自称したら、アウトなのよね、。
某国の元教祖は、自称してたけどね、。
滅びの時、間際まで、だれにも 
わからないままのはずなんだから、。

それに、海の深み、、
周りを、全部、海に囲まれている国は、日本だしね、。
日本に、、失われたアークも、、ある、。
某国には、三種の神器というものは、存在すらしない、。

地上のものは、、地上に置いておくままのはずだから、。
無いのは、真っ赤な偽物、、、。
いい加減、B氏の親族や関係団体らに、
騙され利用されていることに気づこうねぇ、。

まだ、、日本人の作った新興宗教のほうが、、
お金を奪うためや、自由を奪われて、、
奴隷のような扱いを受けて殺されないです、。


マグダラのマリア

移転のお知らせ
コメントと記事が投稿できなくなる8月末までは、
こちらと、ここと両方に居ると想いますが、、
9月1日以降は、、お手数ですが、、
↓こちらの方においでください、。

☆マグダラのマリアの部屋☆ 



  • マリアさん

    おはようございます😐

    元号が変わりましたが、この長い連休の影響で、余り良くないですね。

    報道見てると、浮かれ過ぎモードで。

    とにかく、勘違いしたまま、ずーっと生きて行く輩が多いです。

    人を虐めたりして、ストレス解消するとかね。

    その悪い行いでさえ、正しいと思い込み、徒党を組むのですから、弱い人らの集まり、烏合の衆の感じです。

    私自身も、善人ではないですが、小さな親切とか出来る範囲でと思っています。

    [ han ]

    2019/5/3(金) 午前 7:34

    返信する
  • マリアさん、昨夜から久しぶりに
    語りあえて楽しかったです。
    地獄には行きたくない、と始まった信仰。
    今はそんなことはどうでもいい、
    地獄には行く、でもいかないなぁと知ってる。
    天国に行くとは考えた事もない。
    今はそんなことにこだわりはない。
    それがどれほど楽なことか、
    最早、死を苦にしない、それが救いなのだと
    思います。

    [ こうさん ]

    2019/5/3(金) 午前 8:15

    返信する
  • 顔アイコン

    > hanさん
    おはようございます、。
    にこにこ、。
    人のことはほうっておきましょう、。
    自分は自分、、人は人、。

    自分が、誰に見せても恥ることない行いと、心を維持すること、
    それがね、。後悔しない生き方ですから、。

    人のこと、首ツッコミ過ぎても、どうせ聞かないので、。
    時が来てたら、、なんでもスムーズなんです、。

    まずは、あなたは、あなた自身を、もっと大事にしましょ、。
    まず、無条件で自己肯定することが、
    あなたにとっては、周りが動き、あなたの救いになると思います、。

    自己肯定も、自己否定と同じくらい難しいですけど、。
    意識的に、ありのままの自分で良し、、と、思うようにしてみてください、。

    Mary Magdalene

    2019/5/3(金) 午前 8:49

    返信する
  • 顔アイコン

    > こうさんさん
    おはようございます、。
    にこにこ、。
    私との会話は、よく禅問答状態になってるかもしれませんが、、。
    気長にお付き合いくださいね。、。

    天国も地獄も、、同じ所と同じもの、。
    ただ、いる人の心根次第で、天国にも地獄にも、
    瞬間で変化する、んですよ、。

    霊界は、自分の心が即時、反映するところだから、。
    ごまかしがきかない、。

    だからね、。生きてるときから、
    正直に隠し事をしないで生きることは
    霊界生活での訓練になります、。

    人間死んだからと行って、劇的に変わることはないです、。
    死んだら、普通の人、、いろいろ我慢して、
    自己コントロールしてきた人はやや温厚になりますけど、。

    生きている時、感情出しの人は、死んでも感情丸出しのままですし、
    生きている時、すぐ手を出すような人は、死んでも手を出します、。
    生きている時、罵る人は、死んでも罵ります、。

    生きている間、反省しない人は死んでも反省できないです、。
    死んでも、、生きている時の延長なんですけどね、。

    Mary Magdalene

    2019/5/3(金) 午前 9:00

    返信する
  • 顔アイコン

    おはようございます。
    自分の罪を聖霊様の光に照らされて、気づかせて下さいますように。自己中、自己神ではいけませんね。

    [ Kuremakana ]

    2019/5/5(日) 午前 9:46

    返信する
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    > Kuremakanaさん
    こんにちは、。
    自分が、あれこれ、人を、断罪すると、、
    神様は、自分が人を断罪したように、断罪なさるのですよね、。
    それは、自分自身が、神様の立場で、人を断罪したことで、
    自分も同じ裁きを神様から受けるということ、。
    神様が、そう裁くと、自分自身が、そう人を裁いているので、
    その言葉の通りに、神様が、お裁きになるということですね、。

    その仕組が分かると、人のこと言うにしても、
    よく考えて話さないと、、だめじゃん、、と想いますよね、。
    自分に火の粉が、飛んでくるわけだから、。

    Mary Magdalene

    2019/5/5(日) 午後 0:21

    返信する

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